80 / 83
後日談
【後日談11】帰宅2(セブ視点)
しおりを挟む
肩を抱いたままハバトを家奥に引き摺り込むと、体重の軽い彼は蹈鞴を踏んでよろける。それを強引に寝室の壁に縫い付けて衝動のままに口付けた。彼からすれば不意打ちだっただろうが、私を受け入れ慣れているハバトは、とろりと目を閉じた。一分も逃さぬよう、彼のその艷やかな表情をじっと見つめる。合間に、はふりと息を吐く様が一際愛らしい。
甘い甘い口内を深く十分に堪能してから、そっと唇を離して強く抱き寄せる。このひと月足らずの間、想い恋焦がれた愛おしい少年が今腕の中にあることに胸が打ち震える。
「嫉妬していたのか?」
柔らかな赤毛に口付けてから、腕の力を緩めてその顔を覗き込めば、また愛らしく口を尖らせていた。
「……誕生日、一番にお祝いしたかったです」
目を逸らしたままぼつりと溢された言葉に、真っ先に浮かんだのは次月末のハバトの生日だったが、それのことでないことは直ぐに察せられた。彼の生日は疾うに仕事の調整も祝いの準備も密かに済ませている。
「それは、私のか?」
逸らされていた儚げな薄茶の瞳が遠慮勝ちにこちらに向けられた。私を魅了して止まない拙さの残るテノールが「…うん」と小さく答えた。
「これから祝ってくれ。君が望むものを用意しよう」
私が提案した途端、ハバトの色の薄い唇が更に尖った。お気に召さなかったらしい。ハバトの望みは何だろうと思案しながら、尻に敷かれるとはこういうことを言うのだろうかと考える。もしそうならば、それはとても幸福なことのように思う。ハバトの笑顔の為に苦心することは、私にとっては何とも楽しく悦ばしい。
「違います。俺じゃなくてセブさんが欲しいものを知りたいんです。何が欲しいですか?」
そんなもの、ハバト以外に私が欲するものなどない。だが、今それを口にしてしまえばまるでハバトの身体目的のようで少しばかり躊躇われた。私が真に欲しいのは、身体だけではないのだから。
「君から祝いの言葉を貰えればそれで十分喜ばしい」
「それはダメ」
間髪入れず却下された。口を拗ねさせたまま、私の腕の中で身動いだハバトが、おっとりと垂れた眦を懸命に眇めて睨みつけてくる。手に負えない愛らしさだ。
「…おめでとうって、もう他の人にいっぱい言われたんでしょ」
「他の人間からいくら祝われても何も意味もない」
「……他の人と違うものをあげたいんです。でも、セブさんはいろんな人から、いろんなもの贈られてるみたいだから、何をあげたらいいのかわかんなくなっちゃって…」
“私への贈り物”と聞いて思いつくものはエドワーズ士長に処理を任せた迷惑な送付物等だが、そんな不用品とハバトからの贈り物が同列になるわけがない。
「屋敷で見たのか?」
僅かにトパーズの瞳を揺らしてから、また「ごめんなさい」と申し訳無さそうに頷いた。
ハバトの細い腰に手を添えて導き、寝台の縁にゆっくりと腰掛けさせる。恭しく伴侶の手を取り、その眼前で片膝をついた。この世の何よりも大切な存在だというのに、当人にその自覚が足りず困ったものだ。
「ハバト。残念ながら、私には新たに欲しいものなど一つもない。ハバトが私の為に選んでくれるものならどんなものでも嬉しいが、それは君が私を想ってくれることが嬉しいのだ。それ以上に私が望むものなど何もないよ」
よく伝わるよう、真っ直ぐハバトの目を見て、指先まで丁寧に握り込む。私のものと比べると小さいが、節くれ立った指と、骨張った甲をした、紛うことなく男の手だ。それが遠慮勝ちに握り返してくれる。目の縁を赤らめたハバトが、その涙で揺らめく瞳を細めて、それはそれは艷めかしく笑った。
「ふふ。じゃあ、俺がセブさんのして欲しいことなんでもしてあげるって言ったら、他の贈り物より嬉しいですか?」
「ああ。最高の贈り物だ。何でもしてくれるのか?」
「うん。もちろん。えっと、えっちなことでもいいです」
「……それは、恐ろしく魅力的だな」
雀斑の幼げな頬が淡く朱に染まっている。潤んだ瞳に濃い睫毛が影を作っている。小作りな唇から、薄い舌が微かに覗く。愛らしく、愛おしく、煽情的だ。
酷く喉が渇く。私の目は今さぞギラついていることだろう。
「んふふ。よかったです。でも、セブさんごめんなさい。あのね…」
今にも襲い掛からんとする私の手の中から、するりと白い手が抜き取られた。ここに来てのお預けはなかなかに残虐だな、などと情けないことを考えていると、予想に反してハバトの手が私の頬に伸びてきて、手ずつな口付けが落とされた。
「………セブさんの為にって言ったのに、俺が…して欲しくなっちゃった」
恐ろしい。どうやら、我が伴侶は本気で私を殺しに来ているらしい。奥歯を噛み締めたが、喉奥から堪えきれなかった獣じみた唸声が漏れた。
「…いつもより酷くしてしまいそうだ」
「いいですよ。俺はあなたのものだから」
嬉しそうに目を細めるハバトが愛おしくて胸が熱くなる。
私だけのものだ。ハバトは私の唯一で、私の幸福で、私の全てだ。
甘い甘い口内を深く十分に堪能してから、そっと唇を離して強く抱き寄せる。このひと月足らずの間、想い恋焦がれた愛おしい少年が今腕の中にあることに胸が打ち震える。
「嫉妬していたのか?」
柔らかな赤毛に口付けてから、腕の力を緩めてその顔を覗き込めば、また愛らしく口を尖らせていた。
「……誕生日、一番にお祝いしたかったです」
目を逸らしたままぼつりと溢された言葉に、真っ先に浮かんだのは次月末のハバトの生日だったが、それのことでないことは直ぐに察せられた。彼の生日は疾うに仕事の調整も祝いの準備も密かに済ませている。
