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第3部 第1章
ヒサデイン帝国での会議(下)1057年3月7日
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「しかし、教皇も神姫の身柄を抑えてきましたが神姫の号令が出された事はほぼ記録にございませぬ。そう難しく考えずとも」
会議参加者の一人が楽観論を口にするが、外務卿は首を横に振る。
「それはあくまでも神姫の号令を出されれば教皇の存在意義に関わるから出させなかったのであって、簒奪王が神姫の号令を出させてそれを利用すると言う事は十分にあり得るぞ。簒奪王からすれば神姫が命令を出されても自分に傷を負う事はないのですからな」
「外務卿の言う通り、これは楽観できる話ではございませんぞ」
「しかし、我が国だけでこれをどうこう出来る物でもない……」
会議に参加している諸侯の一人が悲観的に述べる。
神姫の件はヒサデイン帝国一カ国で対処できるものではないし、第一西に大軍を割ける状況でもない。
もっとも、小国や中堅国にとっては3万と言う軍勢は十分に大軍と言えるものではあるのではあるが……
「賊ども(ロアーヌ帝国)との共闘も場合によっては必要になるかもな」
諸侯の一人がぼそっと呟くが別の諸侯に
「何を言われるか。逆賊どもを誅伐するのは帝国の国是であるぞ」
と批判され、それに多くの会議参加者が同調する。
「場合によって必要になる状況も生まれるかもと言ったのであって、私も賊国(ロアーヌ帝国)と手を組むべきと言った訳ではござらぬ。」
と批判された諸侯が言い訳をしている所に皇帝テオは口を開いた。
「神姫の問題は今早急に結論を出せる物ではなかろう。こちらも派兵準備を整えつつこれらの件を継続して協議していくべきと我は思うが諸卿はいかがかな?」
皇帝の言葉に会議参加者は頷いた。確かに早急に結論を出せる問題でもない。
会議参加者が自分の言葉に同意したのを確認した皇帝は続ける。
「これで会議も終了としたい所であるがもう一つ議題がある。軍務卿、説明を」
軍務卿と呼ばれた男は立ち上がる。
「はっ」
そして、皇帝と会議参加者に一礼した後、説明を始める。
「軍務省から一つ提案があります。アストゥリウ王国ですでに編成されている黒旗軍のような完全常備軍を我が国でも編成したいと考えています。」
軍務卿は一息ついて続ける。
「これを編成するメリットと致しましては第一に軍を動員する手間をかけずに即座に軍を動かせ、また農繁期等でも軍事行動を継続する事が可能となる事。第二に完全常備軍であれば将兵の練度も保証される事、この件のメリットに関しては簒奪王がすでに実証していると考えます」
この時代のナーロッパとその周辺の軍の主力は平民をかき集めて編成される徴兵軍である。徴兵軍はコストが安いと言う大きなメリットがあるが、一方で動員を行わねばならず、編成を終えるのに大国であればある程長い時間がかかると言うデメリットもある。しかも、農繁期には農民どもを動員するのも難しく、時期によっては動員できる兵力はとても少なくなる。結果的に農繁期での軍事行動は制限されるため、農繁期は小競り合いぐらいであればともかく主力軍同士の大規模な会戦を行った事例はナーロッパではほとんどない。
それを簒奪王は大規模完全常備軍を編成した事により覆したのである。
完全常備兵であれば、動員を行う事も農繁期等の時期に制限される事もなく物資さえあれば軍を動かせる。さらに言うならば兵糧等が少々足りなくても現地調達と言う名の略奪で賄う事も可能でもあるのだが……
「デメリットと致しましては莫大な維持費がかかります。最終的に黒旗軍に対抗するために2万規模の軍勢と考えています。そのためにかかる費用は維持費だけでも毎年26万ソリドゥス以上かかります」
「26万ソリドゥス!?」
