上 下
45 / 50
終章

2

しおりを挟む

ピチュンピチュンと、雨水が滴り落ちる音にプリシラの意識は覚醒した。

「……ここは、どこ?」

辺りを見回すと、あるのはベッドの代わりに敷き詰められたであろう藁の束と、刺激臭の漂う大きな壺が1つ。そして、目の前には鉄格子が見える。
プリシラにはこの光景に見覚えがある。
ここは、確か処刑前自分が閉じ込められていた地下牢だ。

(でも、なんで私がここに?)

プリシラはのろのろと鉄格子まで歩みよると、格子を両手で掴んだ。
逆行前もそうだが、今回は本当に地下牢に閉じ込められる身に覚えがない。
もしかして、プリシラがボナパルトが為さんとすることを知ってしまったから? ……いや、それにしては早すぎる。

(いったいどういうこと?)

プリシラは格子の向こうを眺めた。
しばらくの間格子に張り付いて人を待っていると、コツコツと階段を下る音が聞こえてきて身構える。
金髪に碧眼の、地下牢に似つかわしくない王子様染みた容貌の人……ヨハネスだ。

「ヨハネス。私、屋敷で誰かに殴られて目が覚めたら地下牢ここにいたの。……ここから出してくれないかしら?」

プリシラがヨハネスに懇願する。
だが、ヨハネスは蛆虫を見るような目付きでプリシラを見下した。

「触るな、穢らわしい魔女め。お前が婚姻前に、あの男と致していると私は既に知っている」
「……は?」

何を言っているんだこの男は。
プリシラはヨハネスの突拍子もない言葉に、口を開いたまま放心した。
それに、あの男とは誰だ。

「……何を言っているの?」
プリシラが眉を顰めた。

「とぼけるな!」
ヨハネスが怒鳴り声を上げる。
「貴様の首から吊り下げられている物が、何よりの証拠ではないか!」

プリシラは首にかけてあるネックレスに触れた。
これは、ユーリに誕生日プレゼントとして貰った物だ。それ以外に、意味はない。

「ヨハネス、これはユーリ様に誕生日プレゼントとして貰った物ですわ」
「何をたわけたことを。それに、ユーリとは誰だ?」

叔母であるテレジアの息子のことをヨハネスが知らないわけがない。釈然としない面持ちでプリシラは答えた。

「テレジア様のご子息のユーリ・ヴィスコンティ様です……貴方の従兄弟でしょう」

プリシラの言葉を聞くと、ヨハネスは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「……叔母上に息子などいない」
「は? ……何を言ってらっしゃるのですか?」

ユーリの噂は社交界で時折耳にしたし、しらばっくれるのも大概にして欲しい。

「社交界でも噂は何度か耳にしましたし、私、実際に彼に会いましてよ?」
「では、あの男が嘘をついているのだろう。私も、叔母上にユーリという名の息子がいるという噂は聞いたことがある。だが、叔母上と叔父上の間に子供などいない。それが事実だ」

それからヨハネスは顔を歪めて言い放つ。

「叔母上は叔父上が亡くなってから、少しずつ狂っていった。息子の噂を流したのも、大方叔母上の仕業だろう。……だいたいおかしいとは思わないのか。ヴィスコンティ公爵子息が社交界に姿を見せないなんて、そもそも不可能なんだよ」
この話はもう終わりだ、とヨハネスは吐き捨てるように言った。テレジアも元は王族の一員。血の繋がりのある叔母に、ヨハネスも思う所があるのだろう。
けれど、プリシラはヨハネスの話を鵜呑みにすることはできない。今まで彼には散々な目に合わされてきたのだから。

「大方、お前にそのプレゼントやらを渡した男も、叔母上の噂話に乗っただけだろう。哀れだな、そんな男に騙されて純潔を失うとは」
「……たとえ彼が嘘を語っていたとしても、私は彼と枕を共にしたことなんてありませんわ」

プリシラが唇を噛み締める。

「そもそも、そんな話どこから聞いたのですか?」
「……ロザリーが」

なんであの子の名前が出てくる。

「彼女が言っていたのだ。最近姉が森で拾ってきた男性と仲睦まじいとな。それで王の影を使ってみれば……誠ではないか!」
「彼は森で怪我をしていた所を介抱しただけです」 
「嘘をつけ! では、なぜ一緒に街まで降りていたのだ? 理由を言ってみろ」
(公爵令嬢が貧民街まで行っていたなんて言える訳ないじゃない!)
「……」

