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第1部 完結記念

シャルロット王女、ロアーヌ帝国の新年の儀に招待される(下)

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 アリシアは通路を進み、庭園にたどり着いた。 そこには銀髪の美青年が立っていた。
「久しぶりだね、アリシア。久しぶりに見ると美しさに磨きがかかっているわね。私が嫁にもらいたかったよ。」

「久しぶりね、ゲオルグ。そんな気は最初からないくせに」
 アリシアは苦笑を浮かべて返す。
 もし、そんな気があればロベルト・ケハルディンに婚約破棄されたときに動いていただろう。
「ばれた?まあ、友人としては君は好きだけど結婚するとなるとね……まあ、でもあの阿呆と君が婚約破棄出来た事は嬉しく思うよ。あれには君はもったいない」
「高く評価してくれるのは嬉しいのだけど要件は?シャルロット王女殿下の側を長く離れる訳には行かないのだけど」

「余程ナガコト家の事は気に入っているんだね。君がそこまで熱心に面倒を見るなんて……」
 アリシアは無言で踵を返すと、ゲオルグは
「待って。悪かった。本題に入るよ」
 と慌てて返す。

「要件は取引だ。」
 ゲオルグの言葉にアリシアの目つきが鋭くなる。

 ゲオルグ・シュタデーン、もしくはゲオルグ・ホーエン。シュタデーン公オットーの次男であり、母はベルガ王国王女アンナである。ベルガ王国王家であるホーエン家の血を継ぐのはアンナだけと言う状況になり、夫のオットーが代わりに統治すると言うシュタデーン辺境伯領と同君連合と言う体制をベルガは取っていた。
 しかし、アンナの息子であるゲオルグが成人した事もあり、ベルガ王国諸侯がゲオルグの統治を求めたのである。ベルガ王国の主要民族であるベルガ人は帰属意識が強く、当時はポトランド王国との戦もあり、シュタデーン選帝公の保護下に入るのは仕方ないとは言え他国の支配下に入っている状況は不満であった。
 そういう情勢を踏まえ、シュタデーン公オットーもゲオルグにある程度ベルガの実権を移行している。
 そのため、ゲオルグは毎年ベルガの新年の儀に参加しているのだが、今年はロアーヌ帝国の新年の儀に参加したのはアリシアにとって中々の驚きであった。

「取引?」

「非公式で良いからアルベルト王子と会談する機会を設けて欲しい。場所は出来ればベルガが良いのだが、それが無理であればどこでも構わない」

「殿下と……成程。本格的に仕掛けるのね」
 シュタデーン公オットーにも長男がおり、彼の母は帝国諸侯のメルケン侯の妹を母に持つ。
 順当にいけば長男であるオットー2世が家督を継ぐのであるが、ゲオルグはそれを覆す気らしい。
 彼の支持基盤は旧ベルカ王国領であり、ナビア王国とリアニアの地で国境を接している。
 ナビア王国はシュタデーン選帝公家と実質同盟関係にある。そのため、シュタデーン選帝公嫡男に味方するとしてベルガ王国領の切り取りを図らないようナビア王国の実質同盟国であるリューベック王国にとりなして欲しいのだとアリシアは直ぐに彼の目的を看破した。

「相変わらず鋭いね。と言ってもまだこれは数年先の話だよ。」

「そのためにこちらの新年の儀に参加したのね。」
 アリシアがそのためにと言ったのはこの件ではない。無論、アリシアとの交渉のためと言うのもゲオルグの参加した理由は含まれてはいるが、それは大きな理由ではない。シュタデーン選帝公家家臣の切り崩し工作の準備のために一旦帝国本国に来たのだろうとピルイン公令嬢はあたりを付けていた。

