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終章
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しおりを挟むピチュンピチュンと、雨水が滴り落ちる音にプリシラの意識は覚醒した。
「……ここは、どこ?」
辺りを見回すと、あるのはベッドの代わりに敷き詰められたであろう藁の束と、刺激臭の漂う大きな壺が1つ。そして、目の前には鉄格子が見える。
プリシラにはこの光景に見覚えがある。
ここは、確か処刑前自分が閉じ込められていた地下牢だ。
(でも、なんで私がここに?)
プリシラはのろのろと鉄格子まで歩みよると、格子を両手で掴んだ。
逆行前もそうだが、今回は本当に地下牢に閉じ込められる身に覚えがない。
もしかして、プリシラがボナパルトが為さんとすることを知ってしまったから? ……いや、それにしては早すぎる。
(いったいどういうこと?)
プリシラは格子の向こうを眺めた。
しばらくの間格子に張り付いて人を待っていると、コツコツと階段を下る音が聞こえてきて身構える。
金髪に碧眼の、地下牢に似つかわしくない王子様染みた容貌の人……ヨハネスだ。
「ヨハネス。私、屋敷で誰かに殴られて目が覚めたら地下牢にいたの。……ここから出してくれないかしら?」
プリシラがヨハネスに懇願する。
だが、ヨハネスは蛆虫を見るような目付きでプリシラを見下した。
「触るな、穢らわしい魔女め。お前が婚姻前に、あの男と致していると私は既に知っている」
「……は?」
何を言っているんだこの男は。
プリシラはヨハネスの突拍子もない言葉に、口を開いたまま放心した。
それに、あの男とは誰だ。
「……何を言っているの?」
プリシラが眉を顰めた。
「とぼけるな!」
ヨハネスが怒鳴り声を上げる。
「貴様の首から吊り下げられている物が、何よりの証拠ではないか!」
プリシラは首にかけてあるネックレスに触れた。
これは、ユーリに誕生日プレゼントとして貰った物だ。それ以外に、意味はない。
「ヨハネス、これはユーリ様に誕生日プレゼントとして貰った物ですわ」
「何をたわけたことを。それに、ユーリとは誰だ?」
叔母であるテレジアの息子のことをヨハネスが知らないわけがない。釈然としない面持ちでプリシラは答えた。
「テレジア様のご子息のユーリ・ヴィスコンティ様です……貴方の従兄弟でしょう」
プリシラの言葉を聞くと、ヨハネスは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……叔母上に息子などいない」
「は? ……何を言ってらっしゃるのですか?」
ユーリの噂は社交界で時折耳にしたし、しらばっくれるのも大概にして欲しい。
「社交界でも噂は何度か耳にしましたし、私、実際に彼に会いましてよ?」
「では、あの男が嘘をついているのだろう。私も、叔母上にユーリという名の息子がいるという噂は聞いたことがある。だが、叔母上と叔父上の間に子供などいない。それが事実だ」
それからヨハネスは顔を歪めて言い放つ。
「叔母上は叔父上が亡くなってから、少しずつ狂っていった。息子の噂を流したのも、大方叔母上の仕業だろう。……だいたいおかしいとは思わないのか。ヴィスコンティ公爵子息が社交界に姿を見せないなんて、そもそも不可能なんだよ」
この話はもう終わりだ、とヨハネスは吐き捨てるように言った。テレジアも元は王族の一員。血の繋がりのある叔母に、ヨハネスも思う所があるのだろう。
けれど、プリシラはヨハネスの話を鵜呑みにすることはできない。今まで彼には散々な目に合わされてきたのだから。
「大方、お前にそのプレゼントやらを渡した男も、叔母上の噂話に乗っただけだろう。哀れだな、そんな男に騙されて純潔を失うとは」
「……たとえ彼が嘘を語っていたとしても、私は彼と枕を共にしたことなんてありませんわ」
プリシラが唇を噛み締める。
「そもそも、そんな話どこから聞いたのですか?」
「……ロザリーが」
なんであの子の名前が出てくる。
「彼女が言っていたのだ。最近姉が森で拾ってきた男性と仲睦まじいとな。それで王の影を使ってみれば……誠ではないか!」
「彼は森で怪我をしていた所を介抱しただけです」
「嘘をつけ! では、なぜ一緒に街まで降りていたのだ? 理由を言ってみろ」
(公爵令嬢が貧民街まで行っていたなんて言える訳ないじゃない!)
「……」
プリシラが沈黙していると、「ほら、理由を申すことができないのだろう……。このアバズレめ!」
吐き捨てるように言い、去っていった。
彼がプリシラに背を向けた時、「ヨハネス!」と外にいたであろうロザリーがヨハネスの元へ駆けつけ腕を取り、そしてプリシラを振り返り口の端を吊り上げた。
「……」
コツコツ……と、ヨハネスとロザリーが階段を登る音が聞こえなくなってからようやく
「アバズレって……婚約者を姉から奪ったロザリーの方でしょう!」
プリシラは怒りをぶちまけながら鉄格子を殴り付けた。
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