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第2部 第1章
リューベック王太子、フリーランス王国に侵攻を開始する(上)
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ナーロッパ歴1057年1月4日
リューベック王国王都リュベルのホルステン宮にて新年の義を終えたリューベック王国王太子であるアルベルト王子は1万の軍の総大将としてフリーランス国境を越えた。
特に戦らしい戦もなくリューベック軍は国境を抜く事に成功し、アルベルト王子は1月6日フリーランス王国東部の主要街道の結節点にあるルエヌと言う都市を占拠し、そこに本営を構えた。
そして、1月9日ルエヌ市役所の一室
「アルベルト摂政殿下御入室!」
先導する騎士に続いて、金色の甲冑に身を包んだ赤みかかった金髪の王子が入る。
「摂政殿下」
集っていた将校は椅子から立ち上がり、一礼する。
「よい、楽にせよ。それより前線からの報告は?」
アルベルトが上座に座ったのをレッフラー将軍以外の将校達は腰を下ろし、レッフラー将軍が報告を開始する。
「摂政殿下に申し上げます。現在わが軍は順調に占領地を拡大中でございます。」
良い報告内容であるのを裏腹にレッフラー将軍の表情は暗い。
そして、そのままレッフラー将軍は報告を続けた。
「しかし、これまで敵軍との交戦は一度たりともなく、民の姿も確認されていないとの事。この事から恐らく敵は焦土戦術で抵抗するものと思われます。」
将校達の表情は暗くなった。
この戦術に対抗するには短期間にフリーランス王国中枢に侵攻する必要があるが、内務省の協定と言う枷があった。これを無視するにしても、中枢まで侵攻となると補給線は伸び切る。フリーランス軍がそこを狙ってくるのは明らか。そして、現地調達しようにも兵糧等の軍需物資をフリーランス軍は後方に下げているだろう。
厳しい戦いになるのはリューベック軍の将校の眼にも明らかであった。
(やっかいな事になった)
と内心でアルベルトは呟いた。
王都で新年の儀等を行いフリーランス王国侵攻を遅らせたのは傭兵達の募兵もあったが、それ以上に『和睦しませんか?』と言うフリーランス王国へのアピールと言うのが大きかった。
勝っているリューベックから和平交渉を申し込むのはこちらの足元を見られるのと、軍部が納得しないと言う理由でできなかったが、負けたフリーランス王国もそこぐらいは譲歩するべきであると言うのがアルベルトと外務省の見解であった。
そして、フリーランス王国の外務省もそれを理解できない程の無能でないと言うのもリューベック王国外務卿の見通しであった。
(しかし、焦土戦術か。どう考えても割りに合わないだろうに……)
アルベルトは内心でため息をつく。
焦土戦術は純軍事的には有効な手であるが、それ以外は悪手としか言い様がない手であった。
まず、諸侯や領民の不信を買う。特に諸侯のだ。家の領地を守ってくれない王に忠誠を誓う義務も義理もない。これが、この時代の一般的な領主達の価値観である。それを黙らせるために莫大な補償が必要となるし、それを支払っても諸侯の不信感は完全に拭えない。戦って負けて結果的に占領されるのと、戦もせずに明け渡すのでは全く違うからだ。
そして、領民や物資を後方に移さねばならず、さらに移動した領民の生活も保障しなければならない。それも戦が長引けば莫大な費用になる。
アルベルトから言わせれば焦土戦術を取るより和睦して賠償金支払った方がかなりの安上がりだと思うのだが、フリーランス王国はそう判断しなかったらしい。
(こうなれば継戦するしかないが、どう戦うかだ。ランド金山を攻めてフリーランス軍主力を誘い出すか。ただ……)
アルベルトの頭の中でまずこれが思い浮かんだ。
ランド金山はフリーランスにとって重要な拠点であり、ここを攻めればフリーランス軍も行動を起こす可能性も僅かながらある。
しかし、焦土戦術を取るフリーランス軍はランド金山は放棄する事も計算に入れている可能性が高い。ランド金山はリューベックとフリーランス王国国境に近いからだ。
そのため、焦土作戦を考えるならフリーランス軍はランド金山の守備隊は撤退させ、金山の設備を破壊するだろう。
(俺がフリーランス軍の総大将で焦土作戦を仕掛けるならそうする。短期決戦も視野に入れつつ、それが失敗した時のため持久戦にも備えないといけない訳か……面倒くさ)
アルベルトが沈黙して思考していると軍議に動きがあった。
「ランド金山を攻略すると見せかけて敵を誘ってみてはいかがでしょう?敵軍主力が動けばそれと決戦し、動かねばランド金山を占領し新たに策を考えてみては」
と室内で沈黙が流れる中、提案したのは援軍(リューベック王国に雇われた)として参陣しているデーン王国のオレンボー辺境伯軍の指揮官アマンダ・オレンボーであった。
オレンボー辺境伯の御令嬢でありながら、前年の12月20日のオレオ会戦にてフリーランス軍の騎士隊長を自ら討ち取り、敵将を降伏に追い込んだ武勇に優れた女性である。
前回の軍議(作戦会議)に呼ばれる事はなかった(主要な軍議はオレンボー辺境伯軍参陣の前に終わっていた)ものの、今回はオレンボー辺境伯軍は軍事的にも頼りになると言う事で軍部も軍議参加を支持していた。
