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第1部 最終章
オレオ会戦(上)
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会戦が始まり、1時間を経過するとリューベック軍右翼は若干押されており、リューベック軍中央もじわじわと後退している。
リューベック軍が劣勢だと思われる状況だが、リューベック軍本営に慌てている様子はなかった。
右翼と中央が若干押されているが本命の左翼がフリーランス軍右翼を圧倒していたからだ。
左翼を構成する黒狼隊は敵をすでに1キロ程後退させており、フリーランス軍右翼を崩壊目前まで追いやっていた。また、黒狼隊の騎兵部隊が敵の後退に合わせて、フリーランス軍右翼の連絡線を脅し、フリーランス軍の騎兵がそれを阻止しようと激闘が繰り広げられたが、黒狼隊の騎兵が勝利し、また黒狼隊の歩兵部隊も展開し遮断する事に成功する。
その指揮手腕にはロブェネル将軍も絶賛しており、左翼の司令官であるバルトルト・チェルハは本日の武勲第一とまで言っていた程である。
フリーランス軍右翼がくずれつつある事がフリーランス軍本営に伝わるのが遅れれば遅れる程リューベック軍が有利になるのだから……
また、リューベック軍中央も押されて徐々に後退はいるが崩壊までは程遠い。しかも、フリーランス軍の優勢はフリーランス総予備がフリーランス中央軍の後詰めに入り、中央軍が予備を気にせず全力攻撃を行えているからである。フリーランス軍の総予備が中央から引き抜かれればこの攻勢を維持できないのは誰の眼からも明らかだ。
そんな中、アルベルトの隣で戦況を見守っていたロブェネル将軍が背後に控える伝令に次の命令を出す。
「伝令。オレンボー辺境伯軍を左翼へ。敵の援軍がくればこれを叩き、来なければ敗走する敵右翼を追撃して殲滅せよ」
「御意」
伝騎が馬に乗り、オレンボー辺境伯軍の元に向かった後、アルベルトは隣にいるロブェネル将軍に尋ねる。
「早急に予備戦力を動かして良いのか?敵が右翼が崩壊する前に中央突破をはかってくる可能性があると思うのだが」
フリーランス軍右翼が崩壊する前に中央突破を図り挽回を図った場合、こちらの予備戦力を引き抜いて左翼を派遣した分兵力差が生まれて中央の戦いが不利になるのではないかとアルベルトは疑問に思ったのだ。
老将は表情を崩さず、王太子の疑問に答える。
「確かに敵右翼が崩壊する前に中央突破を図る可能性は大いにあります。しかし、わが軍の本営は高所にある以上後退してくる中央軍と合流してここで迎え撃てば十分に時間を稼げるでしょう。」
「丘陵に布陣している以上、少々の兵力差は補えると言う事か。」
アルベルトが頷くとロブェネル将軍は続ける。
「そういう事です。敵がとれる策は三つ。右翼が崩れる前に中央突破を図るか、予備戦力の一部を右翼の支援に回し支えるか、右翼の崩壊は免れぬものとして全予備戦力で我が軍の左翼をおさえるかです」
ロブェネル将軍はフリーランス軍本営がある方に視線を向けながら続ける。
「フリーランス軍がどの選択を取っても我が軍の勝利はゆるぎないでしょう。残す問題は勝利の度合いかと……」
「後はどう勝利するか、そこが重要になると言う事だな」
アルベルトが頷きながら答える。
勝ちすぎれば、フリーランス王国への逆侵攻を軍は決行するだろう。
しかし、フリーランス王国も本来重要な交易国だ。
フリーランス王国の南にあるネーテル王国からは鉄等の鉱山資源を輸入しており、フリーランス王国はその交易ルートである。フリーランス王国からも毛織物を輸入しており、それらは北方諸国へ輸出している。また、フラリン王国や帝国のピルイン公やハーベンブルク公にも少量だが鉄を輸出している。
そのため、フリーランス王国との関係悪化はリューベックの内務省や外務省からすればできれば避けたいし、摂政であるアルベルト王子もそれに同意だった。出来るならばフリーランス王国の不満を極力買わず、講和したい所。
しかし、軍部の主流派は逆侵攻を望んでおり、そして軍の反感を招く事もアルベルト王子は避けたかった。
そのため、上手い落しどころをアルベルトは探らねばならかったのである。
