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第三章
No.45 取り引き
しおりを挟むあんなに沢山いた大蜘蛛達は、この十数分で一気に半数にまで減った。ラジャーンもルイジェもイルヤも、歴戦の兵士。シン達三人に危機が訪れる事は無かった。
幾らセルビナ国出身のナーチャーは能力の質が高いと言っても、やはり経験の違いは絶対。シン達には到底出来ない動きをやってのけている。
だが、リリィの解放はまだ済んでいなかった。
リリィ自体はイルヤの能力に縛られて身動きは取れないが、生き残りの大蜘蛛達が順にリリィの前に立ちはだかって邪魔をするのだ。
リリィの解放が済まない限りは動けない、ならばそれを阻止する事が一番の時間稼ぎである。そう判断したのだろう。
「イルヤ、この化物共を縛る事は!?」
「不可能よ!この子、凄い力で抵抗して来るの。一杯一杯だわ!」
ラジャーンの問いに、イルヤが声を荒げた。顔全体を汗で濡らし、前へ出した腕は小刻みに震えている。発せられた紫色のオーラもそれに合わせて不規則に揺れていた。
その傍らでカレンがガン・キューブを構え、無防備な状態のイルヤに近付いて来る大蜘蛛を迎え撃っている。
それが今の自分に出来る唯一の事だと、カレンは理解していた。
リリィへ呼び掛けは何度もした。
が、効果は無し。
能力を使ってリリィの“中”をみる事も試みたが、それすらも出来なかった。
能力を発動出来なかったわけでは無い。この場所へ来てから、カレンは思う様に能力をコントロールする事が出来ていた。
中に入ろうとしても、何かに拒絶されて進めないのだ。リリィ自身がそうしているのか、リリィを操る何者かがそうしているのか、それはわからなかった。
イルヤの縛りが解かれてしまえば、リリィはこちらへ攻撃を仕掛けるだろう。そうなれば大蜘蛛よりもずっと厄介な敵となる。
イルヤの存在は絶対だった。
シンはひたすらに、ラジャーンとルイジェが取りこぼした大蜘蛛や、リリィの前に立ちはだかろうとする大蜘蛛を始末した。
ギルも途中までそうしていたが、体力温存の為に今はただリリィを見据え、銃口を向けて待っていた。
リリィも同じくギルを見据えていた。
何かを伝えようとしている事に、もうギルは気付いていた。だが声が出せないらしい。それは操りのせいでは無く、喉を潰された為だった。
リリィの喉元は黒紫色に変化していた。
毒に侵されている様に。
操りを身体だけにかけ、心はそのままに自分達ガーディアンとぶつけた。だが何も心の内を伝えられないように喉も潰した。
ギルは、身体の奥底から激しい怒りが込み上げて来るのを感じた。
時間稼ぎだけならば、心も身体も全て操ってしまえばいいだろうに。だがそうしなかったのは、こうやってリリィが苦しんで涙を流す様を楽しむ為だろう。
ふざけやがって!ふざけやがって!
怒りに呼応する様に、ギルの白いオーラは鋭さを増して渦となった。その変化に誰もが気付いた。
シンはアルビノの言葉を思い出した。
「人の感情の中で何が一番強い力を秘めるか知ってる?答えは殺意だよぉ。」
悲しいが、きっと正解だろう。
今のギルには、リリィをこんな状態にさせた人物に対する強い殺意が芽生えているはず。
今のギルなら。もしかしたら。
シンはギルの横から、リリィの前に立ちはだかる二匹の大蜘蛛に銃口を向けた。
「俺が今からあの二匹を倒す。そうしたらすぐにリリィへ閃光を飛ばせ!」
「わかった!」
ギルが力強く頷いた。
それを確認し、シンが引き金を引く。
が、その前に驚くべき事が起こった。
「ちょっと待って、ストップ。」
見知らぬ女の声に、全員手を止めた。
大蜘蛛達も一斉に動きを止めた。
その声はリリィから発せられた。
だが、リリィの声では無い。だが、リリィの口はその言葉通りに動いていた。
その場の全員が動きを止め、リリィは再度口を開いて音を発した。
「この子をそんなに取り戻したいのね。だったら取り引きをしましょうよ。」
「...誰だ!リリィの中から出て行け!」
ギルが怒りのままに声を荒げる。
その攻撃的な様に、リリィーーーの中から覗いていたソフィアは薄気味悪い笑みを浮かべた。そしてそれははっきりとリリィの表情にも表れた。
