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第2部 第1章

ピルイン公令嬢、弟と会う(下)

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「今動かねばロアーヌ帝国はフェリオル王が統治するアストゥリウ王国には勝てないわ。軍事力の質と言う点でもだけど、それ以上に国家と言う点でも勝負にならない」
 アリシアはカップに口をつけて続ける。
「時が進めばアストゥリウ王国ではますます諸侯の力が削がれ、国王に力が集まるわ。逆にロアーヌ帝国は諸侯の力が強く、皇帝の力は弱いまま。この状況でフェリオル王とロアーヌ帝国が激突してどのぐらい帝国に勝ち目があるかしら?」

 アリシアの知的な蒼い瞳に見つめられ、ダーフィトの顔が赤くなりそして声を出せなかった。
 自信あふれるアリシアがとても美しかった事もあるが、それ以上に姉が言いたい事が何となく解ったからと言うのが大きい。
 現在ナーロッパは諸侯の力が強い(国で程度の差があるが)後世で言う所の封建国家しか存在していなかった。しかし、フェリオルの台頭によりアストゥリウ王国は後世で言う所の中央主権国家に生まれ変わろうとしているのだ。
 地方分権が強い(悪く言えば国家としてまとまりが悪い)封建国家と諸侯の力が弱まり君主が統一的に支配できる中央主権国家(絶対君主制に近い物)が戦えばどちらが有利かなんで簡単に解る話だ。その中央主権国家の君主が戦争の天才となれば尚更である。

 ダーフィトは異母姉であるアリシアの識見に心から感服した。

☆☆☆☆☆☆

 その頃
 ヘルダー王国の密使と会談したフェリオルはヴェルサルユス宮殿の国王執務室にてギニアスと協議していた。
「ヘルダーも中々面白い事を考えるではないか……」
 フェリオルは面白い物を見つけた子供のように笑っていた。
「しかし、機を見るに敏と言えば聞こえは良いですが、いざこちらが不利になれば裏切る恐れもあります。警戒は必要かと」
 ギニアスの常識論にフェリオルは苦笑を浮かべて答える。
「心配性だな、ギニアス。少々の劣勢でそのような妄動を企むのであれば己が決断を後悔する状況に追い込んでやるだけの話だ。」
 フェリオル王は一息ついて自嘲的な笑いを浮かべて続ける
「もし、それがかなわない程劣勢であれば我は破滅の坂を転がり落ちている事だろう。強く気に掛ける事ではない。」

「解りました。陛下の足元は私が見ましょう。陛下はさらなる先を見据えてお進みください。」
 ギニアス言葉を聞いたフェリオルは苦笑を浮かべて呟く。
「まるで我は母に見守られる子供のようではないか」と



☆☆☆☆☆☆


 ナーロッパ歴1057年1月15日午前10時より、ロアーヌ帝国帝都シュバインフルトにあるフェンブルク宮の玉座の間にて御前会議が開始されていた。この会議では帝国諸侯も集まり予算等重要事項やロアーヌ帝国の基本戦略方針が議論される重要な会議である。
 予算関連の議論ではロアーヌ帝国内務省の案を帝国有力諸侯がほぼ認め、一部修正された形にはなるものの簡単に通ったのであるが、戦略方針では例年以上に紛糾したのである。
 ロアーヌ帝国と同じくナーロッパ3大強国の1つに数えられていた超大国フラリン王国を破って併合し新たな超大国となったアストゥリウ王国にどう対抗していくか、これは他のナーロッパ諸国と同じく超大国ロアーヌ帝国でも抱える共通の課題であった。

 そして、ロアーヌ帝国軍務省の長官である軍務卿グロート伯はアストゥリウ王国と教皇庁の抗争にて、教皇庁陣営につきアストゥリウ王国を攻撃すべきだと主張したのだ。
 教皇庁のあるテラン半島諸国の大半、そして北方のフラリン王国の属国群の大半が教皇陣営につく構えを見せており、これにロアーヌ帝国が呼応すれば戦略的にアストゥリウ王国を半包囲下におく事が可能となる。
 こうなってくれば、簒奪王とその手勢である黒旗軍がいくら戦に強かろうが、勝利を納めるのは教皇・ロアーヌ帝国連合にあると言うのが軍務卿の判断であった。
 これに対してロアーヌ帝国内務省の長官である内務卿マガト侯が教皇庁の力が強まりすぎると反対した。もし、教皇庁が主導する連合軍がアストゥリウ王国を打倒すれば戦後にもっとも発言力を持つのは教皇庁となる。ただでさえ、神姫を抑え、実質テンプレ教会の中枢である教皇庁がこれ以上力を持てばさらにその意を受けた教会が内政に口出ししてくる可能性が高く、それは帝国にとっても、そして領地内に教会を持つ帝国諸侯にとっても面白くない。当然ながら帝国諸侯の中にも内務卿に同意する者も出ていた。
 さらに外務省もロアーヌ帝国の有力諸侯と協議してロアーヌ帝国が主導して反アストゥリウ王国同盟構築を行い、勢力均衡策を採用しようと構想を練っていた事から外務卿パウル侯も内務卿に同調する。

 軍務卿グロート伯が
「しかし、現状簒奪王をもっとも楽に打倒できるのはこの方法です。教皇軍を構成するであろうテラン半島諸国軍に旧フラリン王国の属国軍、そして我々が参戦すれば最低でも12万は上回るでしょう。こうなれば簒奪王に反発している旧フラリン諸侯軍やアストゥリウ諸侯軍の離反も期待できます。まずはナーロッパ諸国共通の脅威を排除する事を優先すべきです」
 と口を開くと
「しかし、簒奪王と言う脅威を排除する代わりに今度は教皇と言う脅威を生み出しては意味がないでしょう」
 と内務卿のマガト侯が椅子に座ったまま反論を唱える。
 確かにその反論は一理ある事をグロート伯も認めざるを得なかった。
 中小国なら長い物にまかれろと言うのも良いであろうがロアーヌ帝国程の超大国となってくるとそう言う訳には行かない。しかし、勢いに乗るアストゥリウ王国を損害を出来る限り抑えて排除するには教皇陣営に乗るのが1番である。
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