フリーランス軍本営もまた、勝利を確信していた。
総予備が後詰めに入る事で全力攻撃を行う中央軍が、リューベック軍中央を徐々に押し込んでいたからだ。
「良し。千名程を前線に投入し、攻撃をさらに加速させよ」
勝利を確信し、笑いながら命を出すラーム将軍の耳に馬蹄の音が聞こえていた。
ラーム将軍がそちらに向けると何本かの矢が背中にささっており、また上半身を馬の首に預けている騎士が何とか馬を走らせていた。
「助けてやれ」
ラーム将軍はすぐに兵達に命令を出す。
方角的にフリーランス軍右翼のベール伯からの伝騎である可能性が高かったからだ。
兵士達に支えられながら、ラームの前に現れた。
「申し……あげます」
伝騎は言葉をとぎらせら報告を始める。
「私はベール伯爵の伝騎でございます。我々は正面の敵に圧迫され1キロ近く後退しております……至急援軍を」
あまりの凶報にフリーランス軍本営にいた将校達は愕然とする。
ラーム将軍も息を飲んでいたが、すぐに気を取り直して確認する。
「バカ言うな。劣勢であるなどベール伯から伝令は来ておらぬぞ」
「我らの後退に合わせ……敵騎兵部隊が我らの左側に回り込んで連絡線を遮断いたしました。」
伝騎は最後の力を振り絞って報告する。
「連絡線を確保しようと……我らの騎兵も奮戦し確保しようとしましたが……それも叶わず……私だけが突破に成功いたしました。至急援軍を」
そして、伝騎は息絶えた。仮に彼らの本営が定石通りに高地に布陣できていればこのようなやりとりは不要で、戦場で何が起きていたかを一目で把握できていただろう。しかしこの地域唯一の高地はリューベック軍が占拠し本営を置いている。その差を軽視したのはフリーランス軍首脳部の失策であり、今や致命傷になろうとしていた。
「どうなさいますか?」
うろたえながら、将校達が尋ねてくる。
「いちかばちかわが軍が崩れる前に中央突破を図り、アルベルト王子の首を取る。」
ラーム将軍の言葉に大半の将校は首を傾げる
「中央突破に成功し、敵本営を崩せれば挽回はかなうでしょうが……」
「中央突破を図る我々の側背をつかれる可能性がございます。」
「ならば、千程の兵を右翼の救援に回し、ベール伯に敵左翼を拘束させる。急げ、時間がないのだぞ!」
ラームの怒号でフリーランス軍本営は動きだした。
リューベック軍が劣勢だと思われる状況だが、リューベック軍本営に慌てている様子はなかった。
右翼と中央が若干押されているが本命の左翼がフリーランス軍右翼を圧倒していたからだ。
左翼を構成する黒狼隊は敵をすでに1キロ程後退させており、フリーランス軍右翼を崩壊目前まで追いやっていた。また、黒狼隊の騎兵部隊が敵の後退に合わせて、フリーランス軍右翼の連絡線を脅し、フリーランス軍の騎兵がそれを阻止しようと激闘が繰り広げられたが、黒狼隊の騎兵が勝利し、また黒狼隊の歩兵部隊も展開し遮断する事に成功する。
その指揮手腕にはロブェネル将軍も絶賛しており、左翼の司令官であるバルトルト・チェルハは本日の武勲第一とまで言っていた程である。
フリーランス軍右翼がくずれつつある事がフリーランス軍本営に伝わるのが遅れれば遅れる程リューベック軍が有利になるのだから……
また、リューベック軍中央も押されて徐々に後退はいるが崩壊までは程遠い。しかも、フリーランス軍の優勢はフリーランス総予備がフリーランス中央軍の後詰めに入り、中央軍が予備を気にせず全力攻撃を行えているからである。フリーランス軍の総予備が中央から引き抜かれればこの攻勢を維持できないのは誰の眼からも明らかだ。
そんな中、アルベルトの隣で戦況を見守っていたロブェネル将軍が背後に控える伝令に次の命令を出す。
「伝令。オレンボー辺境伯軍を左翼へ。敵の援軍がくればこれを叩き、来なければ敗走する敵右翼を追撃して殲滅せよ」
「御意」
伝騎が馬に乗り、オレンボー辺境伯軍の元に向かった後、アルベルトは隣にいるロブェネル将軍に尋ねる。
「早急に予備戦力を動かして良いのか?敵が右翼が崩壊する前に中央突破をはかってくる可能性があると思うのだが」
フリーランス軍右翼が崩壊する前に中央突破を図り挽回を図った場合、こちらの予備戦力を引き抜いて左翼を派遣した分兵力差が生まれて中央の戦いが不利になるのではないかとアルベルトは疑問に思ったのだ。
