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第2部 最終章

カヨム会戦前夜(下)

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 ナーロッパ歴1057年2月24日18時、教皇陣営諸国主力軍に於いて軍議が行われたのであるが、その場を支配したのは楽観的、いやもはや驕慢に近い雰囲気であった。
 しかし、それもやむを得ない。
 アストゥリウ王国軍の先鋒、しかも簒奪王の精鋭として名高い黒旗軍を容易く撃破する事に成功したのだから。これにより、黒旗軍の強さは噂程ではない、むしろ弱兵と多数の教皇陣営諸国軍の将校は思い始めていたのだ。一部は弱兵ではないとは考えていたが、その将校達も教皇庁の威光に畏れをなし、士気が低いのだろうと思っていた。

「敵先鋒をこうも簡単に撃破出来た以上、敵本隊も恐れるに足らず。ここはカヨムに布陣している簒奪王本隊と決戦を挑むべし」
 アプリア王ロベルト6世の言葉により実質軍議が始まったが、
「アプリア王のおっしゃる通り。兵力、軍の質、神の加護、全ての点で簒奪王の軍勢を圧倒しております」
「さよう。簒奪王の軍勢等まさに鎧袖一触で蹴散らせるでしょう。異端者と異教徒の寄せ集めの軍勢等土台が腐った納屋です。神の加護を受けた我らが扉を一蹴りすれば倒壊しましょう。」
 と楽観論が支配していく。
 無論、この楽観論に同調しない将校や王族もいるのだが、簒奪王本隊との決戦と言う方針じたいには反論はなかった。
 敵の先鋒を撃破した以上、次は敵の本隊を狙うと言うのは軍略上の定石であったからだ。であるならば、ここで水を差して変な恨みを買う必要もないだろうと計算していた。
 そして、教皇庁の将軍であるファレッリ司教もその一人であり、彼はアストゥリウ王国軍の先鋒が無様に潰走した事に訝しんでいたのだが、かと言ってこの状況ではアストゥリウ王国軍本隊と決戦を挑むしかない。
 斥候や諜者からの報告で教皇陣営諸国軍本隊に接近しているのはフェリオル率いる本隊とイスラン半島のザマー教諸国軍のみで、他の軍勢はいないのだから。
(このまま決戦を挑まざるを得ないのであれば高い士気で決戦を挑んだ方が良い。もし、敗れたとしても簒奪王を討ってしまえばどうとでもなる。そして、我が軍が敗北した直後であればそれを実施するための隙も出来よう)
 ファレッリ司教が密かに決意を固める中、教皇軍総大将セッティ司教が
「我らは明朝進軍を開始してカヨムに籠る簒奪王とその呪われた軍勢を殲滅するぞ。そして、簒奪王を破った暁には旧フラリン王国領南東部にて3日間の自由を約束しよう。」
 戦勝後の略奪の許可も下りた事でさらに将校らは沸いた。しかし、それが叶わぬ夢である事を翌日知る事となる。


 月が闇を照らす中、簒奪王フェリオルとその腹心であるギニアスは夕飯のパンをつまみに酒を飲んでいた。
 陣中の黒旗軍の将兵は基本同じ食事であり、そのため国王といえ贅沢な物が出される訳ではなかった。
 フェリオルが持ってきたのは高級ワインであるが、まあ自分で持ち込んできた物でもあるためギニアスもそれに関して目くじらを立てる事はなかった。
 グラスに口をつけながらフェリオルは
「それはそうと式はいつ上げるのだ?」
 と尋ねる。
「はい。この戦が落ち着いたら挙げようと考えております。本来はフラリン戦終結後に行う予定でしたが。」
 フェリオルにとって耳が痛かった。本来であればフラリン併合後は当面戦力の拡充を目指す予定であったのだが、教皇庁が小遣い稼ぎに動いた事でフェリオルは予定を変更した。
 フェリオルからすれば、メリットとデメリットは十分に計算した上での行動であったが、それでもギニアスの結婚式に大きな影響を与えた事には変わりない。

