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治療2

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「痛みはどうですか?」

「ここ数日は痛みらしい痛みはない。君に処方してもらった薬のおかげで進行がかなり鈍っているのだろう。君は優秀な薬師だ」

「ふふ。それならよかったです。では、体も汚れないように布を巻きますね」

 持ってきた中で一番大きな布を、正面から左腕の下を通すようにセブさんの体に掛け、右肩の上で端を結ぶ。離れる瞬間彼の右手が、戯れで俺の頬を柔く撫で掠めていく。くすくすとどちらともなく笑う。

 薬瓶から半量をカップに、もう半量を小さな木桶に注ぐ。「こちらを全量飲んでください」とカップをセブさんに手渡すと、「ああ」と例によって微塵も躊躇わず飲み干す。

「しばらくはピリピリした痛みとむず痒い感じがあるかもしれませんが、そのままの姿勢で我慢しててくださいね」

 彼が頷いたのを確認してから、その膝の上に残りの布を多めに乗せる。彼の召している濃紺のズボンも、とても高級そうな生地で出来ている。汚すわけにはいかない。
 ナイフの柄を握り締めて深呼吸する。俺の緊張が伝わってしまったのか、彼が俺の名を呼ぶが、それに「大丈夫です」と簡潔に答える。薬液の入った木桶の上に左腕を掲げ、歯を食いしばってナイフで腕中の血管上を切りつけた。
 腕を血がつたう感覚がして、ほっと息をつく。本当に小心者で恥ずかしい。セブさんの腕の痛みはこんなものじゃなかっただろうに。
 ナイフを戻して、滴る血が薬液に落ちていくのを見つめていると、再び名を呼ばれた。

「君にそこまでさせてしまってすまない」

 彼の表情が酷く苦しげだ。薬が効いてきているのだろうか。

「あ!ごめんなさい。苦しいですか?痛みも不快感も“再生”するまでのほんの一時的なものだそうなので、もう少し我慢してくださいね」

 腕を撫でさすってあげられれば少しはマシかもしれないが、今は木桶から動けないのでそれも叶わない。

「そんなものは問題ない。ハバトこそ痛むだろう。君の血でなければいけないのか?私の血では駄目か?」

 自身の痛みではなく、俺の痛みに顔を歪めていたらしい。なんて優しい人なんだろう。

「ふふふ。わたしの心配してくれたんですか?お気持ちは嬉しいですが、セブさんにばかり負担をかけたくありません。それに、自分の血の方が魔力量が自分でわかっているのでこれでいいんです」

「……血を混ぜるのは薬液内の魔力を補う為か」

「そうなんです。血は一番扱いやすい魔力の媒体ですからね。髪や爪は保管は楽ですが込められる魔力量が少ないんですもん」

「そんな楽しそうに話されると少し複雑だ」

「んふふー。わたしの血がセブさんの為になるなんて光栄なことじゃないですか。そろそろいいかな。こっちの薬塗りますね」

 止血の為にボロ布を自分の腕に巻くが、あまりの下手くそさを見兼ねてセブさんが手を貸してくれた。ちょっとばかり恥ずかしい。

 俺の血を含んだ木桶の中の薬液は、濃紺から黒に色を変えている。それを刷毛で軽く混ぜてから、「失礼します」とセブさんの腕に塗布していく。薬液が石の肌にぐんぐん染み込む。痛みと不快感が強く出ているのか、彼が極小さく息を吐いた。
 塗布しながら治癒力活性の呪文をこめた吐息を腕に吹き掛ける。それを根気よく続けると、腕が徐々に膨張してくるのがわかる。それが指先を形作っていく様は少々不気味だが面白い。膨らんだ分だけ、中で腕が血肉を得て再生している証拠だ。うまくいったようでよかった。

 最後のひと刷けを塗り込んで、刷毛を木桶の中に放る。とくとくと、微かに脈動する指先が健気で愛おしくすらある。それを両手で恭しく持って、呪いを吸い出す呪文を口の中で唱えてそっと口付けた。希釈した呪いは人の生命力で自然と消えるものだが、少しでも彼の体を楽にしてあげたい。喉が少しひりつくのは、うまく呪いを吸い出せたからだろう。

「少し触ります。痛ければ言ってくださいね」

「ああ」

 付け根からゆっくり石の肌を押しさすると、少しずつ表面が剥がれるので、それを空になった木桶に落としていく。急がず、たっぷり時間をかけて丁寧に剥がしていけば、その下からは少し赤く柔らかいが新しい皮膚が出てくる。もちろん、その下には骨も筋肉も、呪いから取り返した神経も通っている。

「指先を動かせますか?」

 粗方表面を剥がしてから動かすように促す。僅かに震えてから、ぎこちなくだが全ての指が握り込まれた。指の動き、手首の動き、肘の可動域を見てから、俺の手を握らせて握力がしっかりあることも確かめる。「まだ痺れや虚脱感が残っているかもしれませんが、それは新しく作られた筋肉に神経が馴染めば無くなるかと思います」と説明すると、セブさんから「ほう」と感嘆めいた声が出た。

「ここまで元通りになるものなのだな。王宮の魔法医師など比べ物にならないほどの素晴らしい技術だ。欠損した人体を完全に再生させる魔法など聞いたことがない。これだけの能力が広く知れれば、権力者たちはこぞって君を欲しがるだろうな」

「ありがとうございます。濃石の森の魔女の秘術は本当に素晴らしいんです。自慢のばあばです。わたしはそれを真似ているだけで、わたし自身は大した人間じゃありませんよ」

 ばあばの秘術を褒めてもらえてとても嬉しい。
 石屑でいっぱいになった木桶と、汚れ避けの布たちをテーブルの角に一旦置く。「少し待っててください」と言いおいて、部屋の片隅の棚上にある自分用の薬箱を引っ張り出す。その中から保湿油と布を裂いただけの簡易な包帯の束を取って彼の下へ戻る。
 保湿油を多めに手にとって、彼の左腕に満遍なく塗っていく。

「君の魅力の一つでもあるからあまり言いたくはないが、君はどうにも警戒心が足りなくて心配になる。本意ではないのだろうが、濃石の魔女は孫を相当危ういものに仕立ててしまったな。今まで無事だったことが奇跡としか思えない」

「わたし、警戒心足りてないですか?」

 俺自身としては小心者の自覚もあるし、そんなつもりは微塵もなかったので首をひねってしまう。そんな俺を憐れむような目で見るセブさんは「この家の扉と窓は頑丈なものに換える手配はしてあるので、後日応対してくれ。支払いは済ませてある」と、さらっといつぞやの話を蒸し返されて「んえっ!?」と滑稽な声を上げて狼狽えてしまった。てっきりうまく忘れてくれていると思っていたのに、まさかこんな不意打ちで買い与えられるとは思わなかった。

「魔女の仕事の代行も今後は断った方がいい。君の人柄を私は好ましく思うが、心底魔女の仕事に向かない。この村の魔女の不在は、私の方でもいくらか周知させるよ」

「えっと…何から何まで、ありがとうございます」

 手についた油をボロ布で拭ってから、包帯を彼の腕に丁寧に巻いていく。もしかしたら、俺が巻くより片手でもセブさん自身が巻いた方がキレイに仕上がるのかもしれないが、セブさんは何も口を挟まず俺が巻くさまをじっと見つめていた。
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