66 / 83
無敵の伴侶3
しおりを挟む
セブさんにたくさん抱き締めてもらった後、ゆったりと手を引かれて、屋敷の門前に公爵家が用意した、見栄えのする臙脂色の馬車に乗り込んだ。護衛のセドリックさんは御者と一緒に御者台に、ノエルさんは騎馬で並走するらしい。
「ハバト、真っ直ぐ教会に向かって構わないか?邪魔が入らないうちにさっさと済ませてしまいたい」
邪魔、入る可能性があるのか。
「もちろんです。邪魔が入るっていうのは、俺がいるせいですか?」
「いや、君のせいではない。私の方の始末の問題だ」
不本意そうな顔をしたセブさんは俺の左手薬指を撫でてから、御者台に向かって「教会へ」と指示を出し、俺の横に腰を下ろした。
貴族には結婚に関していろいろな制約があると俺が知ったのは、貴族議会からセブさんと俺の結婚の許可が下りたとの通知が来た後だった。
制約が多いからこそ、セブさんは国王に直訴までしてあの特例を取り付けたわけだし、他にも俺が知らない苦労が彼にはたくさんありそうだ。
本来、公爵家の子息が結婚するともなると、嫡男でなくても筆頭貴族を呼び立てて、結婚の報告を兼ねた婚姻式をするのが一般的らしい。でも、小心者の俺が嫌がることを見越して、セブさんはそういった派手なものを全て避けてくれた。結婚の事実も公表はしているが、それもセブさんの口から為されただけで、俺がそういった場に立たされたわけじゃない。セブさんは、「私がそうしたくてしているだけだ」なんて言うけど、俺はとても甘やかしてもらっていると思う。
今日は教会に婚姻の祝福を授けてもらいに行くことになっている。
貴族は教会との繋がりが深いらしい。婚姻式には教会から神官を呼び、祝詞をあげてもらって祝福を受けるものなんだそうだ。ハービル村には教会がなかったから全く知らなかったのだけど、平民でも教会に赴けばその祝福は気安く受けられ、王都ではとても馴染んだ慣習だという。
祝福がどういうものかよくわかってはいないが、街中を散策している時、真っ白な教会の礼拝堂はよく目について気になっていた。そこにセブさんと一緒に行けることが単純にとても嬉しい。
人通りの少ない場所で馬車を降りたが、セブさんの白金色と俺の赤毛は一目で誰と知れる。すぐに視線が集まるが、ノエルさんたちが丁寧に人波をさばいて先導してくれるので、俺達の足が止められることはなかった。
「セブさん、俺達が一緒に街中を歩くのってすごく久し振りですよね」
「ああ。カガリナ以来か」
もう、一年近く前のことだ。王都に限って言えば、初めてだ。セブさんはそれくらい忙しい。件のから昇進して遠征部の技能指導官というものになったらしく、細々とした遠征への参加はなくなったが、とんでもない量の指導業務と机仕事を抱えているらしい。その上、重要な任務には必ず参加しなければいけないし、彼はその合間に騎士団内の自己鍛錬にまで参加しているんだそうだ。とんでもない気力と体力だ。
「あの頃もセブさんと一緒にいるとすごく楽しくて幸せだったんですけど、今はもっと幸せなんです」
今更なことをへらへらとしゃべる俺を煩わしがることもなく、セブさんは「私もだよ」と優しく微笑んで頭を撫でてくれた。
「定期遠征の決議が済めば、幾らか王都を空けられる。二人きりでどこか遠くへ観光にでも行こうか」
エメラルドを優しく細めて、とても幸せになれる提案をしてくれる。
「んふふ。どうしよう。楽しみがいっぱいですね。俺、セドリックさんに紹介してもらった仕事を増やします。おみやげたくさん買いたいですし」
俺が王都で働くのは心配だとセブさんが言うので、俺が今している仕事は全部家の中で出来る内職だ。濃石の森にいた時もそんな仕事ばかりだったし、要領としては慣れたものだ。今は主に編み物と刺繍をしている。レースを編んだり、飾り刺繍を刺したり、豪華な衣料品の需要が高い王都ならではの仕事だと思う。
「旅費なら私がいくらでも出す。君がそう働く必要などない」
「…それは、俺がセブさんみたいに稼ぎはよくないからですか?やっぱり、セブさんも俺のこと甲斐性無しだって思ってます?」
どうせ、俺のする仕事は、稼ぎも質もセブさんの足元にも及ばない。雑魚中の雑魚だ。それは一番俺自身がわかってるんだ。
ぶすくれた俺が口をへの字にして睨むと、セブさんは悩ましげに眉根を寄せた。