老将は表情を崩さず、王太子の疑問に答える。
「確かに敵右翼が崩壊する前に中央突破を図る可能性は大いにあります。しかし、わが軍の本営は高所にある以上後退してくる中央軍と合流してここで迎え撃てば十分に時間を稼げるでしょう。」
「丘陵に布陣している以上、少々の兵力差は補えると言う事か。」
アルベルトが頷くとロブェネル将軍は続ける。
「そういう事です。敵がとれる策は三つ。右翼が崩れる前に中央突破を図るか、予備戦力の一部を右翼の支援に回し支えるか、右翼の崩壊は免れぬものとして全予備戦力で我が軍の左翼をおさえるかです」
ロブェネル将軍はフリーランス軍本営がある方に視線を向けながら続ける。
「フリーランス軍がどの選択を取っても我が軍の勝利はゆるぎないでしょう。残す問題は勝利の度合いかと……」
「後はどう勝利するか、そこが重要になると言う事だな」
アルベルトが頷きながら答える。
勝ちすぎれば、フリーランス王国への逆侵攻を軍は決行するだろう。
しかし、フリーランス王国も本来重要な交易国だ。
フリーランス王国の南にあるネーテル王国からは鉄等の鉱山資源を輸入しており、フリーランス王国はその交易ルートである。フリーランス王国からも毛織物を輸入しており、それらは北方諸国へ輸出している。また、フラリン王国や帝国のピルイン公やハーベンブルク公にも少量だが鉄を輸出している。
そのため、フリーランス王国との関係悪化はリューベックの内務省や外務省からすればできれば避けたいし、摂政であるアルベルト王子もそれに同意だった。出来るならばフリーランス王国の不満を極力買わず、講和したい所。
しかし、軍部の主流派は逆侵攻を望んでおり、そして軍の反感を招く事もアルベルト王子は避けたかった。
そのため、上手い落しどころをアルベルトは探らねばならかったのである。
フリーランス軍本営もまた、勝利を確信していた。
総予備が後詰めに入る事で全力攻撃を行う中央軍が、リューベック軍中央を徐々に押し込んでいたからだ。
「良し。千名程を前線に投入し、攻撃をさらに加速させよ」
勝利を確信し、笑いながら命を出すラーム将軍の耳に馬蹄の音が聞こえていた。
ラーム将軍がそちらに向けると何本かの矢が背中にささっており、また上半身を馬の首に預けている騎士が何とか馬を走らせていた。
「助けてやれ」
ラーム将軍はすぐに兵達に命令を出す。
方角的にフリーランス軍右翼のベール伯からの伝騎である可能性が高かったからだ。
兵士達に支えられながら、ラームの前に現れた。
「申し……あげます」
伝騎は言葉をとぎらせら報告を始める。
「私はベール伯爵の伝騎でございます。我々は正面の敵に圧迫され1キロ近く後退しております……至急援軍を」
あまりの凶報にフリーランス軍本営にいた将校達は愕然とする。
ラーム将軍も息を飲んでいたが、すぐに気を取り直して確認する。
「バカ言うな。劣勢であるなどベール伯から伝令は来ておらぬぞ」
「我らの後退に合わせ……敵騎兵部隊が我らの左側に回り込んで連絡線を遮断いたしました。」
伝騎は最後の力を振り絞って報告する。
「連絡線を確保しようと……我らの騎兵も奮戦し確保しようとしましたが……それも叶わず……私だけが突破に成功いたしました。至急援軍を」
そして、伝騎は息絶えた。仮に彼らの本営が定石通りに高地に布陣できていればこのようなやりとりは不要で、戦場で何が起きていたかを一目で把握できていただろう。しかしこの地域唯一の高地はリューベック軍が占拠し本営を置いている。その差を軽視したのはフリーランス軍首脳部の失策であり、今や致命傷になろうとしていた。
「どうなさいますか?」
うろたえながら、将校達が尋ねてくる。
「いちかばちかわが軍が崩れる前に中央突破を図り、アルベルト王子の首を取る。」
ラーム将軍の言葉に大半の将校は首を傾げる
「中央突破に成功し、敵本営を崩せれば挽回はかなうでしょうが……」
「中央突破を図る我々の側背をつかれる可能性がございます。」
「ならば、千程の兵を右翼の救援に回し、ベール伯に敵左翼を拘束させる。急げ、時間がないのだぞ!」
ラームの怒号でフリーランス軍本営は動きだした。
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