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第3章 友情と日常

-30- 愛莉と芳香と芽衣

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 私立鴨茅かもがや高等学校――。
 男女共学で学力は都内の高校の中でも平均的。
 部活実績もまあまあって感じの至って普通の学校だ。
 通っている生徒も普通、良く言えば真面目そのもので非常に落ち着いた学校生活が送れる。
 刺激を求める人には合わないかもしれないけど、私はこの学校を普通に気に入っている。

 だから、普段は私も真面目に授業を受けているんだけど……今日の午前の授業は眠気との戦いになった。
 まだ疲れが残っているわけじゃない。
 いつも通りの日常に安心感を覚えて、頭が完全にリラックス状態になってしまったんだ。

 私の席は後ろの方とはいえ、流石に机に突っ伏して寝ていたらバレる。
 重くて仕方ない頭とまぶたを必死に上げ、私は午前の授業を戦い抜いた。
 内容はあまり覚えてないけど……偉いぞ、私!
 でも、このまま午後の授業も耐え切れるとは思えない。
 こうなったら昼食を食べずに昼休みは寝ておくか……?

「眠たそうだね~、蒔苗。これ飲んで頑張りなよ」

 突然、頬に冷たいものが押し当てられる。
 反射的に席から立ち上がり、イタズラの犯人を見据える。
 まあ、見る前からわかってはいるんだけどね。
 こんなことをするのは……。

芳香よしか……。毎回飽きないわね」

「えへへ~、蒔苗の反応が面白いからね~」

 右崎芳香うざきよしかは高校に入ってから出会った友達だ。
 現在5月の中旬ということで、出会ってから2か月も経っていないわけだけど、驚くべきスピードで距離を詰めてくるグイグイ系女子だ。
 身長は低めで丸顔、カチューシャで前髪を上げておでこを見せていることから、ちょっと幼くておとなしい子……というイメージは出会って3日目で崩れた。
 実際はやんちゃで、人にイタズラしたりからかったりするのが大好きな子だ。

 でも、やりすぎたりはしないところが芳香の良いところ。
 笑って済むからかい方をするから、男子からも女子からも好かれ、先生からの評判は良い。
 勉強が大っ嫌いなことを除いて……だけど。

「ほら、眠気覚ましのドリンクだよ。お姉ちゃんから貰ったんだ」

 芳香はけばけばしい色のラベルが巻かれた小さなビンを私に手渡す。
 確かに眠気覚ましのドリンクのようだ。
 芳香のお姉さんはすでに社会人だから、こういうドリンクもよく使うんだろうな……。
 私もそこに仲間入りしそうだ。

「ありがとう。味わって飲むわ」

 私はドリンクのキャップを開け、中身を口に含んだ。
 うぅ……! ドギツイ風味……!
 味わうものではないのかも……!
 急いで全部を飲み干し、ふーっと息をつく。

「おおっ! 姫ったらいい飲みっぷりじゃん!」

芽衣めい……その姫って呼び方、まだ続いているんだ」

「だって元から姫っぽい気品があったけど、姫カットにしてからさらに姫なんだもん!」

 授業に使うパッドを持ったまま話しかけてきたのは左月芽衣さつきめい
 彼女とは中学時代に出会ったけど、その頃は面識はあっても友達というほどではなかった。
 高校が偶然一緒になってから距離が近づき、友達になったという感じだ。

 短めの茶髪をボサッと自然な感じで崩し、制服の首元を緩めているその姿はとってもやんちゃそうに見えるけど、これはちゃんと校則を守った格好だ。
 この学校は派手過ぎなければ髪を染めていいし、制服の着崩しも少しくらいなら問題ない。

 さらに芽衣はとっても頭が良い。
 特に理系科目が強く、全教科の合計でも学年で上位に食い込むインテリギャルだ。
 今だって先生に授業に関する質問をしてきた後だから、パッドを持ったままなんだ。