会議参加者はあまりの金額に絶句したのであるが、まあそれも止む得ない事でもあった。
1ソリドゥス=ヒサデイン帝国の1ソリドゥス金貨1枚であり、金貨だけでも毎年1ソリドゥス金貨26万枚が吹っ飛ぶのである。これに武具の調達等を考えれば数年は40万ソリドゥスは超すだろう。
当時の金銭感覚からすれば2万の軍隊を編成するのにこれはかかりすぎである。
しかも、簒奪王が黒旗軍を拡充すれば、ヒサデイン帝国の常備軍も拡充されていく事となり、かかる費用も跳ね上がる。
もっとも、経済力と言う点ではヒサデイン帝国がアストゥリウ王国を圧倒的に上回っているため、軍拡競争ではヒサデイン帝国が勝てる。
しかし、一方でヒサデイン帝国も大きな痛みを受けるのは間違いない。
「必要な時に傭兵を用いるでは駄目なのでしょうか?流石にこの費用は……」
諸侯の一人が反論するものの
「傭兵でも募兵と言う手間はかかる事には変わりありませんし、傭兵を長期間雇うのもそれなりの費用がかかる事も変わりありません。」
と返され、黙ってしまった。
「すでに皇帝陛下と宰相閣下からこれにかかる費用の7割は皇室と帝国中央政府が出すと言うお言葉を頂いております。残る3割の費用は帝国諸侯に負担して頂きたいのです。」
軍務卿の言葉に諸侯らはしぶしぶ頷いた。当面40万ソリドゥスかかったとしても、諸侯が負担するのは12万ソリドゥス。諸侯で分担すれば出せない金額ではない。
まして簒奪王の台頭によってナーロッパの軍事常識が変わりつつあり、ナーロッパ三大強国であるヒサデイン帝国も変わらねば下手すれば滅亡に追い込まれる可能性も理解していたのである。
この点はロアーヌ帝国諸侯よりは頭が柔らかったと言えよう。ロアーヌ帝国諸侯は完全常備軍のメリットと必要性は理解しながらも主家の力が強まりすぎると言う理由で多数の者が反対したのだから……
しかし、結果的に言えば簒奪王が編み出した大規模完全常備軍の制度をほぼそのまま採用してしまった事が、将来ヒサデイン帝国の崩壊につながって行く大きな要因となるのであるが、その未来を予測出来る者はヒサデイン帝国にはいなかった。
会議参加者の一人が楽観論を口にするが、外務卿は首を横に振る。
「それはあくまでも神姫の号令を出されれば教皇の存在意義に関わるから出させなかったのであって、簒奪王が神姫の号令を出させてそれを利用すると言う事は十分にあり得るぞ。簒奪王からすれば神姫が命令を出されても自分に傷を負う事はないのですからな」
「外務卿の言う通り、これは楽観できる話ではございませんぞ」
「しかし、我が国だけでこれをどうこう出来る物でもない……」
会議に参加している諸侯の一人が悲観的に述べる。
神姫の件はヒサデイン帝国一カ国で対処できるものではないし、第一西に大軍を割ける状況でもない。
もっとも、小国や中堅国にとっては3万と言う軍勢は十分に大軍と言えるものではあるのではあるが……
「賊ども(ロアーヌ帝国)との共闘も場合によっては必要になるかもな」
諸侯の一人がぼそっと呟くが別の諸侯に
「何を言われるか。逆賊どもを誅伐するのは帝国の国是であるぞ」
と批判され、それに多くの会議参加者が同調する。
「場合によって必要になる状況も生まれるかもと言ったのであって、私も賊国(ロアーヌ帝国)と手を組むべきと言った訳ではござらぬ。」
と批判された諸侯が言い訳をしている所に皇帝テオは口を開いた。
「神姫の問題は今早急に結論を出せる物ではなかろう。こちらも派兵準備を整えつつこれらの件を継続して協議していくべきと我は思うが諸卿はいかがかな?」
皇帝の言葉に会議参加者は頷いた。確かに早急に結論を出せる問題でもない。
会議参加者が自分の言葉に同意したのを確認した皇帝は続ける。
「これで会議も終了としたい所であるがもう一つ議題がある。軍務卿、説明を」
軍務卿と呼ばれた男は立ち上がる。
「はっ」
そして、皇帝と会議参加者に一礼した後、説明を始める。
