上 下
72 / 83
後日談

【後日談3】彼のいない日1

しおりを挟む
 レースや刺繍などの衣料品資材を卸すため、二週間に一度中央地区の仕立て屋に行くのだが、その時には公爵家の騎士たちが数名付き添ってくれる。俺の存在は異例とはいえ、名目上は英雄で公爵家子息で伯爵のセブさんの伴侶なんだし、護衛がつくのは仕方ないことだと思う。
 俺が家から出ない時も我が家の門扉前には常に一、二名公爵家の騎士が立ってるんだけど、それがセブさんが出張で不在のここ数日は増員されていたらしい。先日は知らぬ間に裏口にひっそり一人追加されていて、朝寝ぼけながら庭に水やりに出て悲鳴をあげてしまった。セブさんに文句の一つでも言いたいくらいだけど、言ったところで護衛の騎士を減らすなんてことは絶対しないだろうと思う。それくらいセブさんは俺の身の安全については用心深くて頑固だ。



「最近オリヴィアさんを見かけないんですけど、何かあったんでしょうか?」

 仕立て屋で資材を卸した帰りの馬車の中、俺はふと思い出して向かいに座るセドリックさんに話しかけた。今の仕事はセドリックさんの紹介で始めたこともあって、仕立て屋に行く際はセドリックさんが同行してくれることが多い。
 セドリックさんは誠実そうに短く切り揃えられた黒髪をガシガシと粗野に掻いた。

「あー。ハバト様の騎士めちゃくそ数増えたんで、士長が立哨に出るまでもねえってのはありますねえ。知ってます?公爵家の中堅騎士ほっとんどセバスチャン様が王都に呼び寄せちゃったんすよ」

 セブさんは伯爵位についたわけだし、いくらか自身の所有騎士を持っていてもおかしくない。でも多忙な彼が一から騎士の雇用をするのは難しいから、まだしばらくは公爵家から人手を借り受けるのも仕方ないと思う。

「そうなんですか。じゃあ、オリヴィアさんも大変ですね。公爵家に常駐してる騎士も、うちが借りてる騎士たちも、両方オリヴィアさんが取りまとめてるんですよね?」

 一時的なものではなく、これからも継続的に公爵家から騎士を借り受けるということは、オリヴィアさんの士長の仕事を増やしてしまってるんじゃないかな。仕方がないこととはいえ、お世話になっている人が無理をしている状況は心苦しいものがある。
 自分に原因の一端があることに顔を顰めていると、セドリックさんが「あー、愛しの奥方に何も伝えてないってあの主は何考えてんすかねえ」と鼻で笑った。

「今回のハバト様の護衛騎士増員を機に、士長も俺等も全員完全に雇用先が公爵家からセバスチャン様に変わってんすよ。高い給金と好条件チラつかされて、公爵家の中堅達こぞって正式にセバスチャン様の飼い犬に転向したんすわ」

 どうやら応急処置的な話ではなかったらしい。オリヴィアさんたちがずっといてくれる。それがとても嬉しくて、ほわっと胸があったかく浮き立った。

「じゃあオリヴィアさんもセドリックさんもノエルさんも、公爵家に帰らないで王都にいてくれるんですか?俺の護衛もずっと変わらずしてくれるってことですか?」

「そゆことっす。つうかねえ、俺等は端からハバト様の護衛しか仰せつかってねえんだよなあ。セバスチャン様が公爵家の騎士達を正式雇用したのも、何もかもハバト様の為っすよ。士長も俺もノエやんもハバト様から気に入られてるってセバスチャン様が判断したから、くっそえげつねえ好条件で引き抜かれたんでしょうね」

 セドリックさんは丁寧に説明し終えると、その親切さとは裏腹に「ほんっとありがてえ話だ」と胸を反らしてヘラヘラと薄情そうに笑った。

 馬車の外を小窓からちらりと見ると、高台にある公爵家所有の例のお屋敷が見えた。正確には“元”公爵家所有のお屋敷だ。結局あのお屋敷は何かと勝手が良いからと、セブさんが公爵家から買い上げたと聞いている。

「セドリックさんたちは今あのお屋敷に住んでるんですよね?」

 俺の視線の先がどこに向いているのかを的確に読み取ったらしく、セドリックさんは間髪入れずに「そっすね」と答えた。

「正式な宿舎の確保が出来るまではあの屋敷で俺等雑魚寝っすよ。ハバト様のこと以外はホントどうでもいいって扱いしてきますからねえ、セバスチャン様は」

「んふふ。あの広いお屋敷でも狭いですか?」

「狭えっていうよりベッドがねえから基本俺等寝袋で寝てんすよ。冬でもねえし、野営よりかは俄然マシすけど、こんな都心に来てこの扱いは斬新っすねえ」

 ひょうきんなセドリックさんが「ねーわ」と舌を出して嫌そうにおどけて見せるのでつい笑ってしまう。寝袋生活が毎日だとさぞつらいだろうけど、立派なお屋敷の中で立派な体躯の騎士たちが床に転がる様子は想像するとなんだか可笑しい。

「今度遊びに行ってもいいですか?オリヴィアさんにも会いたいですし」

「いいんじゃないすか?それはハバト様の禁止事項の通達に含まれてねえもんなあ。どうせなら今から行きますか?ちょうど士長がいるはずです」

 俺の禁止事項とやらが少しだけ気になったが、それよりオリヴィアさんに会えることが嬉しくて一も二もなく頷いた。セドリックさんは唇の端を持ち上げるとすぐさま御者台に繋がる小窓を開けて手短に指示を出した。
しおりを挟む
感想 68

あなたにおすすめの小説

完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます

muku
BL
魔術師フィアリスは、地底の迷宮から湧き続ける魔物を倒す使命を担っているリトスロード侯爵家に雇われている。 仕事は魔物の駆除と、侯爵家三男エヴァンの家庭教師。 成人したエヴァンから突然恋心を告げられたフィアリスは、大いに戸惑うことになる。 何故ならフィアリスは、エヴァンの父とただならぬ関係にあったのだった。 汚れた自分には愛される価値がないと思いこむ美しい魔術師の青年と、そんな師を一心に愛し続ける弟子の物語。

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない

てんつぶ
BL
 連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。  その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。  弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。  むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。  だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。  人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

「隠れ有能主人公が勇者パーティから追放される話」(作者:オレ)の無能勇者に転生しました

湖町はの
BL
バスの事故で亡くなった高校生、赤谷蓮。 蓮は自らの理想を詰め込んだ“追放もの“の自作小説『勇者パーティーから追放された俺はチートスキル【皇帝】で全てを手に入れる〜後悔してももう遅い〜』の世界に転生していた。 だが、蓮が転生したのは自分の名前を付けた“隠れチート主人公“グレンではなく、グレンを追放する“無能勇者“ベルンハルト。 しかもなぜかグレンがベルンハルトに執着していて……。 「好きです。命に変えても貴方を守ります。だから、これから先の未来も、ずっと貴方の傍にいさせて」 ――オレが書いてたのはBLじゃないんですけど⁈ __________ 追放ものチート主人公×当て馬勇者のラブコメ 一部暗いシーンがありますが基本的には頭ゆるゆる (主人公たちの倫理観もけっこうゆるゆるです) ※R成分薄めです __________ 小説家になろう(ムーンライトノベルズ)にも掲載中です o,+:。☆.*・+。 お気に入り、ハート、エール、コメントとても嬉しいです\( ´ω` )/ ありがとうございます!! BL大賞ありがとうございましたm(_ _)m

処理中です...