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第3部 第1章

簒奪王とレオナ姫の会談(下)

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「問題とならないのは陛下もお分かりのはずです。あの老帝国は火種が多すぎて西に大軍を派兵出来る状況ではありません。転がってきた神姫を政治利用する事はあってもアストゥリウ王国と直接対決は避けるでしょう。ヒサデイン帝国がアストゥリウ王国征討の軍を起こしても、西に大軍を派兵出来る状況でない以上、ロアーヌ帝国が征討軍の主力を務める事となります。それでアストゥリウ王国を亡ぼしたらロアーヌ帝国の脅威を排除した上で彼らの発言力を高めてやるだけです」

 レオナの言う通り、ロアーヌ帝国が戦後大きな発言力を得てしまい、さらにナーロッパ西側にロアーヌ帝国に対抗できる大国もいなくなってしまう状況はヒサデイン帝国にとって認められる話ではない。であれば、ヒサデイン帝国が西に大軍を派遣出来ない状況ではアストゥリウ王国との大戦を望まない可能性は極めて大きい。アストゥリウ王国がテラン半島南部に侵攻しない限り……

 レオナの言葉にフェリオルは不敵な笑みを浮かべた。
「貴女は人質以上の価値がある。きちんと育てれば国家を支える要職も安心して任せられるかも知れぬからな。レオナ姫、我に仕えぬか?場合によっては三務卿(内務卿。外務卿、軍務卿)のどれかに任じる事もあるかも知れぬぞ。」
 フェリオルの言葉にレオナは絶句した。
 この時代、テンプレ教諸国で女が国家の要職につくなどあり得なかったからだ。

「お言葉は嬉しいですが私は女でございます。ですからお断りさせて……」
 フェリオルはレオナの言葉を遮った。
「もっとも重要な物はその者の才覚と世界や不遇、理不尽に抗おうとする強い意志、もしくは欲しい物を何としても手に入れると言う強い野心だ。それらと比べれば性別等たいした問題ではない」

「陛下がそれで宜しくとも諸侯や重臣の反発があると思いますが?」
 レオナの正論にフェリオルは苦笑を浮かべる。
「我が直臣達は才覚ある者を女だからと認められぬ程狭量ではないし、諸侯どもはたいした問題とはならない。」

「諸侯こそ重大な問題になるのではありませんか?」
 冷たい笑みを浮かべてフェリオルはレオナの問いに答える。
「ならぬよ。膿を出し切るのにそう時間はかからんからな。レオナ姫が我に本格的に仕える頃には奴らは潰されるか、我に絶対服従の家畜になっているかのどちらかだ……これこそ論ずるに値せぬ」
 フェリオルの顔から笑みが消えて、真剣な物に変わる。
「だがこれは茨の道だ。おそらく有力な王族か有力貴族に嫁ぎ、その美貌で男をたぶらかした方が楽な人生を送れるだろう。しかし、どのような苦労を背負ってもこの理不尽な世界を覆す、もしくはあらゆる犠牲を払っても自分の欲しいものを奪うと言う覚悟と野心があるのであれば我の手を取るが良い。」

「本当によろしいのでしょうか?女の私が歴史の表舞台に出ようと思っても?」
 レオナは顔を俯かせながら震える声で尋ねる。

 フェリオルは自信あふれる声で答えた。
「構わぬさ。己が望みを持ち、それを達成するために努力する事は人として正しいありようだからな。既得権益にあぐらをかいて何もせぬ豚どもや、不満だけ口にして何の行動も起こさぬ輩等はただの家畜でしかない」
 フェリオルは一息ついて続ける。
「本来は力がある者が上へとのし上がるのが世界の正しいありようだ。だからこそ今の狂った秩序に我々は挑む。既得権益にあぐらをかく豚どもの支配を終わらせ人がナーロッパを支配すると言う正しい世界を実現するために」