「それは、私のか?」
逸らされていた儚げな薄茶の瞳が遠慮勝ちにこちらに向けられた。私を魅了して止まない拙さの残るテノールが「…うん」と小さく答えた。
「これから祝ってくれ。君が望むものを用意しよう」
私が提案した途端、ハバトの色の薄い唇が更に尖った。お気に召さなかったらしい。ハバトの望みは何だろうと思案しながら、尻に敷かれるとはこういうことを言うのだろうかと考える。もしそうならば、それはとても幸福なことのように思う。ハバトの笑顔の為に苦心することは、私にとっては何とも楽しく悦ばしい。
「違います。俺じゃなくてセブさんが欲しいものを知りたいんです。何が欲しいですか?」
そんなもの、ハバト以外に私が欲するものなどない。だが、今それを口にしてしまえばまるでハバトの身体目的のようで少しばかり躊躇われた。私が真に欲しいのは、身体だけではないのだから。
「君から祝いの言葉を貰えればそれで十分喜ばしい」
「それはダメ」
間髪入れず却下された。口を拗ねさせたまま、私の腕の中で身動いだハバトが、おっとりと垂れた眦を懸命に眇めて睨みつけてくる。手に負えない愛らしさだ。
「…おめでとうって、もう他の人にいっぱい言われたんでしょ」
「他の人間からいくら祝われても何も意味もない」
「……他の人と違うものをあげたいんです。でも、セブさんはいろんな人から、いろんなもの贈られてるみたいだから、何をあげたらいいのかわかんなくなっちゃって…」
“私への贈り物”と聞いて思いつくものはエドワーズ士長に処理を任せた迷惑な送付物等だが、そんな不用品とハバトからの贈り物が同列になるわけがない。
「屋敷で見たのか?」
僅かにトパーズの瞳を揺らしてから、また「ごめんなさい」と申し訳無さそうに頷いた。
ハバトの細い腰に手を添えて導き、寝台の縁にゆっくりと腰掛けさせる。恭しく伴侶の手を取り、その眼前で片膝をついた。この世の何よりも大切な存在だというのに、当人にその自覚が足りず困ったものだ。
「ハバト。残念ながら、私には新たに欲しいものなど一つもない。ハバトが私の為に選んでくれるものならどんなものでも嬉しいが、それは君が私を想ってくれることが嬉しいのだ。それ以上に私が望むものなど何もないよ」
よく伝わるよう、真っ直ぐハバトの目を見て、指先まで丁寧に握り込む。私のものと比べると小さいが、節くれ立った指と、骨張った甲をした、紛うことなく男の手だ。それが遠慮勝ちに握り返してくれる。目の縁を赤らめたハバトが、その涙で揺らめく瞳を細めて、それはそれは艷めかしく笑った。
「ふふ。じゃあ、俺がセブさんのして欲しいことなんでもしてあげるって言ったら、他の贈り物より嬉しいですか?」
「ああ。最高の贈り物だ。何でもしてくれるのか?」
「うん。もちろん。えっと、えっちなことでもいいです」
「……それは、恐ろしく魅力的だな」
雀斑の幼げな頬が淡く朱に染まっている。潤んだ瞳に濃い睫毛が影を作っている。小作りな唇から、薄い舌が微かに覗く。愛らしく、愛おしく、煽情的だ。
酷く喉が渇く。私の目は今さぞギラついていることだろう。
「んふふ。よかったです。でも、セブさんごめんなさい。あのね…」
今にも襲い掛からんとする私の手の中から、するりと白い手が抜き取られた。ここに来てのお預けはなかなかに残虐だな、などと情けないことを考えていると、予想に反してハバトの手が私の頬に伸びてきて、手ずつな口付けが落とされた。
「………セブさんの為にって言ったのに、俺が…して欲しくなっちゃった」
恐ろしい。どうやら、我が伴侶は本気で私を殺しに来ているらしい。奥歯を噛み締めたが、喉奥から堪えきれなかった獣じみた唸声が漏れた。
「…いつもより酷くしてしまいそうだ」
「いいですよ。俺はあなたのものだから」
嬉しそうに目を細めるハバトが愛おしくて胸が熱くなる。
私だけのものだ。ハバトは私の唯一で、私の幸福で、私の全てだ。
96
お気に入りに追加
2,592
あなたにおすすめの小説
配信ボタン切り忘れて…苦手だった歌い手に囲われました!?お、俺は彼女が欲しいかな!!
ふわりんしず。
BL
晒し系配信者が配信ボタンを切り忘れて
素の性格がリスナー全員にバレてしまう
しかも苦手な歌い手に外堀を埋められて…
■
□
■
歌い手配信者(中身は腹黒)
×
晒し系配信者(中身は不憫系男子)
保険でR15付けてます
弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!
灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」
そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。
リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。
だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く、が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。
みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。
追いかけてくるまで説明ハイリマァス
※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる