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第1章 ゼロの継承者

-02- アイオロス・ゼロ

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萌葱蒔苗もえぎまきな……?」
「七菜の娘だと!?」
「あの子がそうなの?」
「確かに七菜に似ているような……」

 みんなこの場で唯一見知らぬ顔の私を萌葱蒔苗だと推測したようだ。
 まあ、その推測は大正解なんだけどね!

「……一体どういうことだ!」
「なぜお父様はあの子に自分の愛機を!?」
「到底納得出来んぞ!」

 疑問や不満は私ではなく、遺言書を読み上げている弁護士さんに向けられる。
 きっと私と話したところで何もわからないと推測したのだろう。
 うーん、それも正解なんだよね……。
 というか、私自身みんなと同じ疑問を抱いている。
 なぜお爺ちゃんは私にDMDダムドを……?

「どうか皆さん静粛に。私はあくまでも大樹郎様の残した遺言書を読み上げているだけでございます。そして、この遺言書は細工されたものでも、強要されて書いたものでもございません。法的に認められた正式なものでございます」

 遺言書が正式なものだからといって、それに納得出来るかは別の話だ。
 ざわつきは収まらず、遺言書の読み上げは完全に止まってしまった。
 そんな中、一人の女性が声を上げた。

「フフフ……たかがDMDの一機に、何をそこまで必死になる必要があるのですか?」

 喪服の上からでもわかるスタイルの良さ、そして隠し切れぬ気品。
 歳はそれなりにとっているように見えるけど、とっても美人な女性だった。

「そこらへんのDMDならまだしも、アイオロスなんだぞ!」

 常にキレ気味の太った初老のおじさんが食ってかかる。
 それに対して、その女性はどこ吹く風という顔だ。

「お父様本人が使っていた機体ならまだしも、ゼロはただの兄弟機。別段思い入れなどありませんわ。性能だって当時ならまだしも、今はさほどずば抜けているわけでもない。かといって、分解してパーツだけ再利用しようものなら、いらぬバッシングを受けることは間違いない。わたくしとしては、受け取ったところで扱いに困るだけの機体……と、考えますわ」

「む、むぅ……。それは確かにそうかもしれんな……」

「ええ、間違いありませんわ。そもそもお兄様は長男として受け継ぐべきものを受け継いでいるのですから、あまり欲張ってはお父様も悲しみますわよ」

「ああ、そうだな……」

「それにこれは……お父様なりの罪滅ぼしなのでしょう。」

「……うむ。進行を妨げてすまない。続けてくれたまえ」

 遺言書の読み上げは何事もなかったかのように再開された。
 もう誰も私を見ていない。
 あの女性の言葉には、それだけの説得力があったのだろう。
 でも、私としては……何も理解出来てないし、納得も出来てない!
 結局、お爺ちゃんはなぜ私にアイオロスを!?

「……萌葱蒔苗もえぎまきな様」

「っ!?」

 漏れ出しそうになった悲鳴を押し殺す。
 いきなり声をかけてきたのは、あのクールメガネの男性だ。
 部屋の扉を少し開き、顔を半分だけ出し、私の方をじっと見ている……!

「こちらへ」

「……はい」

 小声で返事をし、私は見知らぬ家族たちの集う部屋を抜け出した。
 部屋を出た瞬間、緊張の糸がぷっつりと切れて、膝から崩れ落ちそうになった。
 メガネの人が支えてくれなかったら、そのまま倒れていたと思う。
 思った以上に私は、プレッシャーを感じていたようだ……。

「お疲れのところ申し訳ありませんが、リングを見せていただけますか?」

「あ、はい」

 リングというのは『リンク・リング』のことで、国によって常に身に着けることが推奨すいしょうされている腕輪のことだ。
 お金を払ったり、本人確認をしたり、健康状態をチェック出来たり……と、いろいろ出来る便利な代物で、私も日々その機能を活用している。
 私のリングは全体が淡い緑……つまり萌葱色もえぎいろで、アクセントとして葉っぱをモチーフにした飾りが添えられている。

「失礼」

 そう言って、メガネの人は私のリングに謎のデバイスを近づけた。
 そして、ピッという音が謎のデバイスから聞こえた。

「アイオロス・ゼロのマシンコードをインストールしました。これでアイオロス・ゼロはあなたのものです。首都第七マシンベースに行けば、いつでも使用することが出来ます」

「ちょ、ちょっと待ってください! あの! えっと、その……」

 聞きたいことが多すぎて言葉が詰まってしまった!
 うぅ……私の一番聞きたいことは……。

「私の口から語れることはそう多くありません。ただ、大樹郎様は特に意味もなくあなたを選んだわけではありません。そして、アイオロス・ゼロも偶然あなたの手に渡ったわけではありません。ずっと……ずっと、あなたが来るのを待っていたんです」

「私を待っていた……?」

 これ以上の質問は無意味な気がした。
 クールなメガネの奥に燃える何か底知れない感情……。
 きっと、もう彼から話せることはないのだろう。

「ありがとうございました。お世話になりました」

「いえ……こちらこそすいません。今はまだ……」

「わかってるつもりです」

 私は頭を下げ、葬儀場を後にした。
 帰り道、最初はやるべきことをやった開放感があったけど、しばらくするともやもや感を抑えられなくなってきた。
 結局……あれはなんだったの!?
 わざわざ私をみんながいる部屋に呼ばず、別室でそれとなく遺言を伝えてくれれば、もっと丸く収まったんじゃない?
 知らない人からジロジロ見られるのは良い気がしない。

 それにやっぱり気になるのはアイオロス・ゼロの存在だ。
 お爺ちゃんの真意はわからずじまいだし、事情を知っていそうなメガネの人にもはぐらかされてしまった。
 何か意味深な匂わせをしていたけど、匂わせるくらいなら真実を教えてほしいという気持ちもある!
 一応、大人な対応として『わかってるつもりです』って言ったけど、私は何もわかってないぞ!

「……あら?」

 考え事をしていたら、いつの間にか住んでいるマンションに帰ってきてしまった。
 自分へのご褒美に何か美味しいものを買って帰るつもりだったのに……。
 まあ、いっか。今日はもうあるもので食べればいいや。

「ただいまー」

 返事はないとわかっていても、自然と言ってしまう。
 靴を脱ぎ、靴下も脱ぎ、服を脱ごうとしたところで力尽き、自室のベッドに倒れ込む。
 これはもう起き上がれないな……。
 こうやって寝慣れたベッドに寝転んでいると、さっきまで自分が体験していたことは夢なんじゃないかと思えてくる。
 でも、そうじゃないことを腕のリングは知っている。

「首都第七マシンベース……か」

 そうつぶやいたのを最後に、私は深い眠りに落ちていった。
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