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第1部 第1章
従者
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ナーロッパ歴1056年10月27日。
「エミリア、帝国大使との会談は確か今日だったよな?」
国王執務室に入り、書類が積まれた机の椅子に座りながらアルベルトは後ろに立つ銀髪の従者に尋ねる。
「14時に帝国大使ローン伯爵との会談が入ってるわ」
エミリアと呼ばれた女性の従者はため口であるがどこか親しそうな口調で答える。
エミリアはアルベルトの傅役(教育係)を務めたレーベン伯の娘で、血は繋がってはいないものの兄妹のように育った仲であり、気心が知れた幼馴染である。公の場は困るが、こういう2人しかいない状況では敬語を使わない事をアルベルトは許していた。
「めんどくさ……」とつぶやきながらアルベルトは書類に目を通していく。
目を通すべき書類は多く、時間はいくらあっても足りない。アルベルトはいつものことながら、
(兄上が健在ならこんな苦労しなくて済んだんだけどな)
と内心で呟いていた。
残念ながら、彼の兄である前王太子は5年前に病死してしまった。
このため、アルベルトは本人が望んでいなかった王太子となり、さらに父である国王が病に倒れた後は摂政ともなり、国政を一手に担うという大変な責務を背負わされていた。
「はあ。摂政や王太子なんかじゃなくて、王立図書館の司書になりたかった!そうすれば気兼ねなく娼館も通えたのに!!」
アルベルトの魂の叫びに、彼の従者はため息をついて、
「無理よ、諦めなさい。それにローズベルト殿下が健在でもアルベルト様は次期王弟、しかもナガコト王家直系の男児は少ないから色々制限はかけられたと思うわよ。」
といつも通り冷たく返したのである。
書類もある程度片付き、エミリアが入れてくれた紅茶でアルベルトは一服する。
「そろそろ婚姻の事も考えなければいけないのか」
「いきなりどうしたの?父上に何か言われた?」
エミリアが首を傾げながら尋ねる。
「軍務卿から前日言われたよ。そろそろお世継ぎの事もお考えくださいと。リューベック王国の重臣としてはそう言うしかないんだろうだけど……」
アルベルトは苦笑を浮かべながら答える。
リューベック王国の重臣とすれば、婚姻するかは別問題としてアルベルトには早急に子供を、出来れば男児をもうけて欲しいと言うのは当然の事であった。
現状ナガコト王家の直系はアルベルトと王女であるシャルロットしかいないのだから。
どうしようもなくなればシャルロット王女が王位を継ぐと言う手段もなくはないが、テンプレ教社会では男性優位であり女性に求められるのはあくまでも良妻賢母である以上リューベック王国としてはそれは極力避けたいのである。
流石にアルベルトが娼館で子供を作ったと言うのは論外であるが貴族の娘や王宮のメイドに手を付けて子供が出来ましたと言うのはリューベック王国臣下としては大歓迎である。
もっとも、それが大貴族の娘とかなると、王宮としては後に面倒となる可能性があるのではあるが、それはまた別問題であるし、第一ナガコト王家の存続の危機と比べればそれはたいした事ではない。
そして、それらの事はアルベルトも理解していた。
アルベルトは苦笑を浮かべて
「まあ俺は幼少の時は病弱だったからな。早く結婚して子供を作れと言うのも解るが……軍務卿の場合はな」
と続ける。
「父上は基本的に自家の権勢拡大しか考えていませんからね」
エミリアも苦笑を浮かべてアルベルトの言葉を引き継ぐ。
現軍務卿レーベン伯はアルベルトの傅役兼後見人として権勢を拡大させてきた。無論、レーベン伯を牽制する重臣らもおり、リューベック王国中枢は権力闘争の真っ最中である。そんな中エミリアがアルベルトの子供(男児)を身籠れば王宮の主導権を握れるし、そうなればエミリアを王太子妃とする事も不可能ではなくなる。将来の王妃を輩出し、その子供が次期王太子となればレーベン伯は外戚としてリューベック王国を事実上牛耳れるようになるだろう。
そのためにレーベン伯はそんな事を言い出したのだとアルベルトもエミリアも読んでいた。
「ただレーベン伯の思い通りに中々事は進めたくないんだよな」
アルベルトの言葉を聞いたエミリアはからかうような笑みを浮かべて
「あら。摂政殿下は私では御不満ですか?」
と尋ねる。
「エミリアは十分美人だと思うけど、付き合いが長すぎてそう言う事をしたいと全く思わないんだよな」
とアルベルトは答えたが、これはアルベルトにとって本心であった。
必要があれば閨(性行為)を共にするすることは厭わないが、それでもエミリアとは付き合いが長すぎて欲情する事はまずない。
「それもあるのでしょうけどレーベン伯爵家がこれ以上力をつけさせないないためと言うのもあるわよね?」
エミリアは柔らかい笑みを浮かべて口を開く。
「御明察。良く解ったね」
アルベルトの答えを聞いたエミリアは肩をすくめて
「まあ付き合いが長いからね。アルベルト様が何を考えているかなんてだいたいは予想つくわ」
と答える。
後見人であるレーベン伯爵の力が強くなった方が、アルベルトも政を動かしやすくなるのは事実である。一方でレーベン伯爵の力が強まりすぎて対抗出来る貴族がいなくなるのもナガコト王家の将来を考えるとリューベック王国の摂政としては容認出来ない。
「とは言えこのまま状況が進むとエミリアを王妃として迎える可能性が結構あるんだよな」
