24 / 50
メレニア・メイジ編
21
しおりを挟むプリシラはメディチ家に仕える騎士に拘束されると、そのまま自室へと連行された。
そして自室へと戻されると、部屋の中に一人、廊下側の扉の前に一人と、騎士がプリシラを見張るために配置された。
だが、いずれの騎士もプリシラに同情的な視線を向けていた。
(それもそうよ)
プリシラは当たり前のようにその視線を享受する。
階段の周辺にいた人たちは、メレニアの気迫と、その場の周囲の雰囲気に呑まれてプリシラに険のある視線を浴びせてきたが、少し考えればプリシラがロザリーを階段から突き落とすはずがないことは誰にでも分かる。なぜなら、プリシラにはロザリーを害そうとする動機がないのだから。
逆行前なら、実の娘である自分が虐げられているというのに、家族から愛されているロザリーが許せないという嫉妬から動機づけは可能だろう。
だが、今回の時間軸ではプリシラは周囲の人たちから虐げられていないし、ロザリーを苛める母の責め苦にも参加していない。それに、ロザリーにしつこく声をかけられたとしても、困惑した様子を見せども、決してロザリーを虐げるような振る舞いはしなかった。だからどう考えても、プリシラがロザリーを害そうとする理由などないのだ。
それに、騎士は罪人を取り締まる憲兵のような役割を担っていると聞く。そういった経緯もあり、この騎士たちはプリシラが無罪だということをおおよそ察しているのだろう。
プリシラは騎士たちの憐憫の視線を受け止め、それから本を読むふりをして先ほど中断された考え事について再び思いを馳せた。
まずはロザリーが階段から突き落とされた時期が半年早いという点について考えこむ。
(私が逆行前とずれた行動をしてしまったからかしら?)
プリシラが逆行前とは異なる行為をしたことにより、逆行前と逆行後で、プリシラを取り巻く状況は大きく変わった。それにより、プリシラが歩むべきはずだった未来が大きく変わってしまったとしても、特段プリシラが驚くようなことは何もない。
(けれど、少し困るわね)
復讐するにあたり、プリシラは入念に計画を練っている。
今回の件は自分が一度体験していることだからあまり焦る要素は無い。
だが、もし自分の身に、予測不可能な何かが生じてしまったのなら——。
そこまで考えて、プリシラは小さなため息をついた。
(少し注意する必要がありそうね)
プリシラは、頭の片隅に、今の考えを留めておくように入念に意識する。
そして今後の計画には、いかなる出来事にも対処できるように複数のパターンを用意しておかなければと、自身に念を押しておく。
そして、次に考えたのは……
(なぜ、ロザリーは今回の時間軸であれほど酷い怪我を負っていたのかしら?)
前回の時間軸では、ロザリーはプリシラが犯人に仕立てられた後、ぴんぴんとした様子で「お義姉様が何もしていないと私は信じていますわ!」と発言してくれた。その言葉のおかげで逆行前はプリシラが罪を被る決め手となったというのに、ロザリーは今回そんな証言ができないくらいに酷い傷を負っている。
(はぁ……逆行前の私は気づかぬふりをしていたけれど、ロザリーの本性を知った今の私にならおおよその察しがつくわ……。どうせ前回の時間軸では、ロザリーとメレニアが結託して、私を貶めようとこの事件の犯人に仕立て上げたんでしょう?
けれど……なぜメレニアは、今回の時間軸ではロザリーにあれほど酷い怪我を負わせたのかしら? 何か二人の間に亀裂が生じるような出来事が起こったの?)
