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鋼鉄様の食客1

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 セブさんが手配した迎えの馬車は、叙爵式の半月前にハービル村に到着した。様々な配慮が為されていて、馬車は高級なものではあったが豪奢ではなかったし、ひとりずつ付けられた御者も護衛も物腰の柔らかい女性だったし、夜は必ず宿に泊まれるようなゆったりした旅程を組まれていた。

 小綺麗なワンピースに、愛用のくたびれた帆布鞄を斜め掛けした俺は、一見してオノボリさんの見本のようだ。いつものフード付きローブと膝の擦り切れかけているズボンたちはミランダさんとイヴァさんに即却下され、代わりに与えられたのが数着のワンピースだった。本当はそれ以外にも宝飾品や髪飾りをいくつか見繕ってもらったが、女になりたいわけでも着飾ることが好きなわけでもないので遠慮した。代わりに以前セブさんからもらった髪結い紐で襟足を括った。色気がないとミランダさんたちからは大層がっかりされたけど、俺はこれがいい。

 セブさんに会えない間に季節は春に移行していた。村を遠く離れるのは初めてのことだけど、車窓から見える景色は春らしく華やいでいて、不慣れな長旅も比較的苦痛なく過ごせた。何より、振動で尻が麻痺してしまいそうになる田舎の乗り合い馬車とは違い、俺の尻もすこぶる健やかだ。

 道中の合間合間に馬を替えて進み、王都の手前の商業都市で馬車自体も、ここに来て豪奢なものに交換された。公爵家子息の客人として相応しいものを、ということなんだろう。どこもかしこもやたら装飾が施されていて、乗り込む時どこを掴んだらいいのかわからなくて少しだけ転げた。

 もう少しでセブさんに会える。そう思うと、苦手な人混みの景色さえキラキラして見えた。
 この時俺は正直、完全に浮かれていた。王都にさえ入れば、すぐにセブさんが迎えに来てくれて、今までみたいに二人きりで過ごせると、何故か疑ってもいなかった。冷静に考えたら、そんなわけないってすぐわかるのに。



「ハバト様には、三日後の叙爵式終了までこちらのお部屋に滞在して頂きます」

 そういって、俺は王都内にあるらしい立派な三階建てのお屋敷の一室に通された。送ってくれた御者のアデラさん曰く、バルダッローダ公爵家が賓客の歓待等に使用しているお屋敷らしい。王都内のどのあたりなのかわからないが、近くに大きな通りがあるようなので都心の方なんだと思う。
 屋敷の場所をよくわかってないのは、王都の手前で馬車を替えてから、車窓にはカーテンが引かれ、移動中の馬車外を見せてもらえなかったからだ。今までの道中と明らかに違う、まるで人目に触れさせたくないと言わんばかりの対応にほんの少しだけ寂しく思う。俺が得体の知れない田舎者だから隠したいのだろうか。真意はわからないが、案内をしてくれたお屋敷の女中に、「このお部屋からは不用意にお出にならないよう、お願い申し上げます」と慇懃に頭を下げられて、寂しい気持ちにとどめを刺されてしまった。
 部屋の奥には手洗いや簡易の風呂までついていて、確かに外に出る必要はあまりなさそうだった。ちょっとした出来心で廊下だけでも見てみようと、部屋の扉を開けたら扉のすぐ横に二人も見張り?の男女が立っていて、俺は驚きで飛び上がるような思いをした。もはや軟禁だ。

 俺に与えられた部屋は、とても清潔で品が良かった。レースのような繊細な模様の入った白い壁紙と、部屋の要所要所に黒檀らしき上品な木材がふんだんに使われていて贅沢だ。深い臙脂のソファーは手触りの良い生地と、柔らかな中綿が使われていて心地よく、ベッドも見たこと無いくらい広くて気後れしてしまう。
大きく取られた窓からは、高い垣根で囲まれた裏庭と、その先にかろうじて賑やかな町並みが見えた。俺のいる三階のこの部屋からは比較的遠くまで見渡せはするけど、外から俺の存在を認識する人はあまりいないだろう。

 せっかく、王都に来たのに王都の様子を間近に見られないなんて虚しい。落胆から長い溜め息がもれた。





「セブさんに、お会いすることはできないでしょうか」

 見たこともない豪華な食事ばかりが並ぶ夕食の席で、給仕してくれた二人の女中さんに迷惑を承知で聞いてみた。案の定女中さんたちは顔を見合わせて、困惑しているような気配がする。忙しい中よくわからない客からの要望なんて聞きたくないよな。

「無理ならいいんです。ごめんなさい」

 慌てて頭を振るが、女中さんは「いえ、即答出来ずに申し訳ございません」と丁寧に腰を折った。

「セバスチャン様はここ数日王城に詰めておりまして、私共ではすぐにお呼びすることが叶いません。本日は遅いので明日以降に確認させて頂きます」

「ありがとうございます」

 女中さんの丁寧さを倣って、一度カトラリーを置いてから俺もなるべく丁寧に頭を下げると、女中さんたちがフフフ、と優しく笑ってくれた。

「他にもご要望があればお伺い致します。もしお時間を持て余してしまうようであれば、書物のご用意など出来ますが如何でしょうか」

「わあ、助かります。ぜひお借りしたいです」

 女中さんたちの雰囲気も柔らかいし、今ならもう少し踏み込んでお願い出来そうな気がする。俺は少しだけ多めに息を吸い込んで胸を張った。

「あの、明日、裏手のお庭に出てもいいですか?すごくお花がキレイだから散歩がしたいです」 

「その程度のことはセバスチャン様を通さずとも使用人頭から許可が出るかと思います。明日の午前中にはご返答します」

 言ってみてよかった。明日よく晴れるといいな。嬉しくなって、その後の夕食はいつもよりいっぱい食べてしまった。


 夕食後に風呂に入り、用意された肌当たりの良い寝間着を羽織った。広いベッドに寝転びその柔らかさを堪能しながら、セブさんからもらった招待状を今一度開く。魔法灯の淡い光の中でも、金箔押しの優美さは損なわれない。
 招待状は、業務用の魔法印刷されたものではなく、今までやり取りしていた手紙と同様、最初から最後まで全て手書きだ。そして、いつもの手紙と同じく季節の挨拶で始まっていたが、そこには長らく連絡を断っていたことに対する謝罪も一緒に、セブさんらしい生真面目な文体と深々とした言葉で綴られていた。その後は珍しく、ひたすら俺に会いたいと言い募られている。会って抱き締めて口付けたいと、とても熱心に書かれていて、この招待状は誰にも見せられない。俺も同じ気持ちだから。

「俺も早く会いたいな…」

 彼の心地よく沈む低音で名前を呼ばれたい。硬く長い指で優しく触れて欲しい。熱い舌先で口内をなぞって欲しい。背徳的なものを想起してしまい、背筋がぞわりとした。下肢が反応してしまいそうになって、慌ててばあばから教わったやたらややこしい風邪薬の調合方法を頭の中で延々と反芻した。調合薬の文字列の中に沈むみたいに、その日俺はそのまま眠りに落ちていた。
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