「軍務省から一つ提案があります。アストゥリウ王国ですでに編成されている黒旗軍のような完全常備軍を我が国でも編成したいと考えています。」
軍務卿は一息ついて続ける。
「これを編成するメリットと致しましては第一に軍を動員する手間をかけずに即座に軍を動かせ、また農繁期等でも軍事行動を継続する事が可能となる事。第二に完全常備軍であれば将兵の練度も保証される事、この件のメリットに関しては簒奪王がすでに実証していると考えます」
この時代のナーロッパとその周辺の軍の主力は平民をかき集めて編成される徴兵軍である。徴兵軍はコストが安いと言う大きなメリットがあるが、一方で動員を行わねばならず、編成を終えるのに大国であればある程長い時間がかかると言うデメリットもある。しかも、農繁期には農民どもを動員するのも難しく、時期によっては動員できる兵力はとても少なくなる。結果的に農繁期での軍事行動は制限されるため、農繁期は小競り合いぐらいであればともかく主力軍同士の大規模な会戦を行った事例はナーロッパではほとんどない。
それを簒奪王は大規模完全常備軍を編成した事により覆したのである。
完全常備兵であれば、動員を行う事も農繁期等の時期に制限される事もなく物資さえあれば軍を動かせる。さらに言うならば兵糧等が少々足りなくても現地調達と言う名の略奪で賄う事も可能でもあるのだが……
「デメリットと致しましては莫大な維持費がかかります。最終的に黒旗軍に対抗するために2万規模の軍勢と考えています。そのためにかかる費用は維持費だけでも毎年26万ソリドゥス以上かかります」
「26万ソリドゥス!?」
会議参加者はあまりの金額に絶句したのであるが、まあそれも止む得ない事でもあった。
1ソリドゥス=ヒサデイン帝国の1ソリドゥス金貨1枚であり、金貨だけでも毎年1ソリドゥス金貨26万枚が吹っ飛ぶのである。これに武具の調達等を考えれば数年は40万ソリドゥスは超すだろう。
当時の金銭感覚からすれば2万の軍隊を編成するのにこれはかかりすぎである。
しかも、簒奪王が黒旗軍を拡充すれば、ヒサデイン帝国の常備軍も拡充されていく事となり、かかる費用も跳ね上がる。
もっとも、経済力と言う点ではヒサデイン帝国がアストゥリウ王国を圧倒的に上回っているため、軍拡競争ではヒサデイン帝国が勝てる。
しかし、一方でヒサデイン帝国も大きな痛みを受けるのは間違いない。
「必要な時に傭兵を用いるでは駄目なのでしょうか?流石にこの費用は……」
諸侯の一人が反論するものの
「傭兵でも募兵と言う手間はかかる事には変わりありませんし、傭兵を長期間雇うのもそれなりの費用がかかる事も変わりありません。」
と返され、黙ってしまった。
「すでに皇帝陛下と宰相閣下からこれにかかる費用の7割は皇室と帝国中央政府が出すと言うお言葉を頂いております。残る3割の費用は帝国諸侯に負担して頂きたいのです。」
軍務卿の言葉に諸侯らはしぶしぶ頷いた。当面40万ソリドゥスかかったとしても、諸侯が負担するのは12万ソリドゥス。諸侯で分担すれば出せない金額ではない。
まして簒奪王の台頭によってナーロッパの軍事常識が変わりつつあり、ナーロッパ三大強国であるヒサデイン帝国も変わらねば下手すれば滅亡に追い込まれる可能性も理解していたのである。
この点はロアーヌ帝国諸侯よりは頭が柔らかったと言えよう。ロアーヌ帝国諸侯は完全常備軍のメリットと必要性は理解しながらも主家の力が強まりすぎると言う理由で多数の者が反対したのだから……
しかし、結果的に言えば簒奪王が編み出した大規模完全常備軍の制度をほぼそのまま採用してしまった事が、将来ヒサデイン帝国の崩壊につながって行く大きな要因となるのであるが、その未来を予測出来る者はヒサデイン帝国にはいなかった。
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