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メレニア・メイジ編

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「私、やってないわ」

プリシラは淡々と事実を述べた。
だが、自分の言葉に、周囲の懐疑的な視線がより深まっていくのを感じて、小さなため息をつく。
いつの間にか、恐怖による震えは止まっていた。

(……それもそうよね。)

プリシラは、冷静になった頭で考える。

(犯した罪を否定するのは犯罪者の常套句だもの。……とはいえ、今回の件に私は本当に関わっていないのだけれど)

頭から血を流しているロザリーを発見したのは偶然だった。
教会に行く支度を終えたプリシラは、馬車の待つ玄関に向かおうと、自室のある二階から一階へ移動しようとして……頭から血を流すロザリーを見つけた。
そして、その姿を見て混乱したプリシラが呆然と立ち尽くしていると、どこからともなく現れたメレニアが悲鳴を上げ、現在の状況──プリシラが糾弾されるような状況へと至ったのだ。

(だけど……一体これはどういうこと?)

プリシラは首を傾げる。
そう、この事件はプリシラが逆行前に一度経験している出来事であった。
だが……

(……あまりにも、早すぎる)


前回の時間軸でも、ロザリーが階段から突き落とされたと証言・・し、偶然その場に居合わせていたプリシラがロザリーを突き落とした犯人に仕立て上げられる、という出来事はあった。
この件のせいでプリシラは、ただでさえ家族から虐げられていたというのに、使用人からの迫害も一層酷くなり、社交界からも義妹を階段から突き落とした姉として、腫れ物に触るような手酷い扱いを受けるようになったのだが……まあ、それは今回の件とは関係ない。
とにかく、逆行前もプリシラがロザリーを階段から突き落とした犯人に仕立て上げられたのだが、それはロザリーがメディチ家に迎え入れられてから一年後……つまり、今から半年後に生じるはずのことであった。
なのに、今回の時間軸では半年も早くこの出来事が起こってしまい、プリシラの頭は混乱していた。


「でも……私はこの目で確かに見たんです!」

メレニアが叫ぶ。
その言葉に続いて、プリシラがロザリーを突き落としたありもしない光景を、メレニアは饒舌に語る。
そんな光景を目の当たりにし、プリシラはいけしゃあしゃあと嘘を語るメレニアを蔑んだ瞳で見つめた。

(貴女が突き落としたんでしょうに……)

プリシラは既にこの出来事を経験している。
そのため、プリシラにはロザリーを階段から突き落とした犯人が分かっていた。
その人物とは……メレニアだ。
まあ、これは逆行前の記憶がなくても、プリシラが階段下に倒れこむロザリーを見つけた途端に現れたメレニアの姿を見れば、おおよその見当はつけられるだろう。

けれど、プリシラはこの奇妙な状況に再び小首を傾げる。
逆行前のロザリーは、階段から何者かに突き落とされたと証言した……つまりは、階段下に倒れていた時には意識があった。
だが、今回のロザリーは階段下で、頭から血を流して倒れていた。……もちろん、意識はない。
プリシラは、この事件が起きる時期と、ロザリーが倒れていた状況の違いに、思考の海に沈んでいった。

「早く、城の憲兵にプリシラ様を突き出しましょう! 家族を手にかけるなんて……プリシラ様は魔女かも知れませんわ!」

"魔女"という言葉に、プリシラの眉がピクリと動く。
そんな物と自分が同一視されては困る。
プリシラは話の雲行きが怪しくなったのを感じると、思考を中断し、実の娘を庇おうともせず、怪訝な視線を送ってくる両親にある提案をした。

「……お父様、お母様。このまま話を進めても、私はロザリーさんを突き落としていないと、メレニアは私が突き落とすのを見たと……話はずっと平行線ですわ。そこで、1つ提案があるのですが、どうでしょう」

「……いいだろう。話してみなさい」

「ロザリーさんが意識を戻るのを待つのです。私を憲兵に突き出すか否かは、その後でもよろしいのではなくて? ロザリーさんが目覚めれば、真実が明るみになるかもしれませんし、お父様もお母様も、由緒あるメディチ家から犯罪者を出すなんて不本意でしょう? 私はロザリーさんが目覚めるまで、自室に籠っていますから……ああ、もちろん変な動きをしないよう、私を見張ってもらっても構いませんわ」

──いかがでしょう?
と、プリシラが提案する。
だが、何やら顔を青くして焦りだしたメレニアが「ですが──」と反論を申し立てたのだが

「黙れ」 

と、ダミアンが一喝する。
「ひいっ」と、メレニアの口から小さな悲鳴が漏れたのだが、それを気にせず、ダミアンは淡々と話を続ける。

「お父様、お母様。私はプリシラの提案に乗っても良いと思います。プリシラの言うとおり、このまま話を進めても真実は分からないでしょうし……」 

(意外ね)

プリシラは自分を庇うダミアンの姿に目を見張った。
プリシラが逆行前の知識を活かし兄に多少のごますりをしていたのは事実だが、最近の兄とロザリーの関係は逆行前のものと比較的近いものになっているとプリシラは感じていた。
ロザリーはそんな兄との関係を利用して、てっきり自分の根も葉もない悪口を吹き込んでいると思っていたのだが……違うのだろうか?

(逆行前みたいに理性を失って私のことを責め立てると思っていたのに)

だが、プリシラの甘い考えは、次にダミアンの口から放たれた言葉に、宙に霧散した。

「けれど、もしメレニアの言うとおり、プリシラがロザリーを突き落としたというのが事実なら……」

そう言って、ダミアンは表面上は平静を保ちながら、その瞳に激しい怒りを纏わせてプリシラのことを睨んだ。

「プリシラを憲兵に突き出しましょう」


(──前言撤回)


ダミアンはプリシラを犯人だと疑っているらしい。
だが、今回の時間軸でプリシラが兄にしてきた行為の数々が、兄の理性と感情を繋ぐ物を、辛うじて薄皮一枚繋げている現状を作り上げているのだろう。

(無駄にならなくて良かった)


そうしてプリシラは、ロザリーを階段から突き落とした疑いで、彼女が目覚めるまで自室に幽閉される運びとなったのだ。
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