上 下
46 / 139
第1部 最終章

オレオ会戦(上)

しおりを挟む
 会戦が始まり、1時間を経過するとリューベック軍右翼は若干押されており、リューベック軍中央もじわじわと後退している。
 リューベック軍が劣勢だと思われる状況だが、リューベック軍本営に慌てている様子はなかった。
 右翼と中央が若干押されているが本命の左翼がフリーランス軍右翼を圧倒していたからだ。
 左翼を構成する黒狼隊は敵をすでに1キロ程後退させており、フリーランス軍右翼を崩壊目前まで追いやっていた。また、黒狼隊の騎兵部隊が敵の後退に合わせて、フリーランス軍右翼の連絡線を脅し、フリーランス軍の騎兵がそれを阻止しようと激闘が繰り広げられたが、黒狼隊の騎兵が勝利し、また黒狼隊の歩兵部隊も展開し遮断する事に成功する。
 その指揮手腕にはロブェネル将軍も絶賛しており、左翼の司令官であるバルトルト・チェルハは本日の武勲第一とまで言っていた程である。
 フリーランス軍右翼がくずれつつある事がフリーランス軍本営に伝わるのが遅れれば遅れる程リューベック軍が有利になるのだから……

 また、リューベック軍中央も押されて徐々に後退はいるが崩壊までは程遠い。しかも、フリーランス軍の優勢はフリーランス総予備がフリーランス中央軍の後詰めに入り、中央軍が予備を気にせず全力攻撃を行えているからである。フリーランス軍の総予備が中央から引き抜かれればこの攻勢を維持できないのは誰の眼からも明らかだ。

 そんな中、アルベルトの隣で戦況を見守っていたロブェネル将軍が背後に控える伝令に次の命令を出す。
「伝令。オレンボー辺境伯軍を左翼へ。敵の援軍がくればこれを叩き、来なければ敗走する敵右翼を追撃して殲滅せよ」

「御意」
 伝騎が馬に乗り、オレンボー辺境伯軍の元に向かった後、アルベルトは隣にいるロブェネル将軍に尋ねる。
「早急に予備戦力を動かして良いのか?敵が右翼が崩壊する前に中央突破をはかってくる可能性があると思うのだが」
 フリーランス軍右翼が崩壊する前に中央突破を図り挽回を図った場合、こちらの予備戦力を引き抜いて左翼を派遣した分兵力差が生まれて中央の戦いが不利になるのではないかとアルベルトは疑問に思ったのだ。

 老将は表情を崩さず、王太子の疑問に答える。
「確かに敵右翼が崩壊する前に中央突破を図る可能性は大いにあります。しかし、わが軍の本営は高所にある以上後退してくる中央軍と合流してここで迎え撃てば十分に時間を稼げるでしょう。」

「丘陵に布陣している以上、少々の兵力差は補えると言う事か。」
 アルベルトが頷くとロブェネル将軍は続ける。
「そういう事です。敵がとれる策は三つ。右翼が崩れる前に中央突破を図るか、予備戦力の一部を右翼の支援に回し支えるか、右翼の崩壊は免れぬものとして全予備戦力で我が軍の左翼をおさえるかです」
 ロブェネル将軍はフリーランス軍本営がある方に視線を向けながら続ける。
「フリーランス軍がどの選択を取っても我が軍の勝利はゆるぎないでしょう。残す問題は勝利の度合いかと……」

「後はどう勝利するか、そこが重要になると言う事だな」
 アルベルトが頷きながら答える。
 勝ちすぎれば、フリーランス王国への逆侵攻を軍は決行するだろう。
 しかし、フリーランス王国も本来重要な交易国だ。
 フリーランス王国の南にあるネーテル王国からは鉄等の鉱山資源を輸入しており、フリーランス王国はその交易ルートである。フリーランス王国からも毛織物を輸入しており、それらは北方諸国へ輸出している。また、フラリン王国や帝国のピルイン公やハーベンブルク公にも少量だが鉄を輸出している。
 そのため、フリーランス王国との関係悪化はリューベックの内務省や外務省からすればできれば避けたいし、摂政であるアルベルト王子もそれに同意だった。出来るならばフリーランス王国の不満を極力買わず、講和したい所。
 しかし、軍部の主流派は逆侵攻を望んでおり、そして軍の反感を招く事もアルベルト王子は避けたかった。
 そのため、上手い落しどころをアルベルトは探らねばならかったのである。










