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終章

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カチャカチャと鉄格子の方から金属音が鳴り響き、プリシラは膝に埋めていた顔を上げた。

「……ユーリ様?」

鉄格子を弄くり回して金属音を上げている人の正体は、ユーリ・ヴィスコンティその人であった。

「すまない遅くなった」
と、言って牢屋の施錠をいとも容易く解除し、プリシラに詫びる。

「どうして私がここにいることを? それにあなたは一体」

——誰? そう言葉を紡ごうとすると、プリシラの唇にしいっと、ユーリの人差し指が立てられた。

「それは後で分かる。とにかく今はここを出ないと」
そう言うと、プリシラはユーリにフード付きの闇色の布を深く被せられ、彼に手を引かれ、地下牢から脱出した。



「はぁ、はぁ、はぁ」
全速力で地下牢を駆けあがったためか、肺が大量の酸素を確保しようと激しく胸が上下する。苦しい。
プリシラがひゅーひゅーという胸を押さえていると、ユーリから水筒が差し出された。

「あ、ありがとうございます」

手渡された水筒を掴み、最初は舌を湿らせ、それから勢いよくごくごくと中の水を嚥下した。
プリシラが水筒の水を飲み込んだことを確認すると、「大丈夫か」と遠慮がちに声を掛ける。

「大丈夫です……それより、あの……助けてくださってありがとうございます」
「助けられた借りを返したまでだ」

ユーリがぶっきらぼうに言い放つ。

「それに、俺がお前を手助けできるのはここまでだ。ここにももうじき、ロートリンゲンの軍隊がやってくる」
「……それってつまり」
「ああそうだ、戦争が始まる」
「やっぱり」

プリシラが顔をしかめると、ユーリが面白そうに笑った。

「気づいたか」
「それは……あれだけお膳立てされたら……」

どの口が言っているんだ。そんな気持ちを込めて、プリシラはユーリをきっと睨む。

「それと、屋敷には戻らない方が良いぞ。屋敷に行っても、再び牢にぶち込まれるのが目に見えてる」
「……」

黙ったプリシラに、彼女がショックを受けたと勘違いしたのか、ユーリが檄を飛ばすようにプリシラに告げた。

「……王太子とお前の父親が、全ての罪をお前にかぶせてロートリンゲンに生贄として差し出そうと画策しているようだ。……俺がお前を訪ねに屋敷に訪れたら、王太子とお前の父親が話し込んでいて、怪しいと思って聞き耳を立てて聞いた、確かな情報だ……。なに、悲しむ事はない。ロートリンゲンの軍隊はボナパルトに攻め入ったとしても、貧民街には目もくれない。お前には貧民街に友達がいるだろう? 彼らはお前に恩がある。匿うことくらいしてくれるさ。お前も早く貧民街に向かうといい。……この国は終わりだ」 

吐き捨てるように言い捨てて、ユーリはこの場から立ち去った。
そしてプリシラはユーリに言われたがまま、貧民街へと足を向けた。
だがプリシラは


このままで終われるはずがなかった。



 ◇◇◇

貧民街に向かう途中、王都の街道は民衆で溢れ返っていた。

「号外! 号外!」
と、新聞記者と思われる人たちが、一心不乱に脇に抱えた新聞を辺りに撒き散らしている。プリシラは足元に広がっている土埃にまみれた新聞をとると、パンパンと埃を払って見出しを読んだ。

宗主国"ロートリンゲン帝国"がボナパルト王国に侵略か!?
見出しに続いた記事も読み進めたが……なんてデタラメな記事だ。非は明らかにこちらにあるというのに、新聞ではボナパルトが被害者である根拠を力説し、宗主国が領土拡大のために従属国を侵略するという根も葉もない事実が記されていた。
プリシラは長い長いため息をつき、読んでいた新聞をくしゃくしゃに纏めると勢いよくゴミ箱に突っ込んだ。


貧民街に行くと、やはり街の噂がここまで及んでいるのか、人々は見るからに慌てふためいていた。

「プリシラ!」

美しいソプラノで名前を呼ばれ、プリシラは声の方に顔を向ける。シャーリーだ。

「いったいどうなっているの? ロートリンゲンがこの国に攻め入るって」

その声音は、これから来るべき戦争を想像し、恐怖のあまり震えていた。

「大丈夫よ」
プリシラはシャーリーを落ち着かせるように彼女の背中を撫でた。

「本当に?」
シャーリーが不安げに尋ねる。
「ええ、本当よ。貧民街にいる限り安心だって、私の信用している人が言ってくれたわ」
信用している、は嘘だが。プリシラがシャーリーに微笑むと、彼女は安心したようにほっと息をついた。

「貧民街を助けてくれた貴女の言うことだもの……信じるわ」
「そう、ありがとう」
プリシラがにこりと微笑む。

「けれど……」
それから顔を一変させ、プリシラは悲しげに微笑んだ。

「貧民街にいる人は安全だけど、王都(まち)にいる人は危険だわ。私、彼らを助けてあげたいんだけど……協力してくれるかしら?」

シャーリーは貧民街の娼婦だが、客に取り入るのが上手いように、頭の回転もトップクラス。彼女は貧民街のリーダー的な存在だった。
彼女を仲間にすれば、話が早い。

「! もちろんよ! 多くの人が助かった方が良いもの! でも、私に出来ることなんかあるかしら……」
「貴女にしか出来ないことだらけよ!」
「そ、そう?」   

プリシラが励ますと、シャーリーは少し自信がついたようだ。「何でも言って!」と拳を握ってプリシラに言い放つ。

「……ティムを含めた男娼数人と腕っぷしに自信のある人を何名か用意してくれないかしら。今のところはそれで十分よ」
「……?」

それが何が人助けに関連するの? というようなきょとんとした顔をシャーリーはプリシラに向けた。だが、プリシラが「お願い」と頼むと、「分かったわ!」と彼女は勢いよく頷いて、プリシラの指示を果たしに駆け出した。

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