「流石に当面戦を行える余力がない。今度は大丈夫だ。」
 フェリオルはいたずらっぽい笑みを浮かべて続ける。
「お詫びにセリア大聖堂か、ナーロッパ西側最大のノートン大聖堂を使用できるよう取り計らろうか?」

「御冗談を。私で賄える費用で済まなくなります。」
 セリア大聖堂はアストゥリウ王国王都レオンにある大聖堂で、ノートン大聖堂は旧フラリン王国王都バリにあるナーロッパ最大の大聖堂であるが、どちらにしてもかかる費用が1近衛隊長で賄える金額ではない。
「心配するな。費用ぐらい我が出すさ、大切な弟分の晴れ舞台なのだから」

「私だけがそうして頂く訳には行きませぬ。臣下の結婚式も王にとって公務の一つである以上平等でなければなりませんし、第一黒旗軍を拡充していく予定である以上そんな財政的余裕もないはずです」
 フェリオルの結婚式であれば国の面子が関わる以上盛大に行わねばならないが、1近衛隊長はそうではない。
「ただ陛下が私に何かして頂けると言うのであれば一つお願いしたい儀がございます。」

「珍しいな。お前が我にそう畏まって頼み事と言うのも……」
 フェリオルは目で続きを促す。
「実は婚約者が私の子を身籠ったと知らせが入りました。」

「そうか……ギニアスにもついに子が出来るか。これはお祝いを考えておかないといけないな。で、我に頼みたいと言う事はその子の事か?」

「はい。出来ればフェリオル様にその子の名付け親となって頂きたくお願いいたしました」

「我で本当に良いのか?」
 フェリオルが首を傾げると
「はい。是非ともお願いしたいと思っております」
 とギニアスは答える。
「解った。では、喜んでその願いを聞き届けよう」
 名付け親になると言う事は、その子の両親に何かあれば後見人となると言う事でもあるが、フェリオルにとってそれを疎む事等全くなかった。今までずっと傍で支えてきてくれた幼馴染にして腹心の子である。血だけが繋がった兄達より余程家族と言えたからだ。

「しかし、お前が父親か。人生と言うのもあっという間なのかもな」
 フェリオルがしみじみと言うと
「子が産まれてからが本番でしょう。子供が成人するまで休む間もなさそうです」
 とギニアスは答える。
「成程。子を持とうとする親が言うと説得力があるな。」

「この件に関しては陛下の先輩ですからね。」
 ギニアスの冗談にフェリオルは微笑を浮かべて
「こいつ」
 と答える。

 こうして、フェリオル王とギニアスは21時頃まで酒を酌み交わし、その後明日の決戦に備えて眠りについたのである。しかし、彼らも知らなかった。本日が2人が一緒に酒を飲めた最後の日であると言う事を……



☆☆☆☆☆☆

 同時刻……
 アノー軍団はミットル平原より南西8キロにあるラセル山に集結していた。
 開戦前に密かにこの山に最低限の軍需物質や兵糧を集積しており、特に問題なかった。

「我が軍団の損失は?」
「20時の時点で全ての大隊の集結が完了しており、報告によると落伍者は0との事」

「そうか。それは良かった」

 ミットル会戦では黒旗軍全軍を後衛に展開させ、真っ先に退却させて被害を最小限に抑える努力をしたが、損害がないと言う事はリカルド・アノーにとって僥倖であった。
 まあ、それも教皇軍がカヨムに籠るアストゥリウ王国軍本隊に目が行っていたのか、大きな追撃がなかったと言うのが大きいのだが。

「敵斥候は確認したか?」
 リカルドの問いに副官は首を横に振る。
「この近辺では確認しておりません。」

「そうか、この時間までないと言う事は振り切ったと見て良いとは思うが……引き続き主力は休ませつつ、警戒は怠るな。後、夜は寒い。体を温めるための飲酒は許可する。ただし、明日に酔いが残るまで飲む事は禁じるぞ」

「御意」
 副官は敬礼し、リカルドの命を伝令に伝えるために軍団長の傍を離れた。



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