そうしてプリシラは、この逆行後の半年間の生活を回想し、それから数十分後、「ああ」と、何かに気づいたように一人でに頷いた。
(そういえば、逆行してからロザリーはまだヨハネスに出会っていないものね)
プリシラはそれで辻褄が合う、と何度もコクコクと頷く。
実は、メレニアは幼い頃からダミアン……つまり、プリシラの兄に懸想していた。
そのことは誰の目から見ても明白で、幼心にプリシラはメレニアが義姉になるかもしれないと恐怖していた時期さえあったほどだった。まあ、今はメレニアの実家が貴族の爵位を剝奪されてしまったのでそんな心配は無いのだけれど……。
それで、この話になぜヨハネスが関係しているのかだが、ヨハネスと出会う前のロザリーとメレニアの関係は、決して良いものだとは言えなかった。
メレニアの想い人に、取り入るように近づくロザリー。
ヨハネスと出会う前のロザリーは、メレニアにとって恋敵だったのだ。
そして実際、ロザリーは兄に想いを寄せているかの行動や発言を何度も繰り返していた。
だが、これも、ロザリーがヨハネスと出会う前の話。
ロザリーはヨハネスという超優良物件と出会ってからというもの、彼女はダミアンとただの仲の良い兄妹の関係に戻り(兄はロザリーに想いを寄せていたが)、そしてご存じの通り、ヨハネスをプリシラから奪い取り、見事婚約者の座を手に入れた。
だが、ロザリーがヨハネスと出会うのは、ロザリーがメディチ家に迎え入れられてから8か月後……つまり、今から二カ月後の話である。
ロザリーが階段から突き落とされてプリシラを犯人に仕立て上げるというこの事件は、ミレーヌから苛めを受けて、自分の思い通りにいかない焦りから事を急いたロザリーが提案したのか、ロザリーとダミアンが睦み合っている姿を見て、その嫉妬からメレニアがロザリーに提案したのか分からないが、いずれにせよ、逆行前とは異なる様々な要因が重なって、嫉妬に駆られたメレニアが、ロザリーを階段から本気で突き落とし、ロザリーが怪我をするという事態に繋がったのだろう。
プリシラが一通り頭の中を整理していると、いつの間にか日は沈み、外の景色は月の光がはっきりと見える闇色へと染まっていた。
(もうこんな時間)
プリシラが物思いにふけてからどれほどの時間が経ったのだろう。
プリシラは窓の外から見える宵闇を見て(いつもならもう就寝している時間ね)と察し、寝間着に着替えようと、緩慢な動作で自分の衣服へと手をかけ……それから顔を赤らめて、部屋の扉の前に立つ騎士をおずおずと見上げた。
「あのお……」
プリシラが遠慮がちに声をかけると、顔から火が出てきそうなほど真っ赤に頬を染めた騎士が「女性の騎士を呼んで参ります! 失礼いたしました!」と、扉を思いっきりバタンッと閉めて部屋から立ち去った。ちなみにだが、廊下の前に立つ騎士も男である。
(なんで私の部屋で私を見張る騎士が男なのよ)
なぜ女性の騎士を娘の部屋に置いておこうとしないのか……そんな初歩的なミスさえ犯すメディチ家の人々に頭を抱えながら(まあ、プリシラにとっては都合が良かったのであえて指摘はしなかったが)プリシラは行動に移す。
騎士が女性騎士を呼びに行っているとはいっても、あまり時間は無いだろう。
プリシラは、まず自分がいつも使っている紙とペンが入っている机の引き出しを開けたが
(……やっぱりない)
家族はやはりプリシラが外部との連絡を図ることに感付いたのか、プリシラの自室には、紙の代わりになりそうな本はあっても、インクや文字を書くペンなどは既に押収されているようだ。
(こういう所は周到なのよね)
プリシラは家族の顔を思い出して、はぁと小さなため息をつく。
だが、カツカツカツ……と、騎士が階段を上ってくる音が聞こえて
(ああ、準備しておいてよかった)
プリシラは文鳥に「 」と告げ、そのまま鳥を窓から放した。
それから急いでプリシラは寝間着に着替えると、空になった鳥籠をクローゼットの奥深くにしまった。
だが鳥籠を隠し終えたその時、トントンと、部屋をノックする音が聞こえた。
プリシラは急いで忍び足でベッドに潜り、それから「どうぞ」と返事をする。
「失礼いたします。私は——」
そして間一髪部屋に足を踏み入れた女騎士に、どくどくと音を立てる心臓を押さえながら、何食わぬ顔で対応をするのだった。
18
お気に入りに追加
439
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】
私には婚約中の王子がいた。
ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。
そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。
次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。
目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。
名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。
※他サイトでも投稿中
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!
utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑)
妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?!
※適宜内容を修正する場合があります
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる