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第2部 第1章

また諫言か?

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 ナーロッパ歴1057年1月11日朝
 旧フラリン王国王都バリにあるヴェルサルユス宮殿の国王執務室に2人の男がいた。
 1人は父王や兄王子を討ち、王位を実力で奪った簒奪王フェリオル・オーギュースト、そしてもう1人はその従者のギニアス・オブラエンである。

「ロドリゲスからの報告は?」
 ナーロッパの地図を見ながらフェリオルは尋ねる。
「ロアーヌ帝国に関してはすでにハーベンブルク選帝公、シュタデーン選帝公、リトルフィング辺境伯はあの案を受け入れたとの事。現在ピルイン選帝公とプシェミスル辺境伯と交渉中。ですが……」
 ギニアスの言葉を遮り、フェリオルが続ける。
「ハーベンブルク選帝公、シュタデーン選帝公、リトルフィング辺境伯が受け入れた時点でロアーヌ帝国の御前会議の結果は実質決まったな。」

 プシェミスル辺境伯はシュタデーン選帝公とは親密な関係であり、ピルイン選帝公もハーベンブルク選帝公と協調関係である以上アストゥリウ王国が提案した密約が1月15日に開かれるロアーヌ帝国の御前会議にて通る可能性は極めて高い。それでも、尚ピルイン選帝公とプシェミスル辺境伯とも交渉しているのかと言えば念のための最後の一押しと後は外交的配慮のためである。交渉していないのと、声をかけて交渉していたのではピルイン選帝公とプシェミスル辺境伯の心象が違うだろうと言う程度の話である。

「はい。ロアーヌ帝国が動かない以上ザルテノ王国への先制攻撃案は中止ですね。」
 ギニアスの言葉にフェリオルは頷く。
「純軍事的にはもっとも有効的な策であるが、政略的には不味いからな。出来れば奴らから開戦の引き金を引かせたい」
 現在、教皇陣営の諸国軍は軍の動員を開始しているが、一方フェリオルの手勢である黒旗軍は再編を済ませ、いつでも戦える状況である。ナーロッパ諸国が採用している徴兵軍を主体とする軍隊は維持費と言う点では安上がりだが、戦力化するには動員と言う手間が当然必要となる。しかし、完全常備軍である黒旗軍は動員と言う準備期間は必要がなく、物資と補給の体制が整ってさえいれば即時に軍を動かす事が出来る。
 その黒旗軍が持つメリットを活かし、教皇陣営国でアストゥリウ王国に近いテラン半島の中では大国に分類されるザルテノ王国に先制攻撃を仕掛けると言う作戦計画も練られていた。戦争準備が整っていないザルテノ王国軍など精鋭黒旗軍の敵にはなり得る訳がなく、優位に戦を進める事が出来るとフェリオル王も黒旗軍の幹部達と判断していたのだ。
 ザルテノ王国が屈服した後、トスカナ王国を圧力をかけ寝返らせ、教皇庁と和睦した後ロアーヌ帝国と決戦を挑むか、講和するかの2択となる。これで簒奪王が生き残る事が出来れば、アストゥリウ王国は第一戦略目標であるイスラン半島のザマー教諸国の関係改善のきっかけを得ることは果たせるのである。
 しかし、いくらベル大司教を味方につけ、教皇の破門と言うカードを実質無力化しているフェリオル王でも、神姫イリスを擁する教皇庁陣営に先に攻撃を仕掛けるのは神姫に自ら刃を向けたとも世間からとられかねず、それが後々大きな枷となる可能性が高い以上それは避けたかった。
 フェリオルの理想としては先に教皇庁に仕掛けてもらうであったので、ロアーヌ帝国が参戦してくる可能性が高い場合を除いてこの積極的攻勢案ではなく、迎撃案を基本戦略として採用する事になっている。

「トスカナ王国に関してですが、トスカナ王国もこちらの提案を受け入れるとの事。まあ、この国はどこまで信用できるか解りませんが……」
 ギニアスの報告にフェリオルは不敵な笑みを浮かべる。
「隙を見せなければ問題ない。神姫の守護者と言う権益に守られてきた男とその犬ども等たいした脅威ではないしな。」

「恐れながら陛下に申し上げます。」
 ギニアスの言葉にフェリオルは苦笑を浮かべる。
「何だ?また諫言か?」
 苦笑を浮かべそう言いながら簒奪王は目で続きを促す。
「教皇とそれにしっぽを振る連中の大半は陛下と比べれば小物でしょう。しかし、ネズミも追い詰められれば猫も噛みますし、そういう小物達は追い詰められれば予想外の反撃をしてくる事もあります。どのような小物でも……いえ小物にこそ警戒すると言う心構えを持つべきです。有能な敵には自然と警戒いたしますから」

「確かにギニアスの言う通りだな。歴史上小物に討たれた英雄は多い。注意しよう。」
 フェリオルが頷いた所で、突如ノックがなる。
「入れ」
 フェリオルが命じると文官が執務室に入ってきた。
「ご歓談中の所に失礼いたします。」
 と言いながらフェリオルに一礼する
「前置きは良い。要件は?」

「ヘルダー王国の密使が尋ねて来て陛下にお目通りを願っておりますがいかがいたしましょう?」
「ヘルダー王国だと……」
 フェリオルが念のために地図を確認する。
 位置はフリーランス王国の西にある小国で、旧フラリン王国の同盟国と言う名の属国の1つである。
「ヘルダー王国が我が国に何用なのか、まあ良い。会ってみれば解る事か」
 フェリオル王はそう呟き報告に来た文官に向かって
「明日の午前10時に会うと伝えよ」
 と命じた
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