上 下
6 / 9

第6話 中年騎士、おだてる

しおりを挟む
 館の使用人たちと協力して街の皆さんからいただいた品物をせっせと運び込み、数十分かけてリリカ様の自室の机に並べ終えた。

「ふぅ~む、まさか街の住人たちがそれほどまでにバッジの意味を認識していたとはな」

 なぜ荷車いっぱいにいろいろ載せて帰って来ることになったのかを説明し終えた後、最初にリリカ様が気にしたのはバッジのことだった。

「私が初めてこの街に来た時はまったく視線を感じませんでしたが、バッジを付けた途端人だかりが出来ましたからね。みんな領地の防衛に関心があるようでした」

「その割に私に意見してくる者などほとんどいないのだがな。まあ、私などしょせんはお飾り領主だと思われているから仕方ないが……」

「いえいえ、街の皆さんはリリカ様のことをそれはそれはしたっていましたよ。その証こそがここに並べられた品物の数々です」

 領主として信頼はされていなかった気がするが、慕われてはいたと思うから嘘ではない。
 少なくとも自分たちの代表がリリカ様であることに不満の声は聞こえてこなかった。

「そうか……私も案外人気者なのかもしれんな……!」

 リリカ様がまんざらでもない表情で小さくつぶやく。
 ここはもう一押ししておくか。

「たまにはリリカ様ご自身に買い物に来てほしいと言っている方もおられましたよ」

 当然「太るよ」の部分は伝えない。
 9歳とはいえ相手は女性だ。
 ぶしつけに体重の話などすれば解雇されても文句は言えない。

「んふっ……ふふふっ……! 仕方あるまい、今度また足を運んでみるとしよう」

 王族としての威厳いげんを保とうと笑いをこらえるリリカ様。
 しかし、こらえきれずに噴き出している。

「大隊長となって最初の任務を見事に果たしてくれたな、レナルド・バース。褒美と言っては何だが、今日お前が貰って来てくれた物は好きに使ってくれて構わん。あ、菓子だけは別だがな」

 リリカ様はお菓子が入ったバスケットに手を突っ込んでフィナンシェを引っ張り出した。
 好きなお菓子を見つけて目を輝かせる姿はいい意味でただの子どもだ。

 そのまま欲望のままに小さな口でフィナンシェを頬張る。
 まるでハムスターがエサの種をカリカリ食べるように。

 ほのぼのとした光景を眺めていると、リリカ様のそばに控えていた赤髪の女性がずいっと視界をさえぎって来た。

「これで本日の任務は終了です。すみやかにお下がりください」

 今日はもう用済みだから出て行け……ということか。
 別にリリカ様のことを変な目で見ていたわけではないのだが、気にさわってしまったようだ。

「そうカリカリしなくてもいいぞ、トラム。どうやら我が領民もレナルドのことを認めたようだしな」

「リリカ様……。お言葉ですが、この男の素性にはまだ怪しい部分もあります。辞令書もなければ、異動の話も届いていません」

 身辺警護を任された者としては妥当な判断だな。
 トラムと呼ばれた赤い髪の女性は別に間違ったことを言っていない。

「それはそうだが、少なくともこの者が騎士であることは事実。トラムの目から見ても勲章に偽装の痕跡はなかったのだろう?」

「……はい。しかし、それは潔白を証明するものにはなりません。他の王族や貴族の息がかかった騎士はリリカ様の敵になり得ます」

「まあ、言いたいことはわかるのだがな。とはいえ、私たちは少しでも戦力がほしいところで……」

「だからこそ、簡単に信頼してはいけないのです。もっと見極める必要があります」

 仕える主君に対してここまで意見が言える者は貴重だ。もちろん、いい意味で。
 はいはいと言うことを聞くだけでは優れた従者とは言えない。

「……とまあ、トラムはこういう性格だ。ここに来た時にレナルドが会ったセレコというメイドとは双子の姉妹なのだが、いろいろと中身は正反対なのだ」

 なるほど、だからセレコさんと顔が似ているわけだな。

「トラムは幼い頃に家庭の事情でセレコと生き別れになっていたのだが、数年前に故郷であるバリントンに戻って来た。どこで教わったのか知らんが独自の戦闘技術を身につけていて、私が動かせる戦力の中では最も強いのだぞ」

 戦闘技術の出自しゅつじを明かさないということは、彼女が故郷を離れた後に何をやっていたのかを教えたくないということだ。
 教えたくない理由はわからないが、大隊長としてはお聞かせ願いたいところだな。

 武術や魔術は流派によってスタイルがかなり違う。
 流派を知ることが出来れば、おおよそどこに所属し、何を学んでいたかがわかる。

「つまり、トラムさんはプレーガ領の最高戦力ということですね。大隊長としてはその力にとても興味があります。ぜひ、軽く手合わせ願えませんか? もちろん武器は使いませんし、私からは攻撃しませんので」

 別にトラムさんを怪しい奴と思ってるわけじゃない。
 彼女から感じるリリカ様への忠誠心は本物だ。
 だが、大隊長を任されたからには戦力の把握はしておきたい。

 それと俺の戦う姿をリリカ様に見てもらいたい。
 そして、安心してもらいたいんだ。

 少なくとも王都の騎士で俺に勝てる者はいなかった。
 これは自惚うぬぼれではなく純然じゅんぜんたる事実。

 さらに1対1の決闘ともなれば――この国に俺に勝てる者はいないだろう。

「……いいでしょう。その手合わせお受けします」

 少しの間をおいて、トラムさんはそう答えた。
 彼女にも手合わせを受ける理由があるようだ。

「おおっ、それはいいな! ちょうどお菓子を食べ過ぎて晩御飯がまだ早いと思っていたところだ。食事の前に2人の戦いを見させてもらおうではないか」

 リリカ様は貰って来たばかりのお菓子をバクバク食べ、バスケットの中身は3分の1にまで減っていた。
 我慢しようと思っても、目の前にあるとつい食べてしまうのはわかるが……食べすぎだろ!?

 このままでは洋菓子店の人が言うようにリリカ様が太ってしまう……!
 今度からはちゃんと個数を制限しなくてはな。

「戦う場所は館の外だ。私はここの窓から眺めさせてもらうぞ」

「了解しました、リリカ様。それでは行きましょうか、トラムさん」

「……はい」

 さて、いきなり無様ぶざまなところは見せられないな。
 王都からプレーガ領までの長旅で実戦からは少し離れていたが……大丈夫だ。

 戦いの間隔は鈍っていない――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

何者でもない僕は異世界で冒険者をはじめる

月風レイ
ファンタジー
 あらゆることを人より器用にこなす事ができても、何の長所にもなくただ日々を過ごす自分。  周りの友人は世界を羽ばたくスターになるのにも関わらず、自分はただのサラリーマン。  そんな平凡で退屈な日々に、革命が起こる。  それは突如現れた一枚の手紙だった。  その手紙の内容には、『異世界に行きますか?』と書かれていた。  どうせ、誰かの悪ふざけだろうと思い、適当に異世界にでもいけたら良いもんだよと、考えたところ。  突如、異世界の大草原に召喚される。  元の世界にも戻れ、無限の魔力と絶対不死身な体を手に入れた冒険が今始まる。

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

処理中です...