「違う。君は有能だ。働いて欲しくないのは、私が君を独り占めにしたいからだ」
誰からも憧れられる英雄のものとは思えないほど切ない声で囁かれてしまい、拗ねた気持ちの代わりに、今度はむず痒さで俺の口はへにゃりと曲がった。
セブさんは俺のことに関してはすごく心配性になるらしい。
「……独り占め出来てないみたいに言わないでください。俺はあなたに何もかも全部あげたのに」
本当に何もかもだ。それはセブさんが一番わかってるだろう。街中でこんな話をしていることが気恥ずかしくて、俺はセブさんから視線をそらすと、彼が今日二回目の「罪深い」を呟いたのが聞こえた。
不意に、前を歩いていたセドリックさんが片手で俺達を制止した。
「セバスチャン様、ハバト様、申し訳ねえっす。めんどくせえ接敵しちゃいました」
接敵の意味は、セドリックさんの向いた先を見ればすぐさま理解出来た。
白亜の礼拝堂前の上り階段の手前、金糸の刺繍が見事な真っ白な日傘を差し、淡い青の簡易ドレスの裾を揺らして、温かい色味の赤毛のお姫様が完璧な淑女の佇まいでこちらをじっと見つめていた。
「ハバト、真っ直ぐ教会に向かって構わないか?邪魔が入らないうちにさっさと済ませてしまいたい」
邪魔、入る可能性があるのか。
「もちろんです。邪魔が入るっていうのは、俺がいるせいですか?」
「いや、君のせいではない。私の方の始末の問題だ」
不本意そうな顔をしたセブさんは俺の左手薬指を撫でてから、御者台に向かって「教会へ」と指示を出し、俺の横に腰を下ろした。
貴族には結婚に関していろいろな制約があると俺が知ったのは、貴族議会からセブさんと俺の結婚の許可が下りたとの通知が来た後だった。
制約が多いからこそ、セブさんは国王に直訴までしてあの特例を取り付けたわけだし、他にも俺が知らない苦労が彼にはたくさんありそうだ。
本来、公爵家の子息が結婚するともなると、嫡男でなくても筆頭貴族を呼び立てて、結婚の報告を兼ねた婚姻式をするのが一般的らしい。でも、小心者の俺が嫌がることを見越して、セブさんはそういった派手なものを全て避けてくれた。結婚の事実も公表はしているが、それもセブさんの口から為されただけで、俺がそういった場に立たされたわけじゃない。セブさんは、「私がそうしたくてしているだけだ」なんて言うけど、俺はとても甘やかしてもらっていると思う。
今日は教会に婚姻の祝福を授けてもらいに行くことになっている。
貴族は教会との繋がりが深いらしい。婚姻式には教会から神官を呼び、祝詞をあげてもらって祝福を受けるものなんだそうだ。ハービル村には教会がなかったから全く知らなかったのだけど、平民でも教会に赴けばその祝福は気安く受けられ、王都ではとても馴染んだ慣習だという。
祝福がどういうものかよくわかってはいないが、街中を散策している時、真っ白な教会の礼拝堂はよく目について気になっていた。そこにセブさんと一緒に行けることが単純にとても嬉しい。
人通りの少ない場所で馬車を降りたが、セブさんの白金色と俺の赤毛は一目で誰と知れる。すぐに視線が集まるが、ノエルさんたちが丁寧に人波をさばいて先導してくれるので、俺達の足が止められることはなかった。
「セブさん、俺達が一緒に街中を歩くのってすごく久し振りですよね」
「ああ。カガリナ以来か」
もう、一年近く前のことだ。王都に限って言えば、初めてだ。セブさんはそれくらい忙しい。件のから昇進して遠征部の技能指導官というものになったらしく、細々とした遠征への参加はなくなったが、とんでもない量の指導業務と机仕事を抱えているらしい。その上、重要な任務には必ず参加しなければいけないし、彼はその合間に騎士団内の自己鍛錬にまで参加しているんだそうだ。とんでもない気力と体力だ。
「あの頃もセブさんと一緒にいるとすごく楽しくて幸せだったんですけど、今はもっと幸せなんです」
今更なことをへらへらとしゃべる俺を煩わしがることもなく、セブさんは「私もだよ」と優しく微笑んで頭を撫でてくれた。
「定期遠征の決議が済めば、幾らか王都を空けられる。二人きりでどこか遠くへ観光にでも行こうか」
エメラルドを優しく細めて、とても幸せになれる提案をしてくれる。
