上 下
7 / 137
第1部 第1章

ラーンベルク夜襲戦(下)1

しおりを挟む
「何故だ!? 何故こんな事が起こる!?」
 つま先までも覆う、金色の甲冑をつけ終わり、テントの外に出たメンデル2世は自分の目がとらえた光景を信じる事ができなかった。

 本営を守備していた将兵は狼に襲われた羊の群のごとく追い散らされ、あるいは死骸の山となりつつある。

 そればかりか、いかなる敵兵の接近をも許さないメンデル2世の本営近くまで、黒色の軍団が迫っていたのだ。

(こやつらは、いったいどこから現れたのだ?)

 いくら考えても答えは出てこない。
 しかし、その間にも破局は確実に進行していた。

 本営とその周辺にいたフラリン軍は消滅したも当然。
 最後に残った近衛隊が国王の本営を懸命に守っているという状況にまで追い詰められていた。

「こんなふざけた事があって良いはずがない……」

 粗末な黒い武具をつけている敵兵にきらびやかな金や銀の甲冑をつけた近衛兵が討たれていくのを見ながら、無意味な事を呟いたまさにその時、近衛隊の抵抗は限界点を超えた。

 フラリン兵らは逃走の足手まといになる弓や槍などを投げ捨てていく。
 踏みとどまれと叫ぶ騎士に襲いかかり、馬を奪って逃げる兵士さえいた。

「陛下、西方に逃れて主力軍と合流し、再起をおはかりください」

 あまりに早い破局の進行に呆然としているメンデル2世に向かって、近衛騎士の一人が叫ぶ。

 その言葉に、メンデル2世も我に返った。

 このままでは討ち死にどころか、不名誉な捕虜とされる恐れすらある。

「馬を引け!」

 国王の命を受け、国王の馬に鞍が置かれ、引き出されたその時、敵とメンデル2世の間にかろうじて立ちふさがっていた近衛隊の残存部隊の薄い防衛線が破られた。

 黒い雪崩が金や銀の点を飲み込み、メンデル2世の背後に立つフラリン王国の国旗をめがけて、まっすぐに押し寄せてくる。

 その軍勢の先頭に黒の兜と甲冑をつけた騎士が約30騎……。
 その騎士らが味方の軍勢からみるみるうちに突出してゆく。
 敵味方注視される中、その騎士らはフラリンの本営に斬り込もうかという状況になった。

 無謀とさえ思われる騎士らの行動に呆然としていたメンデル2世の近衛騎士達も我に返り、憤怒の叫びを上げる。
「命知らずが!」

「貴様らの思い上がり、すぐに後悔させてやるわ!」

 彼らは口々にわめきながら、近衛騎士達40騎程が愛馬をアストゥリウ王国の騎士らの方に向けて突進した。
 加速した両軍の騎兵の集団が激突する。
 槍に貫かれ馬から落馬する騎士、馬が傷つけられ、馬とともに倒れる騎兵が続出したが、それらはほとんどがフラリンの近衛騎士達であった。超大国の国王の近衛騎士なだけあって、腕に覚えがある者を揃えていたと言うのに、 そのアストゥリウの騎士らの武芸の前には無力に近かったのである。

 そして生き残ったフラリン騎兵を排除したアストゥリウ騎兵はさらにスピードをつけて本営に突進し、残っていたフラリンの近衛兵を蹴散らしていく中、6騎程の騎兵がフラリン王メンデル2世を取り囲み、一騎の騎士が彼に近づく。

「何やつ!?」
 とうとう、兜の飾りを見分けられる程まで近づいてきたた騎士を見つめ、メンデル2世が思わず疑問を口にする。
 それに答えるがごとく、馬上でその騎士は兜に手をかけ、空高く投げ上げた。


「貴様はフェリオル・オーギュースト!」
 メンデル2世の叫びにフェリオルは不敵な笑みで返した。

「アストゥリウ王国との不可侵条約を破りし不義の国王メンデル2世・フッテンボルクよ。そなたの汚れた身を、アストゥリウ王国国王フェリオル・オーギューストがこの手で討ち取ってつかわす」
 整ったフェリオルの顔に、勝利の確信がみなぎっている。
「光栄に思うが良い!」

「黙れ、汚らわしい父殺しめが!」

 メンデル2世は剣を抜き放ち、馬をフェリオルの方に突進させ、フェリオルの胴を狙う。

 しかし、フェリオルが軽やかに剣を振るうとともに、メンデル2世の剣がおもちゃのごとく、弾き飛ばされる。
 立ちすくむメンデル2世にフェリオルは剣を胸に突きつけた。

「斬れ。捕虜の辱めは受けぬ」

 覚悟を決めたのか、蒼白になりながらも王の誇りをうかがわせる事をメンデル2世は口にする。

「そうか、ならば死ね。メンデル2世!」

 フェリオルはそのままメンデル2世の胸を剣で突き刺すと、フラリン王国国王の体は地面にたたきつけられる。不安定な馬上にあって、王を甲冑ごと容易く貫いたその膂力は尋常の物ではない。

 この瞬間、彼の勝利が決まったといっても良い。
 なのに……。
 奇跡に近い勝利を上げたフェリオルの顔には何故か憂いたものが感じられた。

「アラン、これで私はそなたの仇になってしまった。しかし、抵抗しなければ、そなたとは戦わなくて済む。そうすればこれ以上ジルを悲しませる事は……未練だな」

 金髪のかつての親友の姿を思い浮かべる。

 戦場にあってその場とかけ離れたことを考えるという、らしからぬ油断をしていたフェリオルだが、その思考はアストゥリウ王国の将兵が上げた歓声で中断される。
 自ら敵王を討ち取ったフェリオルの戦いぶりに彼らは心から「フェリオル王万歳!」と言う賛嘆を捧げていたのである。

「皆の者、この戦い、我々の勝ちだ。このままラーンベルク要塞を包囲する敗残兵を討ち滅ぼしナーロッパ中の豚(王族や大貴族等)どもに知らせてやれ。お前らの時代はまもなく終わると!」
 そして、フェリオルが高く剣を上げ、振り下ろすと、兵士達は「我らの王!我らの王!」と言う歓声を上げた後に進軍を開始する。

 フェリオル直卒軍だけでなく、角笛が鳴らされたのを確認したアノー軍団も西に向かう。カリウス・オブラエン将軍率いるラーンベルク要塞守備軍が釘付けにしている、軍務卿ローベル公が指揮を取るフラリン軍主力の背後をつくために。

 そして、ラーンベルク夜襲戦は最終局面を迎える。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~

雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。 元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。 ※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

悪役令嬢の選んだ末路〜嫌われ妻は愛する夫に復讐を果たします〜

ノルジャン
恋愛
モアーナは夫のオセローに嫌われていた。夫には白い結婚を続け、お互いに愛人をつくろうと言われたのだった。それでも彼女はオセローを愛していた。だが自尊心の強いモアーナはやはり結婚生活に耐えられず、愛してくれない夫に復讐を果たす。その復讐とは……? ※残酷な描写あり ⭐︎6話からマリー、9話目からオセロー視点で完結。 ムーンライトノベルズ からの転載です。

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

転生皇太子は、虐待され生命力を奪われた聖女を救い溺愛する。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

処理中です...