上 下
23 / 137
第1部 第2章

選帝公ご令嬢、王都に入る。

しおりを挟む
 ナーロッパ歴1056年11月26日、リューベック王国王都リュベル。

 秋も終わりが近づき冬を迎えようとするリューベック王国王都リュベルは活気につつまれていた。
 リュベルはベルト海に面する海港を持っている。さらに帝国東部から北部、そしてリューベック王国南部と王都リュベルはエルヘン河で通じており、さらに西のフリーランス王国とその南にあるネーテル王国とはトラベ河で通じている。

 つまりリュベルは水運、海運の要衝であり、そのため賑わうのは当然と言えた。

 その様子を馬車の窓からアリシアは見ていた。
 (ここが私の第二の祖国となる国の王都。)
アリシアが心の中で呟いていると

「凄い活気ですね。ピルイン選帝公領の主都ザクソンより栄えているように見えます」
 アリシアの側仕えのクリスが、アリシアが見ているのと反対側の窓を見ながら感嘆したように言う。
 国力という観点で比べれば、ピルイン公領の方がリューベック王国を上回るだろうけれども、こと主都の賑わいという面では数歩劣るかもしれないと言うのはピルイン家の令嬢であるアリシアも認めざるを得ない。

「そうね。リュベルは交通の要衝に位置する交易都市。人の出入りが活発な分、都市の規模以上に賑わっているように見えるわね」

 リュベルの地の利に引かれて多数の商人がこの地を訪れる。自然、各国からの特産物も多く集まり、それがさらに多数の商人を引き寄せる。こうしてリュベルでは無数の取引が行われ、莫大な利益が上がっている。その結果、リューベック王国も相当の経済力を持つ国として知られている。

「しかし、リュベルが栄えても他の地域は取り残されると思いますがアルベルト殿下はどうお考えなのでしょう」
 リュベルだけの都市国家であるならば問題はないだろうが、リューベックは都市国家ではない。
 そして、リューベック王国の産業は交易を除けば造船業と王都近辺でのガラスの生産。あと強いて言えば細々と農業をやっているぐらいである。
 確かにリューベックガラスはテンプレ教国家では有名であり、リューベックのガラス工芸品は帝国貴族も購入している程だ。
 王都近辺は良いにせよ、他の地域には魅力的な仕事はない。王都への人口流出に歯止めはかからないだろう。
 そして、栄えている王都とはいえ職が無限にある訳でもない。スラム街の誕生、それに伴う治安の悪化等の問題を抱える事になる。

「お嬢様、お館様が申し上げた事をもうお忘れでございますか?」
 アリシアのつぶやきを聞きとがめたクリスが、少しだけ渋い表情で諭してくる。

 確かにサイラスから、嫁いだら政治や軍事の事に口を出すなと言われていた。
「そうだったわね」
 まだ嫁いだわけではないから、サイラスの言いつけに背いているわけではない。アリシアは一瞬そう返そうかとも思ったが、素直に引き下がって、黙って車窓から街の様子を眺めることにした。







その頃
 旧フラリン王国ヴェルサルユス宮殿国王執務室。

「お疲れ様でした、陛下」

 書類仕事を終えたフェリオルに背後に立っていたギニアスが声をかける。

「まあ、主に占領統治の物だからな。重要な物はレオンから送られてくるが、重要でない物はそのままだ。王都に帰ったら書類の山が相手だと思うと頭が痛い」

 フェリオルの冗談にギニアスは苦笑を浮かべ、
「ではレオンに戻り書類仕事を終わらせますか?」
 と口にする。

「バリの方が敵に近い以上こちらの方が都合が良かろう。兵糧もフラリン王国から接収した物で当面は保つ。短期間に往復する方が面倒だ。そなたもそれは分かっておろうに」

 諸侯軍は11月30日を目途に解散予定であり、旧フラリン王国領に当面駐留するのは黒旗軍1万8千程度である。1万8千の兵力なら本国から糧食を運ばずとも足りる。
 政治的に大きな仕事としては、諸侯達の論功行賞が残っているが、これはある意味では楽である。ラーンベルク戦中やラーンベルク戦直後に寝返ったり降伏した諸侯は本領をそのままとし、フラリン侵攻時に降伏した諸侯は所領を減らせば良い。そして、アストゥリウの旧王党派との戦いの時やラーンベルク戦前にフェリオルについた諸侯の所領を増やせば済む話だ。

 誰の目にもフェリオルに圧倒的に不利だったはずの状況で、真の勝ち馬を見抜いた諸侯はわずか6家、旧王党派との戦いの時期からフェリオルに従っていたのはわずか1家である。いずれも爵位が低い領主達だが、その眼力は加増に値する。
(まあ、論功行賞は教皇の件が片付いたら本格的に考えよう。どうせ、奴らは今は何も言えぬ)
 とフェリオルは心の中で呟いた。本来は愚策である。論功行賞とは戦後処理の要であり、中途半端に行えば味方すら敵に回す政治的劇物である。だが、フラリン全土の制圧という異常事態が、逆に先送りを可能とした。いずれ大規模な領土の再編があるのがわかりきっている以上、それまでは誰もがフェリオルの顔色を窺うしかない。ここで例えば謀反のような迂闊な動きを見せれば、近隣の領主なり不満を持っている臣下の手によって、功名稼ぎの好機とばかりに告発され取りつぶされるだけだろう。

「教皇につくであろう国をひとつふたつは内応させておきたい。候補としてはテラン半島諸国か」
 話題が変わる。フェリオルの表情も真剣なものなっている。
「後は強いて言うならばフラリン王国と組んでいた北方小国群の一つぐらいですね。……どこを狙いますか?」

「ザルテノかトスカナのどちらかとアプリアが理想だが、まあ教皇の使者が来てからだな。調略を仕掛けるのは」

 ザルテノ王国とトスカナ王国はテラン半島北部で覇権争いを繰り広げている国であり、さらにトスカナ王国は教皇領の一部を係争地としている。アプリア王国は半島南部の大半を領土としている国である。ただ、アプリア国王は熱狂的なテンプレ教の信者という事で有名であり、アストゥリウに内通する可能性は極めて低かった。しかし、今の段階で無理と諦めるには情報が少ないのも事実である。

 そして南部と北部の有力国家を出来れば内通させて残したいという事はフェリオル王は現状半島を統一させる意思はないという事である。
 まあ、分裂させていた方がアストゥリウに利があるとはギニアスも思っている事であるが。

「となると、教皇と決別するまでの間、諜者をトスカナとザルテノ、アプリア、教皇庁、そしてフラリン王国の属国群に集中させるようロンメル閣下に命令を出しておきます。それで宜しいですか?」

 ギニアスの提案にフェリオルは頷く。
「当面はそれだな。だが教皇庁と完全に決別するまでは天上の栄光に酔う狂い猿どもを刺激するなよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~

雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。 元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。 ※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

悪役令嬢の選んだ末路〜嫌われ妻は愛する夫に復讐を果たします〜

ノルジャン
恋愛
モアーナは夫のオセローに嫌われていた。夫には白い結婚を続け、お互いに愛人をつくろうと言われたのだった。それでも彼女はオセローを愛していた。だが自尊心の強いモアーナはやはり結婚生活に耐えられず、愛してくれない夫に復讐を果たす。その復讐とは……? ※残酷な描写あり ⭐︎6話からマリー、9話目からオセロー視点で完結。 ムーンライトノベルズ からの転載です。

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

転生皇太子は、虐待され生命力を奪われた聖女を救い溺愛する。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

処理中です...