「そう言う事だ。」
 ゲオルグもアリシアの真意を見抜いており、苦笑を浮かべて答える。

「わかったわ。アルベルト殿下と重臣に話しを通してみるわ。しかし、期待はしないでね。」
 アリシアが嫁ぐナガコト家にとってもこれは良い話である。これでゲオルグが勝てば大きな貸しを作れた上でシュタデーン選帝公家とも大きなパイプを作れる。負けたとしてもあくまでも密約でナビア王国に根回しすると言った程度であり、しかも本来シュタデーン選帝公家とナガコト王家はそこまで深い関係でもない。北方交易にも支障が出ても困るので長男の方も無視する可能性も高い。要するにそこまでデメリットは大きくないのに、メリットはそこそこ大きいと言う中々美味しい事案なのである。

 アリシアは踵を返すとゲオルグは
「代価は良いのか?」
 と尋ねる。
「どうせシュタデーン選帝公家の東部情勢の話でしょう。あんな小細工を弄せばボルメン族問題等は安定させたのは解るわよ。そんな物ではなく、あなたが勝った時にこの分の見返りも『ナガコト家』がもらうわ。準備しておいて」

「わかった。」
 とゲオルグは苦笑を浮かべて答えた。アリシアにとっての最大の関心がピルイン家の利益ではなく嫁ぎ先のナガコト家の利益になっていたからだ。
 嫁いた後ならともかく嫁ぐ前からこれは珍しい。
 この事からアリシアもナガコト家、もしくはアルベルトの事を気に入っている事は理解した。
 そして、もしアルベルト王子がアリシアの才能を活かせる器があった場合、敵対する事になれば強敵になる事も……
 そんな事を考えながらゲオルグはアリシアを見送った。

 歩きながらアリシアは
「フェリオル王の成功で彼の野心にも油が注がれたわね。遠くを見すぎて足元が留守にならなければ良いけど」
 と少し心配そうに呟いた。なんだかんだで彼の事を友人と思っており、ナガコト家とピルイン家の利益を犯さない範囲での成功は祈るぐらいの友情は彼女にはあった。
 そして、ゲオルグもフェリオルの王位簒奪とフラリン王国併合の成功により焚き付けられた野心家の1人のようだとアリシアは感じた。フェリオルの成功はこれからもナーロッパの野心家達を焚き付けていくであろう。そして、簒奪王に続けとゲオルグのような野心家達も動き出していく。
 しかし、こう言うそこそこ才能はあり、強い野心を持つ者は遠くばかりを見て、足元をほぼ見ずに突き進むと言う場合が多い事はアリシアは歴史から学んでいた。しかし、一方で成功している野心家も深い落とし穴があっても、それを解った上で突き進む場合もあるため、その行為が一概に悪いとはアリシアも言えない。
 簒奪王のフラリン王国併合の成功もそれに当たるからだ。

「フェリオル王は長い乱世に至る門を開けたのかも知れないわね」
 フェリオル王が台頭し、彼が更なる拡張を目指せばナーロッパ西側や中部は激しい戦火に包まれるだろう。しかし、いずれ簒奪王は討たれる。支持基盤が下級貴族と裕福な平民の一部である以上、それは避けられないとアリシアは思っていた。フェリオルの武威を支える黒旗軍が相次ぐ戦で消耗し、ある水準以下まで弱体化した時、彼に面従腹背の諸侯達が挙兵し簒奪王を討つ事は自明の理であるからだ。

 しかし、フェリオルの成功で刺激された野心家が動き出しナーロッパの戦乱はフェリオル王が打倒されても治まらないかも知れないとアリシアは考えていた。ナーロッパ西側と中部の秩序はフェリオルに破壊され、野心家どもが暴れ出したら平穏なんて訪れる訳がないからだ。

「しかし、フェリオル王が起こす戦乱は今までの秩序を破壊し、それが小国がのしあがるための好機となるのも確か。問題はフェリオル王が倒れた時にどう動く……いやどう動けるか。これで、リューベック王国が飛躍出来るかが決まる……やりがいを感じるわね」
 アルベルトは身分が低い者や女の意見でも良ければ取り入れると言うこの時代では変わった革新的な主君である。アリシアの提案も吟味した上で受け入れるかを決めるであろう。
 アリシアもまた彼女の言う野心家の1人である事を自覚していた。
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