 レオナがぱっと顔を上げて真剣は表情で再び尋ねる。
「……本来は力がある者が上へとのし上がるのが世界の正しいありようとおっしゃるのであれば、もし私が陛下を上回る実力を得れば玉座を望むと言う事があっても宜しいのでしょうか?」

 不遜なレオナの言葉を聞いたフェリオルは面白そうに笑いながら続ける。
「……レオナ姫のその野心を笑うつもりはない。ただ、仕えるかも知れない王に向かってどうどうと王位簒奪を示唆する言動が面白くてな……許して欲しい」

 フェリオルは頭を下げて謝罪した後、真剣な表情で続ける。
「我より実力があると思えばいつでも挑んでくるが良い、実力なき王が打倒されていくのはこの世の正しいありようだからな。まあ、そもそも我とて父王を武力で討って玉座を奪ったのだから簒奪がいけないと言える立場ではないのだが……」

 フェリオルの答えを聞いたレオナは恭しく頭を下げ
「私はフェリオル陛下にお仕えいたします。迷惑をおかけすることがあるかもしれませんが、どうかご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます」
 と続けた。

 こうしてテラン半島の絶世の美少女は後にナーロッパの悪魔と称される簒奪王フェリオルにそそのかされ、魔道を突き進む事になるのである。




 ☆☆☆☆☆☆
 ナーロッパ歴1057年3月4日
 ナーロッパ東方最大の大国であるヒサデイン帝国帝都ヒサディオンにあるコンスタン宮。
 その超大国の主君である皇帝テオ・クラウディウスは宰相から教皇軍がカヨムで大敗したと言う報告を受けていた。

 宰相の報告を受けていた皇帝は頷きながら呟く。
「教皇軍は大敗したのか。しかもトスカナ王国の裏切りによって」

「はい。教皇猊下とその配下は少々自分達の権威を過大評価していたようで……」

 宰相の言葉に皇帝は嘲笑を浮かべる。
「簒奪王がすでに対策法を確立した今、教皇を恐れる必要もなくなっていたのだが……」
 流石に神の子とされる神姫の号令はテンプレ教徒にとって脅威、いや下手すれば破滅であるが、教皇の号令は無視出来るものとなったのだ。その変化に気づけず、不満を持っていたトスカナをろくに懐柔せず大敗したのは教皇庁の怠慢であるとヒサデイン帝国皇帝は思う。
 そして、テラン半島の覇権はこのまま行けばアストゥリウ王国が握る事となろう。

「北部は簒奪王にくれてやっても良いが、南部は本来は我らの勢力圏。簒奪王にも逆賊(ロアーヌ帝国)に与える訳にはいかぬ。」

 皇帝の言葉に宰相は頷く。
「すでに諸侯や重臣らを帝都に召集しており、また軍需物資を帝国西部の各主要港に集積するように発令しています。簒奪王がアプリア王国に侵攻すれば我らも3万の軍勢は動かせます。しかし、それ以上となると……」

「今はセルジュ帝国の残党の一掃とクマン族とのにらみ合い等で手一杯である以上、そこが限界であろうな。ただ、図に乗っている簒奪王や逆賊どもの牽制にはなろう」

 ヒサデイン帝国本国の北にあった大国ブルガリ王国領の大半がクマン族に征服されていた。無論ヒサデイン帝国もブルガリ王国崩壊に乗じて領土を7郡程かすめ取ったのだが、現在旧ブルガリ王国領南部でクマン族とにらみ合っている。
 一方、ヒサデイン帝国東方にあるアナストル半島のセルジュ帝国は完全に滅ぼしたものの、最近ザマー教諸国の支援を受けてセルジュ帝国の残党が不穏な動きを見せており、こちらも警戒せねばならない状況である。アナストル半島の東方交易路はヒサデイン帝国の生命線と言っても過言ではない以上、アナストル半島の安定はヒサデイン帝国にとって最優先課題であるためだ。

 宰相は恭しく頭を下げ
「御意」
 と答えた。



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