上 下
31 / 137
第1部 第2章

子が出来たら出来る限り早く王位を譲って俺は本の虫になってやるからな(下)

しおりを挟む
「デーン王国が介入してくるかは現在調査中だ。これ以上この事をここで議論しても仕方ない。オレンボー辺境伯の単独行動の可能性もある」
 摂政の一言で会議場は静かになり、軍務卿は説明を続ける。
「我が軍は10日後には黒狼隊、諸侯軍も含め8千6百の兵力が整う予定です。傭兵の募兵もしておりますが、時間があまりないのでそこまでの兵力は揃わないかと。海軍にも現在哨戒に当たっている以外の艦艇全てにリュベルに集結するよう伝達してあります。3日後にはほとんどの海上戦力はここリュベルに集結するでしょう。細かい作戦は諸将、諸提督達にお任せするとして、我らがここで決めねばならない問題は我々はどこまで戦うかです」

「だが、それは今は決めようがないでしょう」
 外務卿が口にした。確かに侵攻してくるのがフリーランス王国とオレンボー辺境伯だけなのか、それともデーン王国が来るのかで話は変わってくる以上、今は決めようがない。

「しかし、決めてもらわねば糧食等の軍需物資調達の問題があります。侵攻軍を撃退するだけで済ませるのか、侵攻軍を撃退した後、賠償金や領土を求めて逆侵攻を仕掛けるのか……」
 内務卿の言葉に、アルベルトは耳を疑う。
(全力で戦っても撃退できるか怪しい相手に、逆襲の計画とか皮算用にもほどがあるだろう。帝国から援兵が来るから勝てると楽観しているのかもしれないが、帝国がどれだけ援軍を出してくれるか解らない状況で、そこまであてにしていいのか?)
 アルベルトが驚愕で固まっている間にも、話はどんどん進んでいく。
「念のため逆侵攻出来るだけの物資を調達しておけば良いのでは?」
 将軍達が苦笑を浮かべながら反論するが内務卿はさらに反論する。
「何をバカな。予算は無限にある訳ではない。それに戦が近いとなればさらに物価は上昇する。調達費は跳ね上がるのに、余分になる可能性が高い物資を調達せよと卿らは言うのか!?」
(内務卿の言う事も一理はあるが、防衛戦でどれだけの物資が必要かの予測なんてほぼ不可能だぞ)
 論点がずれて来ている事にアルベルトが内心頭を抱えていると、なぜか一部の諸侯達も内務卿の言葉に同意するそぶりを見せている。そして軍部の面々は元々内務省と対立していた事もあり、怒りを爆発させていた。

「国家存亡の危機に対して命をかけ対処する我々にバカとは何事か。命惜しくて王都に立て籠っているしかできない臆病者が」

「国家存亡の危機に予算を盾にケチるとは。戦に出ぬ臆病者はやはり戦場を知らぬと見える」
 軍部(主に陸軍将校)からの罵倒に、今度は内務卿配下の官僚達が顔を赤くする。
 不味いとアルベルトは思った。
 感情的な反発が反発を生む流れになってきておりアルベルトとしてはこれを断ち切りたいが、摂政が迂闊に割って入ると、この後まともに議論ができなくなる恐れがある。
 アルベルトが迷っていると、それまで沈黙を守っていたアイザック・ロブェネル将軍が口を開いた。
「確かにバカと言われた事は許せぬ。……だが、内務卿閣下の言葉にも一理ある。卿らとて、補給なしで戦争が出来るとは思っておるまい?」
「思っておりませんが、やつらは予算を盾にそれをケチろうと……」
 内務卿を批判していた将軍達も流石にこの老将には頭が上がらない。内務卿を罵倒していた時の勢いがなかった。

「内務卿閣下がおっしゃる事は否定はできまい。予算は有限なのだからな」
 将軍達が黙った所で、ロブェネル将軍がちらりとアルベルトに目を向け、アルベルトもかすかに頷いた。
(やれるかも分からない逆侵攻に関する皮算用なんて、今はどうでもいいんだよ。だいたい、逆侵攻できるぐらい勝ってるなら、勝ち馬に乗ろうと商人だの金貸しだのが押し寄せてくるに決まってるんだから、そこであらためて予算をつけて物資を手配すればいい)
 と心の中で呟く。
 あとは将軍がその方向で議論を仕切り直してくれれば済むとアルベルトが思っているとロブェネル将軍が次の言葉を発する前に、内務卿が先に動いた。
「バカとは言いすぎました。心よりお詫びいたします」
 内務卿が頭を下げると、将軍達もそれを受け入れるが彼らはロブェネル将軍をも睨み付けていた。
 老将軍も、そのことに気づいている。これでは、さっきまでの議論は前提がおかしい、などと言い出せなくなり、アルベルトはまた内心頭を抱える。

 将軍達からしてみれば、いきなり仲間に後ろから殴られたような物であり、元々昔他国に仕えていたロブェネル将軍を、生え抜きの人間達は快く思っていなかった。
 アルベルトも彼らの気持ちも分からなくはないが、摂政としては決して良い状況ではない。

 アルベルトはロブェネル将軍に総指揮を任せたかったが、ここまで反感が強いとなると、それは避けなければならない。
(王宮に居たかったけど、俺も出ないといけないな、こんな状況だと……)
 アルベルトは内心ため息をつきたくなるのを隠して休憩を告げる。
「一旦休憩としよう。落ち着く時間も必要だろうしな」













 会議が終わり、アルベルトは自室に戻る。結局、彼でも話の流れは修正しきれなかった。ロブェネル将軍とかはリューベックの王太子と同じ気持ちだったが、結局、内務省と一部将校達が感情的に拗れたのが最後まで尾を引いていた。
 会議の結果、長い議論の末に軍部と内務省の妥協が最終的に成立した。フリーランス王国領土に逆侵攻をかける場合でも深入りはさけ、国境地帯とその近辺までにとどめる。最終目標はフリーランス王国領ランド金山の攻略となった。そして内務省はその遠征に必要になる糧食を確保することになった。とんだ楽観論であるが、防衛戦が長引いたときには、遠征用として確保されていた物資がモノを言うだろうとアルベルトとロブェネル将軍は判断した。
 まあ内務省官僚達も、リューベック王国はそれなりに小麦等の備蓄はしているため、それを回せばそう金を使わぬと判断しそこは妥協している。
「オレンボー辺境伯と交渉する場合、内務省の反発は凄そうだな。内務省を従わせるのに軍に協力を求めるとして飴も考えないと行けないのか……」
 アルベルトは椅子にゆったりと座る。会議が始まる前にはエディトを呼んでいたのだが、今から閨を共にする気力ももはやリューベックの王太子にはなく、結局来るなと侍従に命じて伝えていた。


「やだやだ。王になんかならずに図書館の司書になって本の虫として一生を過ごしたいのに。子が出来たら出来る限り早く王位を譲って俺は本の虫になってやるからな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~

雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。 元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。 ※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

悪役令嬢の選んだ末路〜嫌われ妻は愛する夫に復讐を果たします〜

ノルジャン
恋愛
モアーナは夫のオセローに嫌われていた。夫には白い結婚を続け、お互いに愛人をつくろうと言われたのだった。それでも彼女はオセローを愛していた。だが自尊心の強いモアーナはやはり結婚生活に耐えられず、愛してくれない夫に復讐を果たす。その復讐とは……? ※残酷な描写あり ⭐︎6話からマリー、9話目からオセロー視点で完結。 ムーンライトノベルズ からの転載です。

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

転生皇太子は、虐待され生命力を奪われた聖女を救い溺愛する。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

処理中です...