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第5章

第158話 王立王都大学

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 そして、ベータポリスへ向かう朝が来た――

 ポーラさんがギルドベースやって来たあの日から、詰め込んだ仕事をよくこなして来たと思う。
 やり残したことや心配事もなくこの日を迎えられた自分を褒めてあげたい。

 いや……唯一心配事があるとすれば、シンポジウムで俺が発表する内容についてだ。
 これまでのロックとの生活で気づいたことを書き出し、特に興味深かったり、印象に残っていたりする出来事をピックアップした。

 そうして完成した台本は、正直良い出来栄えになっていると思う。
 キルトさんに言われた通り、俺は学者の前で胸を張って話すつもりだ。

 それでも、やはり発表の場に立った経験がないという事実は重く、ふとした瞬間に俺を不安にさせるのだった……。

「3人とも、頑張ってね! 留守の間は私がバリバリ働くから、こっちのことは気にしなくていいよ」

 ギルドベースの外まで見送りに来てくれたキルトさんは、ドンと胸を張ってそう言った。
 フゥ、クリムさん、アズキさんも朝早いのに外に出てくれている。

「はい……! 今まで積み重ねて来たものを……出し切ります……!」

 冒険者の仕事は減らしているとはいえ、その分シンポジウムの準備が忙しかったシウルさんには若干の疲れが見えた。
 しかし、それ以上に彼女のやる気と熱意はみなぎっているようだ。

「クゥ~!」

 ロックは気楽なものだ。
 特に緊張する素振りもなく、いつも通りに日々を過ごしていた。
 流石は伝説の魔獣ドラゴン。細かいことに囚われたりはしない。

「それでベータポリスに向かう馬車は……あっ、ここまで来てくれないんだったね」

 キルトさんの言う通り、いつもみたいに馬車がギルドベースの前までは来てくれない。
 ガンバーラボの研究員たちが、治安の悪い下町に馬車を送るのを恐れたらしい。

 だから、馬車は王立王都大学のキャンパスにやって来る。
 俺たちは集合時間までに王都の中心にあるキャンパスに向かわなければならない。

「では、そろそろ……」

 キャンパスに向かおうと思った時、フゥがやたら周囲を気にしていることに気づいた。

「フゥ、怪しい人影でも見かけたか?」

「いや、違うのだ……。最近、村にいる父様から『お前のために新開発した武器を送る』という便りが届いてな。それが置く場所に困るような代物だから断ったのだが……何やら無理やり送りつけて来そうな気がしているのだ。一体、どうやって届けるつもりやら……」

 父であるソル族長からの贈り物が届くのを気にしているわけか。
 普通なら親からのプレゼントにそわそわする娘という微笑ましい構図だけど、置く場所に困る武器とは一体……?

「まあ、こちらのことはこちらで解決する。ユートたちは気にせず自らの使命を果たして来い」

 めちゃくちゃ気になるけど、いつ来るかわからない荷物を待つわけにもいかない。
 フゥの言う通り、雑念を振り払って今やるべきことに専念しよう。

「では、行ってきます!」

「クゥ! ク~!」

「王都から私たちのこと応援しててよね~!」

 みんなに見送られながら俺たちは下町を離れ、王立王都大学のキャンパスへと歩き出した。

 ◇ ◇ ◇

 それから数十分後――
 俺とシウルさんにとっては住み慣れた王都の中心街へと出て来た。

 王立王都大学はその名の通り、王によって作られた歴史ある大学だ。
 ヘンゼル王国における最高学府であり、国中から天才や秀才たちが集まって来る。

 ゆえに広いキャンパスにもかかわらず、その立地は王都の中心に近い。
 治安はいいし、すぐ近くにいろんなお店が揃った繁華街がある。
 ちなみに大学敷地内には遠方から来た学生のために寮も完備しているらしい。

 もし一般人がお金で同じ土地を買おうとすれば、一体どれだけの桁が必要になるか……想像もつかない。
 そんないい土地を独占しているのもあるんだろうけど、レベルの高い教育を受けるための学費も相当なものと聞く。

 身分に関係なく優秀な生徒は特待生となり、いろいろお金の面で融通ゆうずうが利くようだけど、そうでなければ高い学費を払える裕福な家の人しか入れないだろうなぁ。
 自分で働きながら学費を払うというのは、現実的ではないと思う。

 まあ、まったく勉学に興味を示さない田舎少年だった俺は、大学の内情なんて知るよしもないんだけどね……。

「着いたわよ、ユート。ここが王立王都大学キャンパス!」

「何度見ても、ここだけ別世界のような雰囲気がありますね……!」

 俺も『黒の雷霆』に所属していた頃は王都の中心街を拠点にしていただけあって、このキャンパスの前を何度か通っている。
 それでも、この景色を見慣れるということはなかった。

 歴史ある学びの建築様式は古いが、その姿は王城と並ぶほど荘厳そうごんで美しい。
 使われている赤いレンガは色が落ちてムラが出ている部分もあるけど、それがまた年季を感じて味があると思う。

 建物だけじゃなく、それを取り囲む空間の使い方にもゆとりがある。
 敷地内にはたくさん建物があるんだけど、適度に間隔を開けているので息が詰まる感じがなく、のびのびとした開放感があるんだ。

 芝生の広場やベンチでは、学生たちが俺の理解出来ないであろう話題を語らっているのが、敷地の外からでも見える。

 今でもここは俺にとって別世界だ。
 真ん前まで来てもまだ、俺が足を踏み入れていい世界とは思えなかった。

「さっ、入るわよ」

「あ、はい」

 シウルさんは俺と腕を組んで、キャンパス内へずかずかと入る。
 彼女は何度も研究室に出入りしているから当然だけど、ちょっとこの空間を特別視していた俺にとってはその勢いが何だかおかしくって……自然と笑顔になってしまった。
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