プリシラが沈黙していると、「ほら、理由を申すことができないのだろう……。このアバズレめ!」 
吐き捨てるように言い、去っていった。

彼がプリシラに背を向けた時、「ヨハネス!」と外にいたであろうロザリーがヨハネスの元へ駆けつけ腕を取り、そしてプリシラを振り返り口の端を吊り上げた。

「……」

コツコツ……と、ヨハネスとロザリーが階段を登る音が聞こえなくなってからようやく

「アバズレって……婚約者を姉から奪ったロザリーの方でしょう!」

プリシラは怒りをぶちまけながら鉄格子を殴り付けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。 だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。 「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」 こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!! ───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。 「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」 そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。 ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。 彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。 一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。 ※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。

【完結】王太子殿下に真実の愛だと見染められましたが、殿下に婚約者がいるのは周知の事実です

葉桜鹿乃
恋愛
「ユーリカ……、どうか、私の愛を受け止めて欲しい」 何を言ってるんだこの方は? という言葉を辛うじて飲み込んだユーリカ・クレメンス辺境伯令嬢は、頭がどうかしたとしか思えないディーノ・ウォルフォード王太子殿下をまじまじと見た。見つめた訳じゃない、ただ、見た。 何か否定する事を言えば不敬罪にあたるかもしれない。第一愛を囁かれるような関係では無いのだ。同じ生徒会の生徒会長と副会長、それ以外はクラスも違う。 そして何より……。 「殿下。殿下には婚約者がいらっしゃいますでしょう?」 こんな浮気な男に見染められたくもなければ、あと一年後には揃って社交界デビューする貴族社会で下手に女の敵を作りたくもない! 誰でもいいから助けて欲しい! そんな願いを聞き届けたのか、ふたりきりだった生徒会室の扉が開く。現れたのは……嫌味眼鏡で(こっそり)通称が通っている経理兼書記のバルティ・マッケンジー公爵子息で。 「おや、まぁ、……何やら面白いことになっていますね? 失礼致しました」 助けないんかい!! あー、どうしてこうなった! 嫌味眼鏡は今頃新聞部にこのネタを売りに行ったはずだ。 殿下、とりあえずは手をお離しください! ※小説家になろう様でも別名義で連載しています。

【完結】田舎育ち令嬢、都会で愛される

櫻野くるみ
恋愛
生まれつき身体が弱かった伯爵令嬢のリリーは、静養のため酪農が盛んな領地で育った。 すっかり健康になった15歳のリリーは、王都に戻ることになり・・・ ひょんなことから、リリー特製ミルクスープにがっつり胃袋を掴まれた第3王子ラインハルトは、王家の男性特有の執着で、鈍感なリリーを手に入れようと躍起になる。 ライバルに恨まれたり、田舎者だと虐められるかと思いきや、リリーを好ましく思う味方がどんどん増え、気付いたら愛され王子妃に!? 田舎育ち令嬢が、無自覚に都会の人達を癒し、王子に溺愛されてしまうお話。 完結しました。

悪役令嬢だったわたくしが王太子になりました

波湖 真
恋愛
クローディアは十年ぶりに祖国の土を踏んだ。婚約者だったローレンス王子が王位を継承したことにより元々従兄弟同士の関係だったクローディアが王太子となったからだ。 十年前に日本という国から来たサオリと結婚する為にクローディアとの婚約を破棄したローレンスには子供がいなかった。 異世界トリップの婚約破棄ものの十年後の悪役令嬢クローディアの復讐と愛はどうなるのか!! まだストックが無いので不定期に更新します よろしくお願いします

奥様はエリート文官

神田柊子
恋愛
【2024/6/19:完結しました】 王太子の筆頭補佐官を務めていたアニエスは、待望の第一子を妊娠中の王太子妃の不安解消のために退官させられ、辺境伯との婚姻の王命を受ける。 辺境伯領では自由に領地経営ができるのではと考えたアニエスは、辺境伯に嫁ぐことにした。 初対面で迎えた結婚式、そして初夜。先に寝ている辺境伯フィリップを見て、アニエスは「これは『君を愛することはない』なのかしら?」と人気の恋愛小説を思い出す。 さらに、辺境伯領には問題も多く・・・。 見た目は可憐なバリキャリ奥様と、片思いをこじらせてきた騎士の旦那様。王命で結婚した夫婦の話。 ----- 西洋風異世界。転移・転生なし。 三人称。視点は予告なく変わります。 ----- ※R15は念のためです。 ※小説家になろう様にも掲載中。 【2024/6/10:HOTランキング女性向け1位にランクインしました!ありがとうございます】

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?

氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!   気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、 「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。  しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。  なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。  そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります! ✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ
恋愛
 幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。  突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。  ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。 カクヨム、小説家になろうでも連載中。 ※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。 初投稿です。 勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و 気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。 【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】 という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。

処理中です...