魔界農場でのんびり農家

2 覚醒と初仕事（１）

「えっ……」

突然の出来事に私は戸惑った表情で独り言をつぶやいた。

初めての不完全な覚醒の後、何年ぶりかに再び起こった覚醒現象。長い間憧れていた完全な覚醒が突然訪れた。

私は冷静になり、思考を整理した。期待と不安が混ざった表情で唇をかみしめながら、その言葉をつぶやいた。

「ステータスウィンドウ……」

-パタッ！

《森 雄太: 魔獣飼育士》

【体力: 8】【魔力: 1】

【筋力: 7】【敏捷: 6】

【知識: 5】【耐性: 1】

《交感》[固有]

-対象となる魔獣と感情を交流することができる。

-親密度に応じて能力が異なる。

-敵対的な対象には使用できない。

目の前には本当にステータスウィンドウが浮かび上がった。私は感無量な気持ちでじっくりとステータスウィンドウを眺めた。

体力が一番高く、魔力と耐性は1しかないんだ。

これは一体何だ？魔獣飼育士……交感……？

ステータスウィンドウに現れる魔獣という言葉に、さっきなでていた奴を思い出した。その動物を探そうと目を向けたとき、すでにどこかへ消え去っていた。

なんとなく残念な気持ちになっている時、私を探す誰かの声が聞こえた。

「雄太さん、雄太さん！」

「こちらにいます！」

声に答えると、バレリアンが素早くこちらにやってきた。

「ここにいらっしゃいましたね。先に戻られたのかと心配しました」

「いいえ、ちょっと周りを見てきました」

「はは。私が心配をかけたみたいですね……さあ、中で他の皆さんが待って……うーん？」

突然話を止めたバレリアンが私の顔をじっと見つめた。

「雄太さん、何か違いますね？」

「え？」

「微妙ですが、さっきとは明らかに違います。何かあったんですか？」

「それが……」

私は少し躊躇した後、さっき起きた出来事を話した。

周りを見るために柵に近づいた時に大きな獣に出会ったことから始まり、突然不完全な覚醒が進行したことまで。

バレリアンは非常に驚いた表情で問い詰めた。

「さっきおっしゃったことが本当ですか？」

「はい。私も困惑していますが、事実です」

「これは……」

確かに驚きました。

不完全覚醒者が再び完全な覚醒を遂げるのは世界的に見ても稀なケースです……

「あの神経質な『ヤクム』に触れただけでなでるなんて！」

「……え？」

「雄太さん、本当にすごいです！」

「……？」

なんでそっちも驚いてる？

* * *

「さっきの話、聞いたでしょう？ 初めて会った瞬間に『ヤクム』を撫でることができる存在なんて、どれくらいいるでしょう？」

「……。」

「今回は本当にうまくいく気がしませんか？」

「ふああ。わかったよ。聞いたからもう黙って。」

興奮して言葉を浴びせるバレリアンに、落ち着きのない灰色の髪の男があくびしながら応じた。

身を楽にしている服装は、まるで寝起きのように乱れており、顔には嫌な表情が満ちていた。

左手の甲から手首まで複雑に結ばれた金属のチェーンが目についた。

どこか深く、静かに見える瞳を除けば、典型的なヤクザのように見えた。

「フム。あまり特別には見えないな。リアネ、君はどう思う？」

彼の質問に、後ろに立っていたメイドが答えた。

「私はよく分かりません。カネフ様。」

「君もそうか？ただ以前に来た人たちと似ているように見える。」

私の視線がちらりとメイドの方に向かった。

黒と白が調和されたメイドの服装は、しわひとつなくきちんとしていて、鮮やかな赤い髪が印象的だった。

目を少し下げ、背筋を伸ばした姿勢から優雅な雰囲気が漂っていた。

揺るぎない様子はまるで外国の美しい人形を見ているようでもあった。

不思議な気分でメイドを見つめながら、彼女の穏やかな瞳と視線がぴったりと合った。

びくっと！

急いで視線をそらしながら一瞬動揺した。

メイドは私の方にゆっくりと近づいてきて、落ち着いて明るい声で話しかけた。

「お客様。」

「はい？」

「少なくともお茶でもお出ししましょうか？」

「ああ……大丈夫です。ここに来る前に一杯飲んできたから。」

「そうですか。」

私が大丈夫だと断ると、彼女の瞳に少し失望が浮かんだ。人形のような外見とは異なり、鮮明に見える彼女の感情の変化が少し不思議に感じられた。

うーん、礼儀を欠いて受け取ればよかったのかな？

私とメイドがしばらく話をしている間も、バレリアンとカネフと呼ばれる男は私についての話を続けていた。

「カネフ様。今回は本当に大丈夫そうです。」

「前回も同じ話をしたじゃないか。」

「それはそうだけど……」

私はぽかんと座って、彼らを見つめていたが、二つの理由で非常に奇妙な感情を抱いた。

まず、日本語ではない言葉で会話をしているにもかかわらず、私が自然に彼らの会話を理解していること。

おそらく、ここに来た直後にバレリアンがくれた指輪のおかげだったようだ。

どんな原理かはまったくわからないが、非常に驚くべきことだった。

二番目は、彼らの頭にある異様な何かが私を混乱させたことだ。

時々インターネットやニュースで見る二本の角だった。

ヤクザのように見える男の頭には、鋭い感じの角が生えていた。

角の間に刻まれた多くの傷が荒い雰囲気をさらに増していた。

メイドの頭にも角があった。

男性のものと比べて非常に優美に感じる角だった。

人形のような外見に比べて比較的大きな角は不均衡でありながら、奇妙な調和を感じた。

もしかしてハロウィンパーティーで使うおもちゃかと思って注意深く観察したが、全くそのような感じではなかった。

葛藤しながら考えていたが、どうやらここは本当に噂だけで聞いていた魔界のようだった。

心を整えて彼らの会話が途切れた頃、そっと口を開いた。

「すみませんが、質問してもいいですか？」

「あ、雄太さん。どうぞ言ってください。」

「とりあえずここにいる人たちはすべて魔族なんですよね？」

「はい、そうです。」

「では、リアンさんも……？」

「ああ。今の姿は元々の姿じゃないんです。」

言葉が終わると同時に、バレリアンの黒い瞳と髪が紫色に染まった。

同時に、額からスーッと二本の角が生えてきた。

非常に滑らかで輝きのある角だった。

一瞬で変わった彼の印象に、私の口から低いため息が漏れた。

「これが私の本来の姿です。」

「うーん、そうですか。」

普段ならかなり驚いたかもしれませんが、この状況では特に気にせず、頷いた。

「私が正確に理解しているわけではありませんが、私のような普通の一般人が魔界に渡るには制限が多いということを知っています。」

「手続きは少し複雑ですね。」

「でも、私に特別な技術や知識もないし、子供の頃に農場の仕事を少し経験したくらいです。なぜわざわざ私を連れてきたのですか？」

現時点で考えると、最も奇妙だと思う部分を尋ねた。

なぜ私を魔界に連れてきて仕事をさせるのでしょうか？

仕事を探して急いでやってきたが、前後の状況も考慮しないほど愚かではありません。

バレリアンはしばらくためらった後、どうしようもない表情で口を開いた。

「複雑な事情はありますが、できるだけ簡単に言うと、雄太さんは不完全覚醒者だからです。」

「え？それがどう関係するんですか？」

私に問いかけると、彼は説明を続けた。

「先ほど見た巨大な魔獣、『ヤクム』と呼ばれる存在は、非常に敏感な存在です。目的のために囲いに閉じ込められてはいますが、接近は非常に困難です。様々な解決策を探ってきましたが、最近やっとひとつの方法を見つけました。」

「……」

「それはまさに、魔力の存在感が薄いほどヤクムの警戒心が緩むという点です。」

「ああ……」

やっとこの状況が理解でき始めた。

覚醒者がマナに適応できずに起こる不完全覚醒。

不完全覚醒者は、当然ながら魔力の存在感も薄くなるはずた。

魔力の存在感も薄く、農場の仕事の経験が少しでもあって、今すぐにでも仕事を必要としている人。

まさに私を指して説明していたに違いありません。

「だから私がここに来ることになったのですか？」

「はい、その通りです。」

「え？でもさっき私が覚醒しましたから……」

「うーん。」

バレリアンは少し考えた後、再び口を開いた。

「どんな能力を得られたかはわかりませんが。もしかしてリフト狩りや戦闘に興味があるんですか？」

リフト狩り？戦闘？

そのような関連する能力を得たのか変わらないが、魔獣飼育士はまったく戦闘とは関係なさそうだ。

元々戦闘に興味がないこともあり、そんなに残念ではありません。

「私にはあまり関係ないようです。」

「それなら大丈夫そうです。気分悪く聞こえるかもしれませんが、今でも雄太さんには魔力の存在感がほとんどないんです。加えて特別な場合でなければ魔力は簡単に増えないでしょうから。」

「ああ……わかりました。」

私は後から確認したステータス画面の[魔力：1]を思い出しながら、戸惑ったまま頷いた。

すべての疑問が消え、心は一気に安らいた。

魔界という未知の場所かもしれませんが、とにかく自分の能力で就職できるなら断る理由はありません。

「では、私はどのような仕事をすればいいんですか？あのヤクムという魔獣の世話をすればいいのでしょうか？」

「似ていますが、私たちにはもう少し具体的な目標があります。」

バレリアンは一層厳格な声で答えました。

「具体的には...」

「...？」

「ヤクムの乳を搾ることです。」

「乳？牛乳を搾るのと同じような？」

「はい。」

「そんなに難しい仕事ではありません。その程度なら私も...」

私の反応が鈍いので、バレリアンは真剣な説明を付け加えました。

「思っているほど簡単ではありません。先ほどお話ししたように、ヤクムは非常に神経質な存在で、アプローチは非常に難しいです。普段はおとなしいですが、攻撃されるとかなり激しくなります。」

