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「こんなに夢中になったことなんてない」(莞爾視点)

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「あれ?鈴木お前今日休みじゃなかったっけ?」

 週休の朝、寮で制服に着替えていると、同室の草野先輩が起き出してきた。草野先輩は俺と班が一つズレてるから今日は日勤のはずだ。これから出勤だろう。

「最近柔道サボってるのバレて呼び出されました。朝だけで良いって言われたんできっちり朝だけ行ってきます」

「ははー、ざまあ。どうせならきっちり午後も投げられてこいよ。久々だときっついけどな」

「午後は予定があるんで絶対嫌です。つうか幾らでも投げられるんで、早めに終わらせてくんないっすかね」

 まあ、教官は俺らをいたぶるの大好きだからすぐには解放してくれないだろう。

「お前、彼女だろ」

 草野先輩の目が胡乱げだ。

「何のことすか」

「しらばっくれんなよ。お前休みの日ちょいちょい門限ギリに帰ってくんじゃねえか。どうせ彼女が出来たんだろ?」

 よく見てやがる。別に隠してねえからいいけど。

「可愛いんすよ」

「うわ。秒で惚気けんなよ。教官に言い付けるぞ」

「そういうの小学生でも嫌われますよ。第一、聞いてきたの先輩じゃないすか」

「聞いたら俺にも女紹介してくれんのかよ」

「面倒なんで嫌ですね」

 ふうちゃんなら、女の一人二人簡単に紹介できるだろうが、そんな野暮なことをふうちゃんと二人きりの時に話したくない。

 ふうちゃんは女ウケする顔と口まめな雰囲気をしてるせいか、男友達より女友達の方が断然多い。職場も若い女だらけだ。
 どこにいてもふうちゃんは女に囲まれてて、正直気が気じゃない。まじで腹が立つ。俺のもんだって威嚇してまわりたい。
 でも一番腹が立つのは、その女達を退けないふうちゃん本人だ。
 俺と付き合い出しても女と遊ぶのを止めねえし、その上、女と出掛けた先で逆ナンされたりする。まじで何なんだ。あの軽率な生き物は。
 俺がいれば女なんかいらねえだろってわからせてやりたくて、会う度にぐっちゃぐちゃにセックスして、何も出ねえくらいイかせまくって足腰立たなくしたって、全然女と会うのやめねえ。
 今まで生きてきてこんなに嫉妬したことなんてない。腹の底がジリジリと焼ける。

 ふうちゃんの人権無視出来んのなら、家ん中閉じ込めて、ずっと俺の帰りだけ待ってる生活をさせたい。当然、帰ったら毎日頭おかしくなるくらいハメ倒す。ああ、実現出来たらどんだけ幸せだろう。



「二人っきりの時は甘ったれて可愛いしエロいんですけど、遊びまくってて不安です」

「え?それ美人局なんじゃね?もしくはお前の妄想」

 わざとらしく可哀想なもの見る目をしてくる先輩が心底ウザくて、無言スルーして寮を出た。



 今日の朝に道場に行かなきゃいけなくなったことは、昨日の夜の時点でふうちゃんには連絡していた。残念がってくれるかと思えば、「頑張れ。じゃあ俺昼飯は友達と食いに行くわ。間に合えばお前も合流して飯食え」って命令された。寂しい。しかもどうせその友達って女だろ。憎たらしい。


 だからどうにかして今日はさっさと終わらせて、ふうちゃんを女から掻っ攫いに行きたかったのに、こういう時に限って昇段試験がどうこうと教官の長話が止まらない。ぶん殴って止めたいくらいだったが、そんなことすればどんな地獄を見るかわからない。それくらい教官は強えし怖い。
 とりあえず次の昇段試験は必ず受かれという厳命をもらって解放された時には昼飯時に差し掛かっており、俺は大急ぎでまた寮に戻ってシャワーを浴びてふうちゃんがいる飯屋に向かった。