とアルベルトは頭を掻きながら呟いた後、紅茶を飲み干して残った報告書を取り、読み始めた。
「エミリア、帝国大使との会談は確か今日だったよな?」
国王執務室に入り、書類が積まれた机の椅子に座りながらアルベルトは後ろに立つ銀髪の従者に尋ねる。
「14時に帝国大使ローン伯爵との会談が入ってるわ」
エミリアと呼ばれた女性の従者はため口であるがどこか親しそうな口調で答える。
エミリアはアルベルトの傅役(教育係)を務めたレーベン伯の娘で、血は繋がってはいないものの兄妹のように育った仲であり、気心が知れた幼馴染である。公の場は困るが、こういう2人しかいない状況では敬語を使わない事をアルベルトは許していた。
「めんどくさ……」とつぶやきながらアルベルトは書類に目を通していく。
目を通すべき書類は多く、時間はいくらあっても足りない。アルベルトはいつものことながら、
(兄上が健在ならこんな苦労しなくて済んだんだけどな)
と内心で呟いていた。
残念ながら、彼の兄である前王太子は5年前に病死してしまった。
このため、アルベルトは本人が望んでいなかった王太子となり、さらに父である国王が病に倒れた後は摂政ともなり、国政を一手に担うという大変な責務を背負わされていた。
「はあ。摂政や王太子なんかじゃなくて、王立図書館の司書になりたかった!そうすれば気兼ねなく娼館も通えたのに!!」
アルベルトの魂の叫びに、彼の従者はため息をついて、
「無理よ、諦めなさい。それにローズベルト殿下が健在でもアルベルト様は次期王弟、しかもナガコト王家直系の男児は少ないから色々制限はかけられたと思うわよ。」
といつも通り冷たく返したのである。
書類もある程度片付き、エミリアが入れてくれた紅茶でアルベルトは一服する。
「そろそろ婚姻の事も考えなければいけないのか」
「いきなりどうしたの?父上に何か言われた?」
エミリアが首を傾げながら尋ねる。
「軍務卿から前日言われたよ。そろそろお世継ぎの事もお考えくださいと。リューベック王国の重臣としてはそう言うしかないんだろうだけど……」
アルベルトは苦笑を浮かべながら答える。
リューベック王国の重臣とすれば、婚姻するかは別問題としてアルベルトには早急に子供を、出来れば男児をもうけて欲しいと言うのは当然の事であった。
現状ナガコト王家の直系はアルベルトと王女であるシャルロットしかいないのだから。
どうしようもなくなればシャルロット王女が王位を継ぐと言う手段もなくはないが、テンプレ教社会では男性優位であり女性に求められるのはあくまでも良妻賢母である以上リューベック王国としてはそれは極力避けたいのである。
流石にアルベルトが娼館で子供を作ったと言うのは論外であるが貴族の娘や王宮のメイドに手を付けて子供が出来ましたと言うのはリューベック王国臣下としては大歓迎である。
もっとも、それが大貴族の娘とかなると、王宮としては後に面倒となる可能性があるのではあるが、それはまた別問題であるし、第一ナガコト王家の存続の危機と比べればそれはたいした事ではない。
そして、それらの事はアルベルトも理解していた。
アルベルトは苦笑を浮かべて
「まあ俺は幼少の時は病弱だったからな。早く結婚して子供を作れと言うのも解るが……軍務卿の場合はな」
と続ける。
「父上は基本的に自家の権勢拡大しか考えていませんからね」
エミリアも苦笑を浮かべてアルベルトの言葉を引き継ぐ。
現軍務卿レーベン伯はアルベルトの傅役兼後見人として権勢を拡大させてきた。無論、レーベン伯を牽制する重臣らもおり、リューベック王国中枢は権力闘争の真っ最中である。そんな中エミリアがアルベルトの子供(男児)を身籠れば王宮の主導権を握れるし、そうなればエミリアを王太子妃とする事も不可能ではなくなる。将来の王妃を輩出し、その子供が次期王太子となればレーベン伯は外戚としてリューベック王国を事実上牛耳れるようになるだろう。
そのためにレーベン伯はそんな事を言い出したのだとアルベルトもエミリアも読んでいた。
「ただレーベン伯の思い通りに中々事は進めたくないんだよな」
アルベルトの言葉を聞いたエミリアはからかうような笑みを浮かべて
「あら。摂政殿下は私では御不満ですか?」
と尋ねる。
「エミリアは十分美人だと思うけど、付き合いが長すぎてそう言う事をしたいと全く思わないんだよな」
とアルベルトは答えたが、これはアルベルトにとって本心であった。
必要があれば閨(性行為)を共にするすることは厭わないが、それでもエミリアとは付き合いが長すぎて欲情する事はまずない。
「それもあるのでしょうけどレーベン伯爵家がこれ以上力をつけさせないないためと言うのもあるわよね?」
エミリアは柔らかい笑みを浮かべて口を開く。
「御明察。良く解ったね」
アルベルトの答えを聞いたエミリアは肩をすくめて
「まあ付き合いが長いからね。アルベルト様が何を考えているかなんてだいたいは予想つくわ」
と答える。
後見人であるレーベン伯爵の力が強くなった方が、アルベルトも政を動かしやすくなるのは事実である。一方でレーベン伯爵の力が強まりすぎて対抗出来る貴族がいなくなるのもナガコト王家の将来を考えるとリューベック王国の摂政としては容認出来ない。
「とは言えこのまま状況が進むとエミリアを王妃として迎える可能性が結構あるんだよな」
とアルベルトは頭を掻きながら呟いた後、紅茶を飲み干して残った報告書を取り、読み始めた。
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