 フリーランス軍本営もまた、勝利を確信していた。
 総予備が後詰めに入る事で全力攻撃を行う中央軍が、リューベック軍中央を徐々に押し込んでいたからだ。
「良し。千名程を前線に投入し、攻撃をさらに加速させよ」
 勝利を確信し、笑いながら命を出すラーム将軍の耳に馬蹄の音が聞こえていた。

 ラーム将軍がそちらに向けると何本かの矢が背中にささっており、また上半身を馬の首に預けている騎士が何とか馬を走らせていた。
「助けてやれ」
 ラーム将軍はすぐに兵達に命令を出す。
 方角的にフリーランス軍右翼のベール伯からの伝騎である可能性が高かったからだ。
 兵士達に支えられながら、ラームの前に現れた。
「申し……あげます」
 伝騎は言葉をとぎらせら報告を始める。
「私はベール伯爵の伝騎でございます。我々は正面の敵に圧迫され1キロ近く後退しております……至急援軍を」

 あまりの凶報にフリーランス軍本営にいた将校達は愕然とする。
 ラーム将軍も息を飲んでいたが、すぐに気を取り直して確認する。
「バカ言うな。劣勢であるなどベール伯から伝令は来ておらぬぞ」

「我らの後退に合わせ……敵騎兵部隊が我らの左側に回り込んで連絡線を遮断いたしました。」
 伝騎は最後の力を振り絞って報告する。
「連絡線を確保しようと……我らの騎兵も奮戦し確保しようとしましたが……それも叶わず……私だけが突破に成功いたしました。至急援軍を」
 そして、伝騎は息絶えた。仮に彼らの本営が定石通りに高地に布陣できていればこのようなやりとりは不要で、戦場で何が起きていたかを一目で把握できていただろう。しかしこの地域唯一の高地はリューベック軍が占拠し本営を置いている。その差を軽視したのはフリーランス軍首脳部の失策であり、今や致命傷になろうとしていた。

「どうなさいますか?」
 うろたえながら、将校達が尋ねてくる。
「いちかばちかわが軍が崩れる前に中央突破を図り、アルベルト王子の首を取る。」
 ラーム将軍の言葉に大半の将校は首を傾げる
「中央突破に成功し、敵本営を崩せれば挽回はかなうでしょうが……」

「中央突破を図る我々の側背をつかれる可能性がございます。」

「ならば、千程の兵を右翼の救援に回し、ベール伯に敵左翼を拘束させる。急げ、時間がないのだぞ!」
 ラームの怒号でフリーランス軍本営は動きだした。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

辺境の契約魔法師~スキルと知識で異世界改革~

有雲相三
ファンタジー
前世の知識を保持したまま転生した主人公。彼はアルフォンス=テイルフィラーと名付けられ、辺境伯の孫として生まれる。彼の父フィリップは辺境伯家の長男ではあるものの、魔法の才に恵まれず、弟ガリウスに家督を奪われようとしていた。そんな時、アルフォンスに多彩なスキルが宿っていることが発覚し、事態が大きく揺れ動く。己の利権保守の為にガリウスを推す貴族達。逆境の中、果たして主人公は父を当主に押し上げることは出来るのか。 主人公、アルフォンス=テイルフィラー。この世界で唯一の契約魔法師として、後に世界に名を馳せる一人の男の物語である。

断罪されているのは私の妻なんですが?

すずまる
恋愛
 仕事の都合もあり王家のパーティーに遅れて会場入りすると何やら第一王子殿下が群衆の中の1人を指差し叫んでいた。 「貴様の様に地味なくせに身分とプライドだけは高い女は王太子である俺の婚約者に相応しくない!俺にはこのジャスミンの様に可憐で美しい女性こそが似合うのだ!しかも貴様はジャスミンの美貌に嫉妬して彼女を虐めていたと聞いている!貴様との婚約などこの場で破棄してくれるわ!」  ん?第一王子殿下に婚約者なんていたか?  そう思い指さされていた女性を見ると⋯⋯? *-=-*-=-*-=-*-=-* 本編は1話完結です‪(꒪ㅂ꒪)‬ …が、設定ゆるゆる過ぎたと反省したのでちょっと色付けを鋭意執筆中(; ̄∀ ̄)スミマセン

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...