 炎天下のど昼間、結局汗だくになりながら駅から足早にたどり着いた、無駄にオシャレ外観の飯屋は、店名を確認するまでもなく、大きな窓ガラス越しに愛しのふうちゃんが確認できた。
 焦げ茶の長めの髪を今日はきっちりセットしていて可愛い。生成りのノーカラーシャツとブルーグレーのワイドパンツのシンプルな服装だが、とんでもなく似合ってる。つまりやっぱり可愛い。

 ただ、その俺の可愛いふうちゃんの横に、たった今派手な女がべったり引っ付いて座ったのが見えて最高にムカつく。その女はわざと乳を見せる為だろう、あからさまにふうちゃんの顔を覗き込むように体を傾げている。まじでうぜえ。こっちにだって乳(筋肉)はあるんだからな



「井上くんは私とデートしてるんです。井上くんも十分楽しんでるんで勝手に決めないでください」

「平塚さん、そういう事なんで俺に構わないでもらえますか?デートの邪魔です」

「やだやだ。私ともデートしようよ。私今日えっちな下着なんだ。太志くんにだけ見せてもいいよ」

 あー、何このムカつく状況。
 近づくにつれて聞こえてくる会話の内容が全部糞だった。まじでデートデートうるせえんだよ。



「ふうちゃんはこれから俺とデートだよ。俺のパンツ今日ミッキー柄なんだぜ。ふうちゃんにだけ見せてやるよ」

 当初の予定通り、完全に掻っ攫うつもりでふうちゃんの首に腕を回して抱き締めると、ふうちゃんがあまりに良い笑顔で振り向くからもう可愛くて可愛くて可愛いしかなくて、笑える程一瞬でイライラがどこかに飛んでった。
 たまらん。ふうちゃんの頭に念入りに頬を擦り付ける。髪型が乱れるのも気にした様子無く、ふうちゃんも嬉しそうに小さく笑って俺に擦り寄ってくる。
 あー、最高。これは俺のものだ。

「莞爾遅えんだよ。飯食い終わっちまった」

「は?ふうちゃんめっちゃ残してるじゃん。もう食わねえの?」

「旨くねえんだもん」

 平日とはいえ昼時の飯屋で憚らずにそんなことが言えるデリカシーの無さが、いかにもふうちゃんって感じでとても良い。

「ワガママだなあ。じゃあお前んちでチャーハン作って食おう」

「うん。デカいチャーシュー入ってるヤツな」

「おっけ。スーパー寄ってこう」

 あー可愛い。内心とんでもなくでれでれしながら、ふうちゃんの手を取って席を立たせる。
 そこでやっと周りが見えてなかった自分に気付いたらしいふうちゃんが、慌ててテーブル向かいに座った女を差して「友達のまゆらちゃん」と簡潔に紹介した。
 その友達とやらは健全な“お友達”なんだろうな?疑わしくてつい睨みつけそうになるのをこらえて、なるたけ全力でにっこりしておく。

「井上くんの友達もイケメンだね。二人並ぶとめっちゃ絵になるー。井上くんがこんな甘えてるの初めてみた」

 ふうちゃんは俺にだけ甘ったれるらしい。ちょっと気分が良くなる。

「ありがとう、まゆらちゃん。俺、莞爾ね。友達じゃなくて、ふうちゃんの彼氏だよ。よろしくね」

「あ、彼氏さんか。お似合い過ぎて推せるー」

「え!かっ…え!?」

 この場にいる人間の中で断トツふうちゃんが驚いてるの何でだよ。でも嬉しそう。腰を抱き寄せて、ほぼ同じ高さにある薄茶色の目をじっと見るとうっとり見つめ返してくる。あー、さっさと連れてこ。



