小国の王太子。～優秀だが口煩いからと婚約破棄された超大国の大貴族チート令嬢を妻に迎え、彼女の力を借りて乱世での生存を目指します。

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第1部　第２章

小国の王太子、美人の選帝公令嬢に尋ねられる。（下）

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「なるほど。アリシア嬢のおっしゃる事はごもっとも。しかし、帝国が勢力均衡策を取れば教皇庁との対立を生むかもしれませんからね。アストゥリウ王国だけでなく教皇庁とやり合うとなれば帝国も苦戦は必至ですね」

　アルベルトがそう告げるとアリシアは首を横に振る。
「いえ、殿下。その前に教皇庁はアストゥリウ王国と事を構えるでしょう。フェリオル王は恐らくそれを望んでいるはずです」

　（簒奪王が教皇庁の戦を望んでいるだと……そんな事あるはずない。常識的に考えてテンプレ教国家が教皇庁と好き好んで戦いたい訳がない。）とアルベルトは内心思った。

　確かに教皇庁が簒奪王に使者を派遣しようとしている事はリューベック王国の王太子も知ってはいる。
　しかし、それは簒奪王も征服した異教徒の国を改宗させず属国として独立させた事を確認し、寄付と言う名の賄賂を要求する物だろう。そして、それは属国については今後改宗を進めていきますよと言って金を渡せば当面解決する話である。
　そして、簒奪王が先送りにすれば異教徒や異端とも手を組もうとするロアーヌ帝国と教皇庁がやり合う可能性が高くなるのは政治に通じている者であれば誰でも分かる事。
　簒奪王が教皇庁とやり合っても何の得もないはず……。これがアルベルトと言うより、ナーロッパの大半の王侯貴族の認識であった。

「金を渡せば教皇庁はロアーヌ帝国と対立する事は分かっているのに、何故簒奪王は教皇庁と事を構えるのでしょう？　簒奪王には何の得もないと思うのですが……」

「ありますわよ。属国であるザマー教諸国の信教を守るために戦った。その事実がそれら属国の信用を得るためのきっかけを得る事になりますから」
　アリシアの言葉にアルベルトはハッとなる。
「ザマー教諸国の支持をフェリオル王が取り付ければ、かの王は後顧の憂いなく東進できるようになります。例えフェリオル王に反発するアストゥリウ諸侯が挙兵したとしても、それらの戦力を持って平定できるようになりますからね。また、アフリ大陸（南大陸）のザマー教国家ともその属国の仲介で外交関係も持てるようになるかも知れませんね。教皇庁が存在したままでも、属国を隠れ蓑にした交易だけならば可能でしょうけれども……」

　アリシアは目で違いますか？　とアルベルトに訴える。
「確かにその通りです。しかし、教皇庁と戦う道を選べば教会から破門される可能性がある。そのリスクを冒してまで簒奪王が教皇との争いを選ぶでしょうか？」

　アルベルトの問いにアリシアは首を横に振ってから答えた。
「恐れながら殿下。破門するのは教会ではなく、まして神姫でもなく、あくまでも教皇です」と

　教皇領聖都ラテノ。
　ルイ・ディクレー司祭の父であるクレール・ディクレー司教は自分の個室の椅子に座っていた。
　元々、ディクレー家はフラリン王国の地方の神官の家系であり、彼も本来ならば司祭で人生を終えていたはずだった。
　だが、長女イリスが神姫に選ばれた事でディクレー家の運命は大きく変わった。
　クレールは一挙に司教まで出世し、テンプレ教中枢である教皇庁に転属となったのである。
　神姫とは簡単に言ってしまえばテンプレ教の象徴である。主神テンプレの子とされ、形式上はテンプレ教のトップである。たとえば今ではほぼナーロッパ北方に駆逐されてしまっているテンプレ教の異端諸派ですら、そのほとんどは神姫の権威は認めている。
　しかし、神の子たる神姫を俗世に煩わせてははならないとして、いつしか教会の運営をはじめとする俗事は教皇が代理で行うようになり、教皇とそれを補佐する教皇庁が教会勢力の中枢を担ってきた。
　しかし、聖典には教皇が神姫の代わりを務めるなどとはどこにも書かれていない。そういうわけで、教皇が実権を握っている事に反発したのが、大半の異端派の誕生の要因となっている。

　神姫にディクレー家の者が選ばれたのは、単にくじ引きの結果である。ディクレー家が名門だとかそういう事実はない。
　神姫が崩御すると、司祭以上の神官の娘のうち、その時点で5歳から10歳までの者の中からくじで新しい神姫が選ばれる。表向き、神姫は神託で選ばれるという事になっているが、実際は単なるくじ引きだというのは暗黙の了解であり、一般での認識はともかく、少なくとも司祭以上の家は皆そのことを知っている。
　そして、神姫に選抜されれば神の娘となり、生まれた家と縁が切られるのだが、まあ神姫の生家が厚遇されるのは習わしと言えた。
　そのため、ディクレー家の家格が跳ね上がったのである。

「元々、ルイが教皇領から離れるのは反対だったのだ」
　それをルイがフラリンの教会に赴任する事を望み、神姫イリスがそれを後押ししたため、どうする事もできなかった。
　まあ、超大国であるフラリン王国王都バリのノートン大聖堂に赴任したため、安全は保障されたような物だったのだが、そのフラリン王国がアストゥリウ王国に負け崩壊してしまった。
　流石の簒奪王フェリオルも教会には手を出していないようだったが、ルイは教皇領に戻る事を決めたらしい。
　明日か明後日ぐらいには到着すると手紙があり、心配でクレールは夜も眠れず寝不足である。
「しかし、ルイが帰ってくればその心配もなくなる」
　これから娘を教皇領から出さないとクレールは誓った。
　さらにクレールにとって喜ばしい事にルイの縁談の話が来ていた。
　相手の家は名門の家であり、ディクレー家にとって良縁であり、できる限り話を進めている。

　クレールは紅茶を飲みながら
「まあ、ルイも縁談が決まれば変な事を言い出す事は辞めるだろう。良い家に嫁ぎ、夫に仕え子を産み育てる事が女の幸せなのだからな」
　と呟いた。

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