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第1章
第1話 俺のギフトは草
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秘術覚醒の儀――それはボーデン王国各地で毎年行われる儀式。
その年14歳となる少年少女を集め、ギフトと呼ばれる特殊能力を授ける。
ギフトは選ぶことが出来ない。
自分が望むギフトがあったとしても、それを授けられないことは多々ある。
仕方ないと割り切って、与えられたギフトで生きていく――
何かしらの能力を与えられるだけで儲けもんだと、平民たちは気楽に考えていた。
しかし、この国を動かす王族、貴族となるとそうもいかない。
「このドラ息子が! あれだけ熱心に指導してやったのに、どうして武術系のギフトを授かれんのだ!!」
「ごめんなさい……お父様……」
各地で行われる秘術覚醒の儀で、最も空気が張り詰めている会場はボーデン王国王城『覚醒の間』だろう。
広間の中央に鎮座する巨大な石板の前に立てば、その者に与えられたギフトの名前が浮かび上がる。
今ギフトを授かり、父に叱責されている少年は王国騎士団副団長の息子だ。
自分の次の代で団長の座を奪い、一族ごと成り上がろうとしていた父からすれば、息子が授かった【記憶術】のギフトはまったく望むものではなかった。
魔法を扱える『魔術系』か、戦技を扱える『武術系』のギフトを授かれば、戦闘能力の向上だけでなく純粋な身体能力そのものが底上げされる。
しかし、どちらにも属さない『特殊系』は戦闘に向かないものが多い。
無論、記憶能力を大幅に向上させる【記憶術】のギフトが役立たずなわけではない。
座学を極めようとする者にとっては、喉から手が出るほど欲しいギフトだ。
だが、力こそ正義である王国騎士団のトップに立つ者にはふさわしくないのも事実……。
「ふんっ……普段からあからさまな欲望を垂れ流しておるから、こういうことになるのだ」
王国騎士団団長ノルマン・ウェブスターは副団長の醜態を鼻で笑った後、目の前に並び立つ3人の息子に向き直った。
息子たちは全員14歳。つまり、三つ子として生まれた。
彼らの母は出産からわずか数時間で亡くなってしまったため、乳母によって育てられた。
父であるノルマンは妻を失った悲しみを埋めるように騎士団長としての仕事に邁進し、子どもと会う機会はそう多くなかった。
しかし、時間が出来た時には三つ子を厳しく鍛えた。
特に体が強かった長男ウォルトへの指導は過酷と言っていいほどだった。
だが、それは愛情の裏返し……。
ノルマンは『ウォルトは俺を超えて最強の団長になる男だ!』とあらゆる場所で公言していた。
「さあ、お前たちの番が来たぞ。石板の前に立つのだ」
ノルマンが息子たちに石板を指し示す。
「なぁに、心配などしておらん。お前たち3人全員が騎士として立派に活躍する姿が目に浮かぶ。それこそ、夢にも出て来るくらいだからな!」
豪快に笑う父に背中を押され、まずは三男のアストンが石板に向かう。
「行ってきます……父さん、兄さん!」
三つ子だがアストンの背は兄弟と比べて頭一つ低い。
中性的な顔立ちと線の細い体は、女の子に間違えられるほどだ。
アストンは淡い緑色の髪を不安そうにいじりながら、一歩ずつ石板へ近づく。
そして、石板の前に立った時に浮かび上がったのは……【双剣術】の文字だった。
「「「おおっ……!」」」
覚醒の間全体がどよめく。
武術系ギフトの中でも王道の剣術、それも2つの剣を同時に扱う二刀流の才能。
騎士を目指す者には最適とも言えるギフトだった。
