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交歓会1

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「セバス様、奥に眺めの良いお部屋を用意しておりますの。ご一緒にお茶をしませんか?」

「いえ、結構です。ああ、ハバト。君の好きな固焼きの菓子を持ってこさせようか」

 麗しい赤毛の王女様のお誘いをたった一言で躱して、セブさんが俺の腰にまわした腕で引き寄せ、なぜか楽しそうに俺に菓子など勧めてくる。俺は「まだお腹いっぱいだから大丈夫です」と断り、身をよじって逃げを打とうとするが、セブさんは涼しい顔をしながらも本気で抑え込むもんだから全く歯が立たない。

「少しですが、東国の珍しいお酒も取り寄せましたわ。セバス様ここ最近は、ずっとお仕事ばかりでお疲れになったでしょう。せっかくですし、二人きりでゆっくりしましょうよ」

 ベルさんが華奢な指を頬に当てて、愛らしくて小首を傾げた。でも、セブさんはそちらに視線のひとつも送らない。

「酒も結構です。私は何も不自由しておりません。殿下はご自身により有用なことに時間を使ってください」

 そう言ってセブさんは俺をベルさんから隠すように抱き込んだ。彼はもう甲冑は脱いでいて、滑らかな生地の白い騎士服の肩口に頭を預ける形になった。ふわりと、愛おしくてたまらない彼の香りがした。
 こうしていれば、周りからの好奇の目も俺には見えないが、今もきっとセブさんとベルさんは周囲の賓客たちの注目を集めているのだろう。
 早くここから離れたくて仕方がない。俺はセブさんに気付かれないように小さな溜め息をついた。




 参列した叙爵式がつつがなく閉式した後、一般席は解散とされたが、式に参列した貴賓たちには王城内での食事会と交歓会が用意されていると、オリヴィアさんから説明を受けた。周辺国からの賓客も多いようだし、それは当然のように思った。
 セブさんを含めた叙爵された騎士たちも、それらは参加必須だろう。なら、セブさんの言っていた「私が戻るまで王城から出るな」を守る為、俺はどこかで時間を潰さなければいけない。
 そう思ってオリヴィアさんに「絶対勝手にどこかに行ったりしないので、庭園のすみっこで待っていていいですか?」と聞いたら、とんでもなく渋い顔をされた。そしてその顔のまま言われたのが、

「駄目です。貴賓がそんな庭のすみっこになんていて良い訳がないでしょう」

だったのだ。

「わたし、貴賓なんですか?」

「どう考えても貴賓でしょう。鋼鉄の英雄は貴方の治療がなければこんな大きな功を立てる所か、騎士として復帰することも不可能だったんですから」

「だからって貴賓?そういうものですか…?」

「そういうものです」

 オリヴィアさんの言葉の強さに圧されて、何もわかってないのにとりあえず「なるほど」とわかった風な返しをしてしまった。


 食事マナーのひとつもわからないで食事会に参加するのは心底気が引けたが、誰かの気遣いがあったのか、俺の隣席は隣国貴族のとても穏やかな老婦人と、にこやかだが無口な初老の紳士だった。オリヴィアさんにマナーを逐一聞きながら食事をする俺に嫌な顔をするでもなく、時折一言二言他愛の無い世間話をしてくれて、俺はなんとか会場から逃げ出さずに済んだ。

 問題があったのは交歓会の方だった。
 食事会を何とか乗り切れたのだから、交歓会とやらもなんとかなるんじゃないか。そう前向きに考えて自分を励ましつつ交歓会の会場に向かったものの、結果的にそのやる気は、入場して十歩も歩かないうちに見る影もなくしぼんだ。

 会場である王城の大広間に入るとすぐに、どこから聞いたのか「英雄の治療士」として次々声をかけられて、俺は早々に泣きを見た。人の目を正しく見ることも出来ない俺が、初対面の人間と正しく交流なんて出来るわけがない。最初こそオリヴィアさんが「守秘義務がございますので」「ハバト様はご気分が優れませんので」と、いくらか躱してくれていたが、オリヴィアさんの捌ける量を超えたところから、俺は貴賓たちからの質問責めに頭が真っ白になってしまった。「ええと」「うんと」「わかりません」「ごめんなさい」と要領を得ないことを返すだけの無能の体を晒した。
 明らかに落胆する人。鼻で笑う人。苛立つ人。全てに申し訳なくて、俺は俯き身を縮こまらせた。誰も声こそ荒げはしないが、悪意の込められた声色がじわじわと集まっていく。
 そんな情けない状況をたった一声で打破してくれたのは、他の誰でもなく鋼鉄の英雄様本人だった。ただ、その一声は

「私の許可なくハバトに近づくな」

という、貴賓に向けられたとは思えないかなり高圧的なものだったが。
 俺を囲んでいた人垣をかき分け、「遅くなってすまない」とセブさんは躊躇いなく俺の腰に手をまわして抱き寄せると、俺に向けられていた周囲からの悪意が、途端霧散したのがわかった。でも代わりに周囲に拡がったのは困惑だった。
 そりゃそうだ。セブさんの数歩後ろにはベルさんの姿もあって、彼はなぜか恋仲の王女様を放ったらかして無能な治療士を構いに来てしまったのだから。





 それから、俺たちは賓客たちから遠巻きにされつつもずっと視線を集め続けている。セブさんと二人きりになりたいベルさんと、そのベルさんの誘いを一刀両断し続けるセブさんというよくわからない状況がずっと繰り返されているのだ。セブさんに抱き込まれたまま逃げ出せない俺にも視線は集まってくるから、居心地が悪くて仕方ない。
 セブさんが何を考えているのかがよくわからない。なんでベルさんじゃなくて俺を構うんだろう。もしかして、ベルさんと親密な様子を周囲に見せられない理由でもあるんだろうか、と足りない頭の中身をぐるぐる回す。
 オリヴィアさんなら今この状況の理由がわかっているかもしれないと、セブさんの肩口から顔を上げて目で探すが、彼女を見つける前に「私だけ見ていろ」と甘ったるい声で叱られた。
 俺が彼の目をじっと見つめ返してからもう一度肩口に額を付けると、セブさんが楽しそうに喉で笑って、自身の首を俺の頭に傾けてわずかに頬ずりをしてくれた。とても嬉しいけれど、罪悪感は相変わらずぐずぐずにくすぶっている。

「疲れていないか?慣れない服で窮屈だろう。屋敷に戻ろう。私も共に行く」

「ここを離れていいんですか?セブさんは主役でしょ?」

「この場に顔を出したことさえ周知されていればもう構わないだろう」

「…なら、帰って少し休みたいです」

 服より靴が慣れなくて、立っていると少し小指が痛い。でも、それより今はたくさんの人の気配から離れたい気持ちが強い。

 セブさんに促されるままに大広間を出ようとすると、目の前に今にも零れそうな大粒の涙を湛えた薄氷色の瞳の姫君が立ち塞がった。
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