「んふふ。どうしよう。楽しみがいっぱいですね。俺、セドリックさんに紹介してもらった仕事を増やします。おみやげたくさん買いたいですし」
俺が王都で働くのは心配だとセブさんが言うので、俺が今している仕事は全部家の中で出来る内職だ。濃石の森にいた時もそんな仕事ばかりだったし、要領としては慣れたものだ。今は主に編み物と刺繍をしている。レースを編んだり、飾り刺繍を刺したり、豪華な衣料品の需要が高い王都ならではの仕事だと思う。
「旅費なら私がいくらでも出す。君がそう働く必要などない」
「…それは、俺がセブさんみたいに稼ぎはよくないからですか?やっぱり、セブさんも俺のこと甲斐性無しだって思ってます?」
どうせ、俺のする仕事は、稼ぎも質もセブさんの足元にも及ばない。雑魚中の雑魚だ。それは一番俺自身がわかってるんだ。
ぶすくれた俺が口をへの字にして睨むと、セブさんは悩ましげに眉根を寄せた。
「違う。君は有能だ。働いて欲しくないのは、私が君を独り占めにしたいからだ」
誰からも憧れられる英雄のものとは思えないほど切ない声で囁かれてしまい、拗ねた気持ちの代わりに、今度はむず痒さで俺の口はへにゃりと曲がった。
セブさんは俺のことに関してはすごく心配性になるらしい。
「……独り占め出来てないみたいに言わないでください。俺はあなたに何もかも全部あげたのに」
本当に何もかもだ。それはセブさんが一番わかってるだろう。街中でこんな話をしていることが気恥ずかしくて、俺はセブさんから視線をそらすと、彼が今日二回目の「罪深い」を呟いたのが聞こえた。
不意に、前を歩いていたセドリックさんが片手で俺達を制止した。
「セバスチャン様、ハバト様、申し訳ねえっす。めんどくせえ接敵しちゃいました」
接敵の意味は、セドリックさんの向いた先を見ればすぐさま理解出来た。
白亜の礼拝堂前の上り階段の手前、金糸の刺繍が見事な真っ白な日傘を差し、淡い青の簡易ドレスの裾を揺らして、温かい色味の赤毛のお姫様が完璧な淑女の佇まいでこちらをじっと見つめていた。
85
お気に入りに追加
2,592
あなたにおすすめの小説
配信ボタン切り忘れて…苦手だった歌い手に囲われました!?お、俺は彼女が欲しいかな!!
ふわりんしず。
BL
晒し系配信者が配信ボタンを切り忘れて
素の性格がリスナー全員にバレてしまう
しかも苦手な歌い手に外堀を埋められて…
■
□
■
歌い手配信者(中身は腹黒)
×
晒し系配信者(中身は不憫系男子)
保険でR15付けてます
弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!
灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」
そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。
リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。
だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く、が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。
みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。
追いかけてくるまで説明ハイリマァス
※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました
厘/りん
BL
ナルン王国の下町に暮らす ルカ。
この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。
ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。
国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。
☆英雄騎士 現在28歳
ルカ 現在18歳
☆第11回BL小説大賞 21位
皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる