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第19話 真夜中のハーブティー

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「あぁ~、今日もくたくただぁ~」

 時はすでに真夜中。
 特別な能力は一応持っているけど、牧場の仕事には生かせない俺はとにかく肉体労働を主に行っている。
 畑を耕したり、作物を収穫したり、牧舎を掃除したり、搾ったミルクの入った缶を運んだり、干し草を狩ったり……。
 町でぬるい学園生活を送っていた俺にはこたえる作業ばかりだ。
 特に腰に痛みが来るので、今日もウェンディが試作した湿布を貼って回復に努めている。

 ただ、やりがいのある仕事というのはしんどくても楽しい。
 学生時代に比べると疲れはするが、ぐっすり眠れるし気分もいい。
 それに体がしんどいと言っても素晴らしい食事や湿布や薬草のおかげで朝には治っている。
 ありがたいことだ。

 というわけで今日も最後の仕事を終わらせてさっさと寝るとしたい。
 その最後の仕事というのは牧場の見回りだ。
 牧場主らしい仕事だし、これまでの成果を確認できるから結構好きだ。

 外はもう回ってある。
 モンスターたちは牧舎で大人しく寝ているし、ガルーは母屋の玄関の前で番犬をしてくれている。
 彼にお礼を言ってから母屋に戻ってきたところだ。

 リビングではまだウェンディが本を読んでいるし、マリーも事務作業を行っている。
 彼女たちにもお礼を言いつつ、七姉妹が眠る部屋に俺は向かった。
 別に何かしようというわけじゃない。
 ただ、結構な悪ガキもいるので夜中に抜け出して危ない目にでもあったら困る。
 ちゃんと寝ていることを確認しておかないと心配で寝られない。

 まあ、普通はこの時間になるといつも部屋の明かりは消えていて、みんなぐっすり夢の中。
 たまにナナミが食べる量が足りていなくて本能のまま起きだすことがあるくらいだ。
 あれを初めて目撃した時は、悪霊にでもとりつかれたのではないかと心底震えたね……。
 夜中に食べ物をガッツリ食べるので、ある意味悪霊よりも……なんてね。

「あれ? 部屋から明かりが漏れている……」

 ウワサをすれば七姉妹の部屋の扉から微弱な光が漏れている。
 ナナミが起きだしたか?
 それともニーナあたりが夜更かししているのか?
 俺はゆっくりと扉を開けて中を確認する。
 起きていたのは……イチカだった。

「はっ!? ルイ様!? えっと、あの、その……」

「あ、慌てなくていいよ。みんなが部屋にいるか確認しに来ただけだからね」

 イチカは部屋に人数分設置したものの、ほとんどが本来の用途で使われていない勉強机の前に座り、本やらノートやらを開いている。
 まさか、お勉強中だったか?

「ごめんね、邪魔しちゃって。でも、早めに寝た方が良いよ」

「すいません……。でも、仕事の後だとこの時間しかなくて……」

「そっか……。でも、お勉強のためなら仕事を減らしても構わないよ。イチカはみんなよりたくさん働いてるし、勉強はこれから君自身が生きていくうえで大事だと思うからね」

 こんな真っ当なことをダラダラ学校に行っていた俺が言っても良いのだろうか。
 いや、ここは恥知らずと言われようが言うべきだ!

「私は拾ってくださったルイ様や牧場のために学んでいるので、牧場の仕事を減らしては意味がないんです」

「そんなに牧場のことを気にしてくれてるのは嬉しいよ。でも、イチカはまだ成長期だから睡眠時間を削っちゃ駄目さ。気持ちだけ受け取っておくよ」

「いえ、私たちはルイ様に多大な恩がありますから……。助けてくださったこと、居場所をくださったこと、そして食べ物や着る物、仕事に愛情まで……」

 イチカは今でも捕まっていた時のことを夢に見るらしい。
 怖くて怖くてたまらなかった毎日が終わりを迎え、今は幸せに暮らせていることが嘘のようで不安になる。
 消えてしまうんじゃないかと。
 だから、消えてしまわないように必死で働こうとする。

「私は長女ですけど、他のみんなみたいに特別な力はありません。ニーナみたいに愛嬌はないし、ミツハみたいに運動が得意でもありません。シータみたいに記憶力と器用さもなければ、イツキのように頭も良くないです。ローザのように不思議な直感もなく、ナナミのように……えっと、食べ物を見分けることもできません。ダメなお姉ちゃんだからせめて少しでも勉強しないと……」

「イチカの良さはその責任感と真面目さだよ。普通の人間が持ってる責任感とか真面目さとは質が違う。俺みたいな半端者も一応持ってるけど、体を無理して動かせるほど強くない卑怯な責任感と真面目さなんだ。イチカは素晴らしい人だと思う」

「そんな! ルイ様だって私たちを助けてくださったじゃないですか!」

「まあ、みんなの力を借りてだけどね。ここで話してると他の子を起こしそうだ。リビングで話さないかい? まだ、ウェンディもマリーも起きてるからそっちの方が勉強もはかどるかもしれない。寝れない夜はリビングを使うといい」

 俺は勉強道具を持ったイチカの手を引いてリビングに戻った。
 そこではまだウェンディとマリーが夜更かしをしていたので、イチカの許可をもらって二人にも話をした。

「うーん、良い子ねぇ~イチカちゃん。お姉さん感動しちゃった。眠れない夜は私が話を聞くし、勉強にも付き合うわ。あっ、そうだ! そんなイチカちゃんに最高の飲み物があるの! ちょっと大人の味だけど立派な大人なイチカちゃんには大丈夫!」

 そう言ってウェンディが作ったのはハーブティーだった。
 一見紅茶のような濃い紅色をしているが匂いが違う。
 ちょっとスッとしていて、それでいて落ち着くような不思議な匂いだ。

「レッドハーブティーよ。エルフの里では超ポピュラーな飲み物で、長い寿命の中で何度も来る眠れない夜をこれを飲んで過ごすの。そして、茶を飲みながら何かに憂いている自分の美しい姿に酔うの。まあ、ちょっとその辺は難しいかな? とりあえず飲んでみて!」

 人数分用意されているので俺も飲ませてもらう。
 味は驚くほどおいしいというわけでもないが、口の中が最高にサッパリする。
 それに体の芯から温まっていくのがわかる。
 香りも良くて、なんだか呼吸をするのが楽になったような感じがする。
 時間をかけて一杯飲みほした後には驚くほどぐっすり眠れそうだ。

「私……この味もすごい好きです。素朴で落ち着く……」

 イチカは大層このハーブティーが気に入ったようだ。
 顔色も良くなって、眠たそうだった目が光を取り戻している。

「飲みたくなったらいつでも言ってね。あんまりたくさん飲むものじゃないけど、毎日一杯寝る前になら全然オッケーよ」

「はい、ありがとうございます。あの……このお茶を飲み干すまでの間だけ勉強を教えてもらえますか? やっぱり、これは頑張りたいので……」

「もちろん!」

 ウェンディの隣で勉強を始めたイチカの顔は明るかった。
 これでもう大丈夫だな。
 俺としては本人がやると言っていても少しは仕事を減らしてあげるべきなんだろうけど、イチカ自身がそれを許すかどうか……。
 いや、体のために説得して減らすのが引き取った保護者としての役目だろう。

 今は良い雰囲気だから明日言おう!
 それに俺はハーブティーを飲んでもう眠くなってきた……。

「おやすみ~。イチカのことはお願い……」

 牧場主なのにまさかのギブアップ宣言。
 クスクスとマリーが少し笑っていた。
 まったく、ありがたいことにタフな女性が揃っているよ牧場には。
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