 ルールを守った上で好きなことをやるという姿勢は、素晴らしいし尊敬出来る。
 ただ、頑張りすぎてバテることが多いのがタマにキズだ。
 運動が苦手なのに体育で頑張りすぎて早退したり、テスト勉強を頑張りすぎてテストの後に寝込むなんてこともあった。
 苦手なことも得意なことも全力なのが彼女の良いところだけど、そこまで無理しなくても……って前の私は思ってたなぁ。

 それが自分のこととなると、倒れた後でもロクに休まず戦おうとするんだから、やっぱり人間って自分自身のことが一番見えてないんだろうな。

「むむっ、姫はどうやらお疲れのご様子だ。学食に行って精のつくものをおごってしんぜよう……100円までな!」

「じゃあ、私は50円~」

「では、私が残り全部ということで」

 会話に入って来たのは愛莉だった。
 私たちは彼女を含めた4人で集まっていることが多い。
 いわゆる仲良しグループ……ってやつ?

「愛莉~、そこは10円とかでいいんだよ? 流れ的にさ」

「でも、蒔苗ちゃんはいろいろ大変な思いをしてきたみたいだし、お昼くらいは……」

「そうだね……。姫からすれば知らない人のお葬式だったもんね……。知らない人ばかりが集まってただろうし、あの萌葱一族のトップのお葬式となると派手過ぎて、心休まる暇もなかっただろうし……」

「まあ……そうね。来てる人はお偉いさんばかりだったし、式場も大きくて場違いな感じがして……って、私とあの萌葱一族は無関係だからねっ!」

「うおっ! いつの間にか姫のノリツッコミのキレが増してる!?」

 愛莉、芳香、芽衣の3人が三者三様の驚きを見せる。
 あ、危なかった……!
 普通に心配してくれたことに感謝しつつ真実を話してる自分がいた!
 というか、思いっきり友達に嘘をついてしまった!
 このまますべて話してしまった方がよかったかな……。

「……ちょっとふざけちゃったけど、姫のこと心配してたのは本当だよ」

「家族の問題だから適当なことは言えないけど、蒔苗は頑張ってると思う!」

「なにかあったら相談してね。蒔苗ちゃんには私たちがいるから」

「うん……ありがとう! ごめんね、葬儀の後あんまり連絡出来てなくて……」

「いいってことよ! そういう時もあるって!」

 私は空っぽで灰色な日々を送っていると思っていた。
 でも、それは自分の周りが色あせていたんじゃなくて、自分の目が色を捉えようとしてなかっただけなんだ。
 自分で言うのもなんだけど、私はまだ若い若い高校生。
 友達といるのが楽しいというだけで、生きていてもいいんだ。

 人間、やらねばならぬ使命なんてそのうち見つかる。
 焦らなくても向こうから、否応なしにやってくる。
 いや、もうやってきた……!
 そんな今だからこそ、日常がカラフルに見える。

「今日は私がみんなのお昼を奢るわ。いつも、支えてもらってるから……」

 改まって言うとちょっと恥ずかしいけど、勇気を出して言ってみる。
 すると、3人は真顔になってアイコンタクトを交わした後、芽衣が代表して口を開いた。

「姫……大丈夫? 本当にどこか調子悪いんじゃ……」

 ふ、普段言わないことを言ったから病気だと思われてる……!
 確かに私ってお金にちょっとシビアだったし、そう思われても仕方ないけどさ!

「お葬式に出て亡くなったお爺ちゃんと会ったら、ちょっと考え方が変わってね。こうやって毎日みんなに会えることに感謝しないとなって思ったの」

 それを聞いたみんなの表情が納得に変わり、そこから徐々に笑顔になっていく。

「なら、今回は姫のお言葉に甘えちゃおうかな!」

「目いっぱい食べちゃうぞ~」

「ありがとう、蒔苗ちゃん」

 この3人はみんな個性的で、自然と仲良しグループになったのが奇跡のようなものなんだけど、明確な共通点が1つだけある。
 みんな……よく食べる!
 いくら安い学食とはいえ、テーブルに並んだ料理の数を見ればビビってしまうだろう。

 でも、今の私には収入源がある!
 大切なことを教えてくれた新たなる力がある!
 お願いアイオロス・ゼロ。週末も頑張って……!
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