「ねえ、莞爾くんも太志くんに負けないイケメンだね。太志くんの家、私も行きたいなあ。三人で遊ぼうよお」

 ふうちゃんの隣りに座っていた派手な女が、急に話しかけて来たかと思えば、俺の太ももを掴んでさわさわと撫でてくる。キモ。
 念の為ふうちゃんに目で問うと、無言ですげえ嫌な顔された。そりゃそうだ。

「その手どけろよ。気持ちわりいな」

 俺のその言葉で、派手女の手が俺の足を掴んでいることに気付いたらしく、ふうちゃんが途端眉尻を釣り上げた。

「莞爾に触んじゃねえよ。旦那いるくせにいろんな男引っ掛けようとすんのまじキモいわ。外出てくんなよ」

 ふうちゃんが俺の為に怒ってくれてるって事実が尊い。怒鳴ってるわけではないが、嫌悪感が伝わる声色に派手女が涙目になる。

「太志くんひどい。旦那とか今関係ないじゃない。太志くんが付き合ってくれるなら旦那と別れたっていいんだよ?何も問題なくない?」

 出た。真性のヤバいヤツだこれ。

 腰を抱いてる腕と逆の腕でふうちゃんの肩を掴んでこちらを向かせ、バチクソ濃ゆいディープキスをかます。抵抗されるかと思ったが、意外とノリ気で舌を出してくる。エロ。かわ。
 唇を離すと、ふうちゃんは自分のじゃなく俺の唇を指で拭ってくれる。

「ふうちゃんは俺の彼氏だっつってんだろ。てめえに一ミリもやるわけねえだろが」

 女に凄んでたのに、目の前でふうちゃんが顔真っ赤にしてめちゃくちゃ可愛く照れ始めたから、完全にそっちに視線が持ってかれる。ダメだこれ。女とか見てる場合じゃない。

「井上くん、昴くんの話聞いてくれたお礼に今回のご飯代奢ったげる。さっさと彼氏とデート行っておいで。この女引き止めとくから」

 救世主現る。男気あふれてるまゆらちゃんが、派手女のものらしいスマホを持って、手をひらひらさせている。派手女が「返して!」と慌てているが、まゆらちゃんはニヤニヤ笑ってそれをいなしつつ、「旦那の連絡先ってこれかな~」とスマホ画面を撮影している。派手女が半泣きだ。まゆらちゃんは大人しそうな見た目の割になかなか強かなようだ。

「まゆらちゃん、今度お返しに奢るからゴリラも一緒に飯食おうぜ」

「やったー。それまでにゴリラと仲直りしとくー」

 よくわからんが、まゆらちゃんはゴリラを飼育しているらしい。まゆらちゃんとゴリラのツーショットの想像に若干思考を持っていかれながらも、ふうちゃんの腰を引いてその場を後にした。





 スーパーでチャーシューと惣菜とアイスを買い込んで、ふうちゃんちに足早に帰った。
 ふうちゃんは買い物中も始終ご機嫌で、俺が手を握っても肩を抱いても嬉しそうにしてて可愛かった。いっそ家に着いた途端、ふうちゃんの方からちゅーしてくれた。これ、夢?覚める前に襲っとくか?

「ふうちゃん、すごく機嫌いいね。どしたの?」

 アイスを冷凍庫にしまいながら、エアコンと扇風機の前で仁王立ちしてるふうちゃんに声をかける。暑さのせいだけじゃないだろう、頬を赤くしたふうちゃんがこちらを振り返って少しだけ口ごもる。

「……莞爾が、俺の彼氏って言ってくれたから」

 冷凍庫のドアを思いっきり閉めて、仁王立ちするふうちゃんの下へ大股で近付き思いっきり抱き締める。
 あー可愛い。あー至高。あーふうちゃん汗のニオイしてエロい。

「彼氏なんだから、そりゃそう名乗るよ。ふうちゃんのこと誰にも取られたくないから牽制しておかないとね」

 愛おしさを込めて頬にキスをする。俺のTシャツの裾を握りしめていたふうちゃんの手が、ゆっくり滑るように俺の背に回される。

「…俺も、聞かれたら莞爾の彼氏ですって答えていい?」

 珍しく殊勝な態度のふうちゃんが可愛くて、自然と口元が緩む。

「当たり前じゃん。それ以外に何て答える気だよ」

「………セフレ?」

「………は?」

 俺史上最低の声出た。甘い雰囲気が一瞬で霧散した。

「俺、ふうちゃんにとってセフレなの?」

「え、いや、ええ……てかさ、俺らいつの間に付き合ってたのかな、とか、思ったり」

 言葉で殴られた。
 この三ヶ月本妻気取りでいたが、俺も愛人側だったらしい。絶望のし過ぎで全身から急激に血の気が引いてくのがわかった。俺死ぬかも。

「え、俺、セフレのうちの一人?付き合ってる気でいたの俺だけ?うわあ…」

 ふうちゃんを抱き締めていた腕を離して、数歩後退してその場で崩れ落ちるようにしゃがみ込む。こんだけ甘やかして抱きまくっても彼氏にしてもらえないんだったら、俺はこれ以上どう口説き落とせばいいんだよ。

「……だって、莞爾、好きって言ってくれたことねえじゃん」

「…え?そうだっけ?」

「そうだよ」

 言われてみればそんな気もしてきた。好きなのが当たり前過ぎて伝わってる気でいた。でも、ふうちゃんのその言い草って、それは…

「じゃあ、俺がふうちゃんのこと好きだってちゃんと伝わったら付き合ってくれんの?」

 見上げた先のふうちゃんの顔は真っ赤なままだった。少し涙目なのが、えっちしてる時みたいでエロい。口を真一文字に引き結んでいて、何も答えてはくれなかったが、そんな可愛い顔されたら言葉で言われなくてもわかる。

 俄然やる気になった俺は勢いよく立ち上がると、今度は優しくふうちゃんを抱き締めた。

「好きだよ、ふうちゃん。ずっと好きだった。一目惚れなんだ。こんなに夢中になったことなんてない。お願いだから俺と付き合ってください」

 体をそっと離して、ふうちゃんの少し震えてる手を握り、唇に軽いキスをする。

「……うん。俺も、一目惚れ。莞爾が好きだ」

「そっか。嬉しい」

 愛おしくてふうちゃんの顔中にキスをする。焦れたらしく、ふうちゃんが俺の顔を両手で掴んでべろちゅーをかましてきた。可愛いが飽和してる。

「なあ、ふうちゃん。セフレ全部切ってくれるよな?」

「うん?」

「…なんで疑問形なんだよ」

「…莞爾としかセックスしねえし」

「セフレ、いないの?」

「いねえよ」

「いつも遊んでる女の子は?」

「俺、ゲイなんだけど」

「あー、なる」

 敵が大方消えた。平静を装っているが、正直めちゃくちゃほくそ笑んでる。ざまあみろ女ども。ふうちゃんは誰にも渡さねえ。
 そんな俺の小汚い心内を知らないふうちゃんは、可愛らしく頬を真っ赤にして俺を見つめてくる。

「莞爾も、俺だけ?」

「当たり前じゃん」

「…元カノより俺がいい?」

「何それ。それこそ当たり前だろ。こんなに夢中になったのふうちゃんだけだってさっき言っただろ?ふうちゃんこそ俺が過去一?」

「んー?」

「即答してくんないの?不安になってくるんだけど」

「俺、莞爾が初めてだから比べようねえ」

 予想外の返答に、ほんの一瞬思考が止まる。この顔面でそんなことあるのかよ。

「初めて?まじ?どこからどこまで初めて?」

「は?全部だけど悪いかよ」

「あー、逆ギレすら可愛過ぎて国宝」





 その後、可愛さにやられてちんこが鎮まらなくなった俺と、俺に感化されて「もう何でもして」状態になったふうちゃんがおっ始めてしまった為、ご所望だったチャーハンは夕飯となった。
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