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第4話 中年騎士、任命される

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「り、理由をお聞かせいただけますか?」

 そりゃ仕事も立場も欲しかったが、会ったばかりで大隊長って……。
 というか、大隊長って役職にあまり馴染みがない。
 隊長ではいけないのか……?

「今現在、守備隊の隊長の座は空席なのだ。前任者が1か月ほど前、老衰で亡くなってしまったからな。私が生まれる前からこの領地を守ってくれていた騎士だったのだが……」

 それはそれは立派な方だ……。
 だが、急な怪我や病気ではなく老衰で亡くなるほどの高齢者を領地防衛の戦力として数えていた事実は見過ごせないな。

 普通ならそうなる前に引退し、後進に役職を譲るべきだ。
 俺が言うのも何だが、引き継ぎが大変だからな。

「このプレーガ領は平和で、守備隊も常に忙しく働いているわけではない。だからこそ、すぐに緩んだ空気になりやすかった。それを引き締めていた隊長がいなくなった今、プレーガ領守備隊は烏合うごうしゅうと化している」

 まあ、人間誰だってサボったりダラけたりしたい生き物だ。
 厳しいことを言う人がいなくなって組織が崩壊するなんてよくある話。

「こんな状況で王都守備隊の隊長を務めていた素晴らしい騎士が来てくれたのだ! すべてを任せてみるのも当然ではないか? 大隊長という隊長を超えた新たな称号は、私や領民からの期待が形になったものと考えてくれてよいぞ!」

「それは……どうもありがとうございます」

 とりあえず、大隊長の『大』に特別な意味はなく、普通に隊長としての仕事が求められていることはわかった。
 おそらく、今の守備隊のメンバーの中に隊長に相応ふさわしい人物はいなかったんだ。
 だからこそ、外から来たばかりの俺に白羽の矢が立った。

「この領地の守りのすべてをレナルドに任せる。好きにやってみろ」

 すべて……か。
 王都守備隊の時も隊長だったけど、騎士団長や王族貴族ににらまれ、自分の権限で自由に動かせる範囲はあまりにも狭かった。

 でも、ここなら防衛のすべてを俺が背負える。
 俺が思うがままに組織を運営できる……。

 正直、期待と不安は半々だ。
 それでも、リリカ様の前で俺は不安を顔に出さない。

「承知致しました、リリカ様。必ずやプレーガ領の平和を守ってみせます」

 胸を張り、リリカ様の目を真っすぐ見据えて答えた。

 それに呼応こおうするかのように、リリカ様の目が大きく見開かれる。
 その瞳に映るのは俺と同じく期待と不安、それに喜びや驚きの感情も混じっている。

 俺の年甲斐もなくカッコつけたキザなセリフを、リリカ様は結構喜んでくれているようだ。

「では、私からレナルド大隊長殿に最初の任務を与えよう」

 リリカ様は『むふふ~』といたずらっ子のように笑った。

「私はな、フィナンシェが好きなのだ」

「えっと、洋菓子でしたっけ?」

「そうだ。バターの効いたプレーンも好き、ちょっと苦みのあるココアも好き、はちみつやオレンジピールが入っているのも好きだ。そして実はマドレーヌも好き」

 フィナンシェとマドレーヌってどう違うんだっけ?
 お菓子はあまり食べないから詳しくない……。

「いつも夕食後に食べているのだが、今日はちょっとしたトラブルで買いそびれていてな。レナルド大隊長には私が贔屓ひいきにしている店でフィナンシェを買って来てもらいたい。出来るか?」

「店の場所を教えていただければ可能です」

 こっちはいい年したおじさんだぞ。お使いくらい出来る。
 既婚者の男は家事を妻に任せっきりで、買い物すらロクに出来ないこともあると聞くが……こちとら独身の1人暮らし。買い物は日常だ。

「では、買って来る商品のリストと簡単な地図を渡そう」

 リリカ様は高そうな羽ペンを使って、サラサラと紙にお菓子の名前をしたためる。
 めちゃくちゃ字が綺麗だな……。
 俺より全然ペンの扱い方が上手い。

 王位継承順位が低過ぎる王子や王女は、王族教育を受けさせてもらえないと聞く。
 だが、リリカ様には誰かがちゃんとした教育を受けさせてくれたようだ。

「よし、出来た。店は街の大通りにあるから簡単に見つかると思う。看板の特徴も記しておいたぞ」

「ありがとうございます」

 渡された買い物メモは、その大部分が地図だった。
 買って来るお菓子は……ほんの2つくらい?
 いや、1人で食べる量としては十分なのだが、あれだけ熱くフィナンシェについて語っていたものだから、もっとたくさん買うものだと思っていた。

「これで間違いありませんか?」

「うむ、間違いない! それともう1つ渡しておくものがあるぞ」

 リリカ様が机の引き出しから取り出したのは、キラリと輝く金属製のバッチだった。
 彼女の髪色と似た金色の花がモチーフになっているようだ。

「フリージアの花をかたどったこのバッチは、我が領地の守護者の証だ。先代の守備隊長もこれを常に身につけていた。レナルドも人前に出る時は常にこれを身につけていてほしい。もちろん、今からの買い物もな」

「かしこまりました」

「よし、私がコートのえりにつけてやろう。しゃがんでくれ」

 リリカ様の手が届く位置まで腰を落とす。

「あの、そのバッチってピンを突き刺すタイプですか……?」

「安心しろ、ネクタイピンのように挟むだけだ。愛着のあるコートなのだろう?」

「まあ、高くはないですが長く使っているので……すいません」

「よいよい、物は大切にするものだ」

 コートの襟にバッチが取り付けられる。
 くたびれたコートとおじさんにはちょっとまぶしい色合いだが、不思議と気分が明るくなってくる。

「似合っているぞ。それではレナルド大隊長、任務の成功を祈る!」

 ビシッと敬礼をするリリカ様。
 俺も反射的に敬礼を行う。これは身に染み付いた動作だ。

「失礼します」

 そう言って部屋を後にして、館の外まで出て来ると……俺はふと冷静になった。
 異動後の初任務がお菓子の買い出しって、普通に考えたら扱い悪いよなって。

 でも、不思議と嫌な気持ちにならないのは、リリカ様のカリスマがせる業か。
 それとも、おじさんという生き物は小さい子に何でも買ってあげたくなる習性があるだけか……。

「任務である以上、手は抜かないさ。何か深い意味があるかもしれないしな」

 早く行かないと洋菓子店が閉まるかもしれない。
 まだ夕日の赤さが西の空に残る中、丘を下って街へと急いだ。
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