「...」

「柵に閉じ込められていますが、一般の家畜と思わないでください。むしろ野生動物に近いのです。」

彼の説明を聞いて、私の理解がふと明確になった。

少し前に偶然なでたとはいえ、'ヤクム'という奴は結局魔獣だ。

時折リフトから飛び出して激しく戦う怪物たちを思い浮かべると骨身がぞくりとした。

急速に暗くなる私の顔を見て、バレリアンは急いで口を開いた。

「雄太さんに危険なことを強制するつもりはありません。私たちも方法を見つける途中なので」

「でも完全に安全な仕事ではないんでしょう？」

「もちろんリスクがまったくないとは言えないでしょうが、雄太さんの安全を最優先します。ここにいる二人がそのようにしてくれます」

私は正面にいるバレリアンから目をそらし、横にいる二人を見た。

カネフと呼ばれる男は無関心そうなだらりとした表情を浮かべ、メイドも堂々とした姿勢で立っているだけだった。

あまり信頼できるようには見えないけど...

その後もバレリアンは私を説得するためにさまざまな甘い提案をしてきた。

自由な勤務環境、十分な休暇保証、それに大企業並みではないけれど相当な給料まで。

正直、誰が見ても非常に魅力的な提案だった。

就職できずに苦労している私の立場からすればなおさらだ。

しかし、心がすんなりとは受け入れなかった。甘い話には常に代償が伴うものだから。

やっぱり断るのが正しいことだろう？

私は言葉を慎重に選びながら口を開いた。

「提案してくれたことには本当に感謝します。でもこの仕事は...」

「あっ！最後に目標を達成してくだされば現金で2億。即座に振り込ませていただきます」

「...私にピッタリの仕事のようですね。一生懸命やってみます。リアンさん！」

「ははは。ありがとうございます。雄太さん。一緒に頑張りましょう」

バレリアンは明るく笑って握手を求め、私も嬉しそうな表情で手を差し出した。

断るにはあまりにも多額のお金だった。

* * *

魔界に行ってから数日が経った。

その間、私は新しい職場のために忙しく動かなければならなかった。

まず、完全に覚醒したことを関係機関に申告した。

不完全覚醒者が完全に覚醒するケースは非常に稀であり、処理する過程で追加の質問が多かった。

魔界のことはできるだけ知らせないようにとバレリアンの頼みがあったため、ざっくりと状況を説明して装飾した。

覚醒を確認するための魔力測定で微量の魔力のせいで苦労したことを除けば、覚醒者の申告は順調に処理された。

次に、今までしていたアルバイトを辞めるために店主に知らせた。

急に就職されたため突然だったにもかかわらず、店主はむしろ祝福し、肩を叩いてくれた。

「ははは。おめでとう。うん？大丈夫だよ。大丈夫。当分は私がなんとかするよ。ここは心配しないで。お母さんも喜ぶだろうな」

感謝と、また申し訳ない気持ちで何度も頭を下げた。

そんな風に忙しい準備が終わって。

あっという間に初めての出勤日となった。

いつもより早く起きて準備したものを確認した。

「予備の下着と靴下、服、作業用手袋、日焼け止め、寒いかもしれないから防寒着。うーん、終わった」

準備したものをバッグに詰め込んだ後、キッチンに向かった。

昼食が提供されるか聞かなかったので、簡単にお弁当を詰めるつもりだった。

メニューは冷蔵庫の残りの食材を使って作ったソーセージと野菜の炒め物、カリカリに焼いた卵焼きまで。

最後に電子炊飯器で炊き上げたご飯をしっかりと押しつぶしてお弁当を仕上げた。

久しぶりに料理の腕を披露し、満足感を感じながらお弁当を持って出かけた。

服を着替えて出勤の準備を終えた時、寝室から母が姿を現した。

「出勤の準備は全部終わったの？」

「うん。母さんはもう寝ていると思ったけど、なんで起きたの？」

「私の息子の初出勤だから当然見送らなきゃいけないじゃない。朝ごはんは？」

「お弁当の準備しながら適当に食べたよ。」

「えぐぐ。お弁当が必要なら言って。母さんが用意してやるのに。」

悔しがる母の姿に、私は大丈夫だと笑って答えた。

「じゃあ、行ってくるね。」

「ちょっと待って。」

「...？」

母は部屋に入って何かを渡してくれた。さまざまなフレーバーの入ったキャンディが入った袋だった。

「農場で働くんでしょ？つらい時は一つずつ食べて。」

私はキャンディの袋を見つめながら、昔の記憶を思い出した。

父が農場の仕事に出かけるときは、母がいつもキャンディを用意してくれた。

農場の仕事を手伝いながら、父のポケットからキャンディを盗み食いすることが、私の幼い頃の楽しみの一つだった。

かすかな思い出と共に、しばらく胸がいっぱいになった。母も私の気持ちを察したのか、軽く背中をなでてくれた。

「ありがとう、母さん。じゃあ行ってくるね。」

「そう。気をつけて。終わったら連絡して。」

温かい見送りと胸の詰まる感情を後にして、私は元気に家を出た。

春の冷たい朝の空気を感じながら。

出勤に忙しい人々の姿を見ると、少しずつ初めての出勤を実感し始めた。

少しの不安と胸の高鳴りを胸に抱えながら。

私の魔界農場への初出勤が始まった。