しかも、父であるノルマンが授かったギフトは【大剣術】だったため、多少形は変われど親の才能が子に受け継がれたようで、ノルマンは大変満足げな表情を浮かべた。
「よくやったぞ、アストン! 貧弱な体でも鍛錬を続けて来て良かっただろう!」
「はい、父さん! なんだかギフトを授かった途端、体そのものが強くなったような気分です!」
「それは気分ではなく事実だ。今までは100にすら届かなかった体力値が300を超えている。双剣を扱うには器用さが求められるゆえに、技力値にも著しい上昇が見られる」
ノルマンは部下の騎士に持たせた水晶のボードを確認しながら言う。
この板状に加工された水晶は薄い大判本ほどの大きさで、指定した人物が持つ身体能力を5つのカテゴリーに分け、数値として表示する機能を持っている。
ギフトは人が持つ身体能力――つまり『5つの能力値』にも影響を与える。
立つことすら出来ないほど脚が弱っていた子どもが、脚を使って戦う【蹴撃術】のギフトを与えられた途端、そこらじゅうを走り始めたなんて逸話も残っている。
まさにギフトは人生を左右する贈り物なのだ。
「次、ニールも行くのだ!」
次男ニールは弟がいわゆる『当たり』のギフトを授かったことに複雑な表情を浮かべていた。
兄弟に対してのライバル意識が人一倍強いニールは、兄はまだしも弟にだけは負けたくないという意識があった。
「へっ……! 見てろよ、俺だって!」
いつも兄と比べられた結果、兄弟の中で最も荒っぽい性格に育ったニール。
長く伸ばした緑色の髪と派手なピアスを揺らし、大股でずかずかと石板の前に立つ。
……だが、その体はかすかに震えていた。
周りの大人たちも固唾を呑んで見守る中、石板に浮かび上がったのは……【光魔術】。
「「「おおっ……!」」」
またもや覚醒の間全体がどよめく。
魔術系ギフトには複数の属性があり、それによって扱える魔法の種類も変わって来る。
その中でも『光』は最も希少な属性の1つで、まだまだ謎も多い。
だが、その力が強大であることだけはわかっている。
「ふん……! どうだ! 悪くないだろうっ!」
ニールは早速手のひらに光の球を作り出し、この場にいるすべての人間に見せつける。
もちろん、それを見て一番に評価してほしい相手は父であるノルマンだ。
「魔力値が爆発的に上昇……500に迫る勢いだと……! 素晴らしいぞ、ニール! 流石は俺の息子だ! ウェブスター家の未来は明るい!」
手放しで褒めるノルマンを見てご満悦のニールが石板の前から去る。
そして残ったのは……長男ウォルト。
「さあ……行くのだ、ウォルト! お前がウェブスター家の黄金時代を完成させろ! そして、完全無欠の息子となれ!」
「頑張って、兄さん!」
「俺を超えてみろよ、兄貴!」
「ああ! やってやるさ!」
家族の声援を背中に受け、今ウォルトが石板の前に立つ。
この場にいる全員が、三つ子の中で最も優れている男にどんなギフトが与えられるのかに興味津々だ。
ギフトを授かる前なら、最も高い能力値で300あれば優秀と言われる中で、ウォルトはすべての能力値が500に迫る神童だった。
生まれた時点でギフトを与えられていた男……なんて異名まであるほどだ。
(大丈夫……大丈夫……)
深呼吸を繰り返し、気分を落ち着かせるウォルト。
与えられた才能におごらず、地道な鍛錬を積み重ねて来た優しい少年だ。
彼を妬む人間は多くいるが、それはあくまでも才能を妬んでいるに過ぎない。
その存在を厄介に思われつつも、陰口を叩かれるような人間ではなかった。
そんなウォルトが心臓の高鳴りを感じながら石板の前に立つ。
そして、文字が浮かび上がるのを待った。
(……なかなか浮かび上がってこないけど、気のせいかな?)