ギル以外の六人は疑問を浮かべていた。
ヒューラは男だ。その情報は確かなもの。だが今聞こえて来た声は女のものだった。一体誰だ。
ルイジェの(もしかしたら他の二人も)頭の中には最悪の考えが過っていた。
“黒幕がヒューラでは無い”という可能性。
“ヒューラも操られていた”という可能性。
ラギス国の首領であるヒューラが黒幕であると勝手にこちらが思い込んでいただけだとしたら。
いや、だがレイドールでの宣戦布告は確かにヒューラの声だった。では、ただ女を操ってリリィの中から喋っているだけか。
それとも、その女がヒューラを操っていたのか。いやそもそも、黒幕がヒューラ一人であるとは元から思っていない。協力者とはこの女か?それとも、アルビノの様にガーロンの一員か。
考えても、答えが見つかるわけが無く。
ルイジェは考える事をやめて、次の言葉を発するリリィの姿を見つめた。
「この子の操りを解くわ。それにこの蜘蛛達も消してあげる。それだけじゃない、レイドール国、ナルダ国、ティナンタート国、ファルアロン国、そしてセルビナ国には今後一切手を出さない事を誓うわ。」
「...それで、何を望む?」
ラジャーンが静かに言った。
リリィの表情がまた不気味に歪んだ。
ゆっくりとした動作で右腕をあげる。そしてそれは真っ直ぐにカレンを指差した。
「あなたよ。予言者の娘。」
数秒、時が止まった。
シンとギルはカレンの情報が敵に知られた事に顔を歪ませたが、ラジャーン、ルイジェ、イルヤの三人は雷に打たれた様な表情でカレンを見た。
それもそうだ、カレンの正体はセルビリア内だけに明かされていた。同盟を結んでいようとも、他の国には黙っていた事だ。
だが当の本人、カレンは意外にも冷静だった。何の戸惑いも無く静かにリリィの目を見つめる。
だが、その口から発せられた声は震えていた。冷静に見えるのは上っ面だけだと、その時にわかった。内側は誰よりも不安定だ。
「代わりに私を操ってどうするの?」
「何にだって利用出来るわ。あなたの能力があれば百人力、いいえ千人力以上。欲しい。何としても。」
「それを聞いて取り引きに応じると思う?」
「それはあなた次第。だけど応じないのであればまた戦争になるわね。あなたを“盗る”為にまた国に攻め入らないと。また大勢が死ぬわね。どう?そんなの、嫌でしょう?」
最後の言葉に、カレンは揺れた。それはシンとギルの目だけに映った。
誰だか知らないが、嫌な性格をしてる。
カレンの心優しい性格を見抜いての発言。普通に考えれば嘘八百、ふざけるなと言うところだが、実際にあの戦争でトラウマを植え付けられ、現在進行形で友達が操られて苦しむ姿を間近で見ているカレンからすれば、確かに揺らぐ取り引きだ。自分が犠牲になるだけで大勢の人が救われる、と。
まだ十数年生きて来ただけの少女の頭では、その目先の事しか考えられないだろう。周りが救われる事によって他の多くの人間が犠牲になる後先の事まで思考が回らないだろう。
「カレン、許さないぞ。」
静かに、だが力強くギルが言った。
カレンがハッとしてギルを見ると、ギルは既にカレンを見ていた。その横にいるシンも。
「リリィが戻って来る代わりにカレンがいなくなるなら一緒だ。絶対に嫌だ。」
「それをして、解放されたリリィはどう思う?おかげで助かった、ありがとうだなんて言うと本気で思うか?」
ギルと、次にシンが言った。
カレンの思考はようやく正常に動いた。
自分が犠牲になるだけで人が救われるのなら、と本気で少し思ってしまっていた。
それはただの自分勝手だ。そうする事によって周りの者達がどんな気持ちになるかを考えていなかった。
それに何よりも、ギルは絶対にリリィの操りを解いてくれると信じているし、クラド達は絶対にヒューラを倒してくれると信じている。もしまた国に攻め込まれても、ガーディアンやセルビリアが絶対にそれを阻止すると信じている。
それを一瞬だけ、忘れていた。そんな自分を恥じながらも、カレンは鋭くリリィ(正しくはソフィア)を睨み付けた。
「そんな馬鹿げた取り引きはしない。私達はリリィを自力で取り戻すし、何度攻め込まれたって立ち向かう。そうでしょう?リリィ。」
最後は、リリィの心に呼び掛けた。
聞こえないだろうと思っていたが、その声はしっかりとリリィに届いていた。
流された涙を見れば瞭然だ。
が、その涙とは裏腹にその表情は曇った。思い通りに行かず腹を立てた子供の様な顔。
「あらそう、残念ね。で、あなた達はどう思っているのかしら。予言者の娘の存在を今知ったんでしょう?セルビリアはずっと秘密にしていたのよ、ズルいと思わない?同盟国なのに、裏切られた気分にならない?」
後ろにいるラジャーン、横にいるルイジェ、前にいるイルヤを順に見て、そう問いかける。正直カレンは不安だった。この女の言う通り、ずっと黙っていた事なのだから。
だが、ラジャーンは声をあげて笑った。
「呆れた。お前、頭悪いな。同盟軍を中から壊しにかかる作戦、だとか考えているんだろう?イルヤ、どう思う?」
「本当にそのつもりなら馬鹿ね。チームという物を何もわかっていない。全てを操って自分勝手に事を進めるような奴には理解出来ないんでしょうけど。」
そう言って、イルヤも意地悪く笑った。
リリィの顔は最高潮に怒り、赤くなった。
「愚問。」
ソフィアが何か言い出す前に、ルイジェが低い声で短く言った。それと同時に、矢を放って一番近くにいた動かない大蜘蛛を吹き飛ばす。
それは一番相手を嘲る行為だ。リリィの長い銀髪が怒りで逆立った。
「我々ティナンタートでもそうした。セルビリアは間違っていない。間違っているのはお前だ。思いの外同盟軍が強く、攻め込まれた事に焦って取り引きを仕掛けて来たのだろう。こんな阿呆に散々振り回されて来たとは、反吐が出る。」
嘲笑し、大蜘蛛の死体に唾を吐く。
途端、リリィの怒りの表情は無くなった。怒りの感情が無くなったわけでは無い。冷静を取り戻したのだろう。
あからさまに感情を剥き出していた顔は、今は静かな笑みを浮かべていた。
「そう...わかったわ。いい、いいわよ。勘違いしている様だけど、この国はただの住処。後で存分に後悔なさい。」
それだけ言って、ソフィアは消えた。
リリィに、リリィが戻って来た。
それと同時に、止まっていた大蜘蛛達も一斉に動き出した。
「ああ、ごめんなさい!」
焦ったイルヤの声が耳に入った。
一瞬の隙をついて、リリィがイルヤの縛りから抜け出したらしい。
リリィは一直線にギルへと走った。殺気に溢れたヒーリスのオーラを纏いながら。
速い。ギルは能力を発動すらしていなかった。間に合わない。
「ギル!」
間一髪で、シンがリリィとギルの間へと割り入った。リリィのヒーリスとシンのディスターがぶつかり合う。が、やはりリリィの方が数段強かった。シンはギルと共に衝撃で後ろへと吹き飛ばされた。
「イルヤ!はやくリリィを...」
壁へ天井へと動き回る大蜘蛛にガン・キューブを何発も撃ち込みながら、ラジャーンが言った。
が、イルヤの返事は無い。疑問に思い、すぐにイルヤの方へ視線をやった。が、その前にカレンの叫び声が聞こえた。
それだけでラジャーンもルイジェも、見ずともその光景が見えてしまったのだ。
床に突っ伏すシンとギルを飛び越え、リリィはイルヤへと向かった。標的はギルでは無く、まずイルヤだったのだ。
リリィの手にはソード・レックが握られていた。そしてその刃先はイルヤの眉間へと続き、中へと突き刺さっていた。
カレンは叫び声をあげたが、きっと喉を潰されていなければそこにリリィの叫び声も混じったであろう。
「クソッ!!ギル、はやくしろ!」
ルイジェが叫んだ。叫ばずとも、何も言わずともギルはわかっていただろうが。
リリィが操られて何人もの人を殺めた事は充分わかっていたが、目の前でそれをされるとなるとまた違う。
ギルも、シンもカレンも、その光景に深い悲しみと鋭い怒りを感じた。
大蜘蛛はあと七匹。ラジャーンとルイジェ、シンとカレンだけで充分に倒せる数にまで減らせた。
問題は縛りから逃れたリリィだ。
「もう殺させない。」
ギルが誰に伝える事も無く言った。
もう誰も殺させない、誰にも殺させない。
皮肉にも、リリィの残酷過ぎる悲劇はギルの能力をより強く開花させていた。
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