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治療1

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 俺が二人組に連れ去られた後、セブさんは日没後に民宿である酒屋に戻ったそうだ。すぐに部屋に誰かの出入りの気配を察したがそれ自体は気に留めることではなかった。ただ、ベッドに置かれた薬瓶と床に転がっていた飲みかけの蜂蜜酒で俺の来訪を確信したらしい。そして、店番をしていたはずの酒屋の末息子に「訪ねてきた者はいるか」と問うたところ、「いない」と答えたため容赦なく絞め上げた。



 末息子はその日、村にやってきた余所者二人組が「魔女を探している」と酒屋の店主に話しているのを聞いていた。

「あんたらも魔女に用があるのか。残念ながらこの村の魔女はとうに死んでいねえんだ。簡単な用事なら、遺された弟子が代わりに聞いてくれんだが、あいつぁ魔女になれなかった落ちこぼれだから期待はしない方がいい」

「魔力が高くないと意味がない。言ってしまえば、魔力さえ高ければ誰でもいい」

「今うちの部屋を貸しとる客も魔法が使えるようだが、魔力の高い低いなんてワシらじゃわからん」

 店主に「その客は今おらんよ。用があるなら夜にでも出直したら良い」と素気なくされた余所者たちを、末息子はこっそり呼び止めて酷く些末な取引をした。

「うちの客人すごく気難しいんだ。でも俺がうまく言ってあんたらとの顔合わせ取り持つよ。だから、その人手探しの話がうまくまとまったら俺に駄賃をくれないか?」

 二人組は乗り気ではなかったが、子供の無神経さで末息子がねじ込んだようだ。そして、セブさんが帰ってくる前に俺が偶然酒屋を訪れたことで、末息子は「もし魔力に問題さえなければ、客人よりこの村外れの変わり者の方が無茶でも聞きそうだ」と考え、余所者を俺に引き合わせた。


 酒屋の末息子の半端な介入は、結果的に俺を救ったことになる。きっと余所者二人組は、酒屋の店主に何を言われても、セブさんより俺に先に接触する気だっただろう。魔力量だけを求めるのであれば、その方が確率は高い。そして、俺が自宅で誘拐されていた場合、セブさんが俺の不在に気付くのは翌日以降になって俺の足取りは追えなかっただろう。



「セブさんがあんな目に合わなくてよかったです」

 末息子が二人組をセブさんに引き合わせようとしていたと聞いて、真っ先に思ったことはそれだった。セブさんが一時でも狙われていたことに怖気が走る。彼程有能で美しい人なら、殺す以外に利用価値があると俺などよりずっと酷い目に合わされたかもしれない。そう思うと、セブさんに迷惑をかけたことすら忘れて「俺だけで済んで本当によかったです」と脳天気なことを言ってしまった。

「私の気も知らずに言ってくれるじゃないか。君は自分が何をされたかわかっているのか?私がどれだけ腹を立てているかも。あの屑たちを殺さなかったことを褒めて欲しいものだ」

 優しい彼らしからぬ、恐ろしく冷たい怒りの表情で睨まれて身が竦む。俺がすぐさま「ごめんなさい」と縮こまると、セブさんは長い長い溜め息をついて「君が大事なんだ」と悲しげに言った。

「セブさん、俺もあなたが大切なんです。あなたが危険な目にあって欲しくないんです……でも、他の誰でもなく、セブさんが助けに来てくれたことは、とても、嬉しかったです」

 正直な気持ちが伝わってくれたらいいと、俺がじっと彼の目を見つめると、彼の表情が少し柔らかくなった。

「ハバト、私を頼って欲しい。君のためなら誰を敵に回しても構わない」

 まるで愛の告白のような言葉に胸を締め付けられる。ほわほわとした幸せな気持ちと、彼に触れたい気持ちが綯い交ぜになって、俺は「キスしたいです」と聞き取れないほど酷く小さな声で呟く。それをしかと聞き留めた彼が優しく俺の手を引いて抱き締めてから、少し屈むようにして唇を柔く何度も食んでくれた。



 俺が余所者の暴漢から襲われ、それをセブさんが執念で見つけ出してくれたあの日から五日が過ぎた。
 ハービル村は小さいので、例の二人組はひと晩だけ村で拘束され、その後はカガリナ近くにある憲兵組織の施設に移された。
 そう。捕まったのは二人組だけ、なのだ。
 あの晩二人組に拉致と殺害を指示していた中年の男は、セブさんが俺を助けに来てくれた頃にはあの場に何の痕跡も残さず消えていて、また、二人組と違い目撃者のひとりもいなかった。まるで西南の国の神のような福福しい顔立ちのあの男の関与を主張しているのは俺だけなのだ。捕まった二人組は乱暴目的で俺を襲ったとしか証言していないらしい。そうすると、“魔力の高い人間を探していた”、“それを仲介した”という酒屋の末息子の話と齟齬が出るが、憲兵隊は俺の主張も末息子の話も、子供の戯言と話半分でしか聞いてくれない。
 信じてくれるのは、セブさんだけだった。



 一騒動あったせいで先延ばしになってしまっていたセブさんの腕の治療を今日こそはしようと、彼には朝から俺の家に来てもらっている。セブさんは王都に戻る用件があるとかで、今日の午後にはスペンサーさんと合流して帰路につかねばならないらしい。

「この薬はどのように使うんだ?」

 俺がすすめるままに木椅子に腰掛けたセブさんが、自身の荷袋から先日俺が置いていってしまった薬瓶を取り出し、テーブルの上に置いた。紺色の液体が中で揺れる。

「内服でも外用でも効果があるんですが、今回は半々で使い分けようかと思います。準備しますので少し待っててください」

 台所から清潔なカップと刷毛を、物置きから小振りな木桶と数枚のボロ布を持って来て、全てテーブルの上に乗せる。最後に、アナグマを捌く時に使うよく研いだナイフをそこに並べた。小さなテーブルはそれだけでいっぱいいっぱいだ。

「セブさん、薬塗布時に服が汚れてしまうかもしれないので左腕の袖を石化部が全て出るように捲れますか?」

「わかった」

 高級そうな真っ白なシャツの袖が、腕の付け根近くまで捲られる。石化は二の腕の半ばまで及んでいる。人の腕らしさの無いそれは、何度見ても胸を抉られるような痛ましさだ。
 そっと、手の平あたりであろう場所をなるたけ柔く両手で握り締め、指先で撫でさすると、「そんな顔をしないでくれ」とセブさんは苦笑いを浮かべた。
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