少し弟たちと比べて文字が浮かび上がってくるのが遅いように感じたが、それは緊張のせいで体感時間が引き延ばされているのだとウォルトは考えた。
だが、それは間違いだった。
明らかに弟たちと比べて文字が浮かび上がってくるのは遅かったのだ。
それはウォルトに与えられたギフトに、石板すらも困惑していたからなのかもしれない。
時間をかけて徐々に浮かび上がる文字に全員の視線が集まる中、現れたのは――
「「「草……っ!?」」」
魔術系でも武術系でも特殊系でもない。
そもそも『術』ですらない……【草】の一文字だった。
その年14歳となる少年少女を集め、ギフトと呼ばれる特殊能力を授ける。
ギフトは選ぶことが出来ない。
自分が望むギフトがあったとしても、それを授けられないことは多々ある。
仕方ないと割り切って、与えられたギフトで生きていく――
何かしらの能力を与えられるだけで儲けもんだと、平民たちは気楽に考えていた。
しかし、この国を動かす王族、貴族となるとそうもいかない。
「このドラ息子が! あれだけ熱心に指導してやったのに、どうして武術系のギフトを授かれんのだ!!」
「ごめんなさい……お父様……」
各地で行われる秘術覚醒の儀で、最も空気が張り詰めている会場はボーデン王国王城『覚醒の間』だろう。
広間の中央に鎮座する巨大な石板の前に立てば、その者に与えられたギフトの名前が浮かび上がる。
今ギフトを授かり、父に叱責されている少年は王国騎士団副団長の息子だ。
自分の次の代で団長の座を奪い、一族ごと成り上がろうとしていた父からすれば、息子が授かった【記憶術】のギフトはまったく望むものではなかった。
魔法を扱える『魔術系』か、戦技を扱える『武術系』のギフトを授かれば、戦闘能力の向上だけでなく純粋な身体能力そのものが底上げされる。
しかし、どちらにも属さない『特殊系』は戦闘に向かないものが多い。
無論、記憶能力を大幅に向上させる【記憶術】のギフトが役立たずなわけではない。
座学を極めようとする者にとっては、喉から手が出るほど欲しいギフトだ。
だが、力こそ正義である王国騎士団のトップに立つ者にはふさわしくないのも事実……。
「ふんっ……普段からあからさまな欲望を垂れ流しておるから、こういうことになるのだ」
王国騎士団団長ノルマン・ウェブスターは副団長の醜態を鼻で笑った後、目の前に並び立つ3人の息子に向き直った。
息子たちは全員14歳。つまり、三つ子として生まれた。
彼らの母は出産からわずか数時間で亡くなってしまったため、乳母によって育てられた。
父であるノルマンは妻を失った悲しみを埋めるように騎士団長としての仕事に邁進し、子どもと会う機会はそう多くなかった。
しかし、時間が出来た時には三つ子を厳しく鍛えた。
特に体が強かった長男ウォルトへの指導は過酷と言っていいほどだった。
だが、それは愛情の裏返し……。
ノルマンは『ウォルトは俺を超えて最強の団長になる男だ!』とあらゆる場所で公言していた。
「さあ、お前たちの番が来たぞ。石板の前に立つのだ」
ノルマンが息子たちに石板を指し示す。
「なぁに、心配などしておらん。お前たち3人全員が騎士として立派に活躍する姿が目に浮かぶ。それこそ、夢にも出て来るくらいだからな!」
豪快に笑う父に背中を押され、まずは三男のアストンが石板に向かう。
「行ってきます……父さん、兄さん!」
三つ子だがアストンの背は兄弟と比べて頭一つ低い。
中性的な顔立ちと線の細い体は、女の子に間違えられるほどだ。
アストンは淡い緑色の髪を不安そうにいじりながら、一歩ずつ石板へ近づく。
そして、石板の前に立った時に浮かび上がったのは……【双剣術】の文字だった。
「「「おおっ……!」」」
覚醒の間全体がどよめく。
武術系ギフトの中でも王道の剣術、それも2つの剣を同時に扱う二刀流の才能。
騎士を目指す者には最適とも言えるギフトだった。
しかも、父であるノルマンが授かったギフトは【大剣術】だったため、多少形は変われど親の才能が子に受け継がれたようで、ノルマンは大変満足げな表情を浮かべた。
「よくやったぞ、アストン! 貧弱な体でも鍛錬を続けて来て良かっただろう!」
「はい、父さん! なんだかギフトを授かった途端、体そのものが強くなったような気分です!」
「それは気分ではなく事実だ。今までは100にすら届かなかった体力値が300を超えている。双剣を扱うには器用さが求められるゆえに、技力値にも著しい上昇が見られる」
ノルマンは部下の騎士に持たせた水晶のボードを確認しながら言う。
この板状に加工された水晶は薄い大判本ほどの大きさで、指定した人物が持つ身体能力を5つのカテゴリーに分け、数値として表示する機能を持っている。
ギフトは人が持つ身体能力――つまり『5つの能力値』にも影響を与える。
立つことすら出来ないほど脚が弱っていた子どもが、脚を使って戦う【蹴撃術】のギフトを与えられた途端、そこらじゅうを走り始めたなんて逸話も残っている。
まさにギフトは人生を左右する贈り物なのだ。
「次、ニールも行くのだ!」
次男ニールは弟がいわゆる『当たり』のギフトを授かったことに複雑な表情を浮かべていた。
兄弟に対してのライバル意識が人一倍強いニールは、兄はまだしも弟にだけは負けたくないという意識があった。
「へっ……! 見てろよ、俺だって!」
いつも兄と比べられた結果、兄弟の中で最も荒っぽい性格に育ったニール。
長く伸ばした緑色の髪と派手なピアスを揺らし、大股でずかずかと石板の前に立つ。
……だが、その体はかすかに震えていた。
周りの大人たちも固唾を呑んで見守る中、石板に浮かび上がったのは……【光魔術】。
「「「おおっ……!」」」
またもや覚醒の間全体がどよめく。
魔術系ギフトには複数の属性があり、それによって扱える魔法の種類も変わって来る。
その中でも『光』は最も希少な属性の1つで、まだまだ謎も多い。
だが、その力が強大であることだけはわかっている。
「ふん……! どうだ! 悪くないだろうっ!」
ニールは早速手のひらに光の球を作り出し、この場にいるすべての人間に見せつける。
もちろん、それを見て一番に評価してほしい相手は父であるノルマンだ。
「魔力値が爆発的に上昇……500に迫る勢いだと……! 素晴らしいぞ、ニール! 流石は俺の息子だ! ウェブスター家の未来は明るい!」
手放しで褒めるノルマンを見てご満悦のニールが石板の前から去る。
そして残ったのは……長男ウォルト。
「さあ……行くのだ、ウォルト! お前がウェブスター家の黄金時代を完成させろ! そして、完全無欠の息子となれ!」
「頑張って、兄さん!」
「俺を超えてみろよ、兄貴!」
「ああ! やってやるさ!」
家族の声援を背中に受け、今ウォルトが石板の前に立つ。
この場にいる全員が、三つ子の中で最も優れている男にどんなギフトが与えられるのかに興味津々だ。
ギフトを授かる前なら、最も高い能力値で300あれば優秀と言われる中で、ウォルトはすべての能力値が500に迫る神童だった。
生まれた時点でギフトを与えられていた男……なんて異名まであるほどだ。
(大丈夫……大丈夫……)
深呼吸を繰り返し、気分を落ち着かせるウォルト。
与えられた才能におごらず、地道な鍛錬を積み重ねて来た優しい少年だ。
彼を妬む人間は多くいるが、それはあくまでも才能を妬んでいるに過ぎない。
その存在を厄介に思われつつも、陰口を叩かれるような人間ではなかった。
そんなウォルトが心臓の高鳴りを感じながら石板の前に立つ。
そして、文字が浮かび上がるのを待った。
(……なかなか浮かび上がってこないけど、気のせいかな?)
少し弟たちと比べて文字が浮かび上がってくるのが遅いように感じたが、それは緊張のせいで体感時間が引き延ばされているのだとウォルトは考えた。
だが、それは間違いだった。
明らかに弟たちと比べて文字が浮かび上がってくるのは遅かったのだ。
それはウォルトに与えられたギフトに、石板すらも困惑していたからなのかもしれない。
時間をかけて徐々に浮かび上がる文字に全員の視線が集まる中、現れたのは――
「「「草……っ!?」」」
魔術系でも武術系でも特殊系でもない。
そもそも『術』ですらない……【草】の一文字だった。
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