そして、外交的(主に対デーン王国対策)の観点からオレンボー辺境伯家との関係を強めたいアルベルトや外務卿もオレンボー辺境伯御令嬢アマンダの軍議参加を反対する理由がなかった。
こうして今回の軍議で、オレンボー辺境伯軍の指揮官アマンダ・オレンボーの参加は認められていた。
リューベック王国王都リュベルのホルステン宮にて新年の義を終えたリューベック王国王太子であるアルベルト王子は1万の軍の総大将としてフリーランス国境を越えた。
特に戦らしい戦もなくリューベック軍は国境を抜く事に成功し、アルベルト王子は1月6日フリーランス王国東部の主要街道の結節点にあるルエヌと言う都市を占拠し、そこに本営を構えた。
そして、1月9日ルエヌ市役所の一室
「アルベルト摂政殿下御入室!」
先導する騎士に続いて、金色の甲冑に身を包んだ赤みかかった金髪の王子が入る。
「摂政殿下」
集っていた将校は椅子から立ち上がり、一礼する。
「よい、楽にせよ。それより前線からの報告は?」
アルベルトが上座に座ったのをレッフラー将軍以外の将校達は腰を下ろし、レッフラー将軍が報告を開始する。
「摂政殿下に申し上げます。現在わが軍は順調に占領地を拡大中でございます。」
良い報告内容であるのを裏腹にレッフラー将軍の表情は暗い。
そして、そのままレッフラー将軍は報告を続けた。
「しかし、これまで敵軍との交戦は一度たりともなく、民の姿も確認されていないとの事。この事から恐らく敵は焦土戦術で抵抗するものと思われます。」
将校達の表情は暗くなった。
この戦術に対抗するには短期間にフリーランス王国中枢に侵攻する必要があるが、内務省の協定と言う枷があった。これを無視するにしても、中枢まで侵攻となると補給線は伸び切る。フリーランス軍がそこを狙ってくるのは明らか。そして、現地調達しようにも兵糧等の軍需物資をフリーランス軍は後方に下げているだろう。
厳しい戦いになるのはリューベック軍の将校の眼にも明らかであった。
(やっかいな事になった)
と内心でアルベルトは呟いた。
王都で新年の儀等を行いフリーランス王国侵攻を遅らせたのは傭兵達の募兵もあったが、それ以上に『和睦しませんか?』と言うフリーランス王国へのアピールと言うのが大きかった。
勝っているリューベックから和平交渉を申し込むのはこちらの足元を見られるのと、軍部が納得しないと言う理由でできなかったが、負けたフリーランス王国もそこぐらいは譲歩するべきであると言うのがアルベルトと外務省の見解であった。
そして、フリーランス王国の外務省もそれを理解できない程の無能でないと言うのもリューベック王国外務卿の見通しであった。
(しかし、焦土戦術か。どう考えても割りに合わないだろうに……)
アルベルトは内心でため息をつく。
焦土戦術は純軍事的には有効な手であるが、それ以外は悪手としか言い様がない手であった。
まず、諸侯や領民の不信を買う。特に諸侯のだ。家の領地を守ってくれない王に忠誠を誓う義務も義理もない。これが、この時代の一般的な領主達の価値観である。それを黙らせるために莫大な補償が必要となるし、それを支払っても諸侯の不信感は完全に拭えない。戦って負けて結果的に占領されるのと、戦もせずに明け渡すのでは全く違うからだ。
そして、領民や物資を後方に移さねばならず、さらに移動した領民の生活も保障しなければならない。それも戦が長引けば莫大な費用になる。
アルベルトから言わせれば焦土戦術を取るより和睦して賠償金支払った方がかなりの安上がりだと思うのだが、フリーランス王国はそう判断しなかったらしい。
(こうなれば継戦するしかないが、どう戦うかだ。ランド金山を攻めてフリーランス軍主力を誘い出すか。ただ……)
アルベルトの頭の中でまずこれが思い浮かんだ。
ランド金山はフリーランスにとって重要な拠点であり、ここを攻めればフリーランス軍も行動を起こす可能性も僅かながらある。
しかし、焦土戦術を取るフリーランス軍はランド金山は放棄する事も計算に入れている可能性が高い。ランド金山はリューベックとフリーランス王国国境に近いからだ。
そのため、焦土作戦を考えるならフリーランス軍はランド金山の守備隊は撤退させ、金山の設備を破壊するだろう。
(俺がフリーランス軍の総大将で焦土作戦を仕掛けるならそうする。短期決戦も視野に入れつつ、それが失敗した時のため持久戦にも備えないといけない訳か……面倒くさ)
アルベルトが沈黙して思考していると軍議に動きがあった。
「ランド金山を攻略すると見せかけて敵を誘ってみてはいかがでしょう?敵軍主力が動けばそれと決戦し、動かねばランド金山を占領し新たに策を考えてみては」
と室内で沈黙が流れる中、提案したのは援軍(リューベック王国に雇われた)として参陣しているデーン王国のオレンボー辺境伯軍の指揮官アマンダ・オレンボーであった。
オレンボー辺境伯の御令嬢でありながら、前年の12月20日のオレオ会戦にてフリーランス軍の騎士隊長を自ら討ち取り、敵将を降伏に追い込んだ武勇に優れた女性である。
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そして、外交的(主に対デーン王国対策)の観点からオレンボー辺境伯家との関係を強めたいアルベルトや外務卿もオレンボー辺境伯御令嬢アマンダの軍議参加を反対する理由がなかった。
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