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メレニア・メイジ編
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しおりを挟む「やっと終わったわ……」
プリシラはまだインクの乾いていない書類を机の端に寄せると、ぐでんと頬を机についた。
窓の外からは、太陽の光が室内にうっすらと差し込んでおり、とうに夜が明けていることを察することができる。
「ね……眠いわ」
プリシラは椅子の背もたれに背中を預けると、ふぁーと大きな欠伸をする。
「少し、寝ようかしら……」
窓の外をぼんやりと眺めながら、プリシラは独り言(ご)ちる。
窓から見える太陽の位置からも、公爵家の朝食の時間帯に合わせ起床することを考えれば、少なくともあと2時間は眠ることができる。
(……寝よう)
プリシラはそうと決めると、即座に紙の切れ端にいつもの起床時刻になったら起こしてくれとリリー宛の伝言を書き上げる。
そしてベッドで寝ようと重い腰を上げようとしたが……
(……面倒くさいわ)
プリシラはここ数日、徹夜続きで家計簿の修正に集中していたため、椅子からベッドに移動するという少ない労力でさえ、動くことに煩わしさを感じていた。
(……どうしようかしら)
プリシラは眠気でぽーっとした頭で考える。
椅子に座ったまま寝てしまうと、リリーに叱責されることは避けられないだろうし、けれど、ベッドに移動することさえ面倒臭い。
プリシラはあまり働かない頭で暫くの間考えていたが、結局、プリシラは椅子に座ったまま、机に突っ伏した状態で深い眠りへと誘われてしまった。
***
「んっ……」
窓から差し込んだ眩しい光に目がくらみ、プリシラは深い眠りから目が覚めた。
そして微睡む意識の中、無意識の内に明るい方を見て……プリシラの意識は覚醒した。
窓の外から見える太陽は、空の一番高い位置にあり、どう見ても、朝食の時間は過ぎている。
「——っ」
リリー! どういうこと!?
と、プリシラはメイドの名前を叫ぼうとした瞬間、丁度部屋をノックする音が室内に響き渡る。
「お嬢様。リリーにございます。部屋に入ってもよろしいですか?」
プリシラは叫びそうになった名前を呑み込むと、低い声で「……どうぞ」と返答をした。
プリシラの声音は、誰が聞いても彼女が怒っているであろうことが明白だったというのに、プリシラのメイドは、そんなことも意を介さない様子で、何の躊躇もせず、プリシラの部屋に入っていった。
「……リリー、私、貴方宛ての書置きをしておいたはずなのだけれど……目に止まらなかったかしら?」
躊躇いもせず部屋へと足を踏み入れたリリーを、プシリラがじろりと見て言い放つ。
「ええ、きちんと確認いたしましたよ?」
だが、リリーは何の悪びれもせず、けっろっとした様子で宣った。
そんな自分のメイドの様子に、プリシラは思わず苛立ちの声を上げた。
「どうして起こしてくれなかったのよ!?」
「……どうして……ですか……」
リリーはゆっくりとプリシラの方へと顔を向け、まっすぐな瞳でプシリラを見つめた。
最初のうちは、プシリラはリリーに対して反抗的な視線を送っていた。
しかし、責められるべきは主人の命令に背いたリリーであるというのに、彼女の純真な瞳に見続けられているうちに、プリシラは自分に非があったのではないかと、言われのない罪悪感を覚え始めた。
——本当に、分からないのですか?
リリーの視線に含まれていた意味を察して、プリシラは思わず押し黙る。
「……」
顔を俯かせ、沈黙を続けるプリシラに、リリーは観念したように大きなため息をついた。
「……お嬢様の体調が心配だったのです」
リリーの口からそっと零れ落ちた言葉に、プリシラは目ざとく反応する。
「私の体調? 問題ないわよ?」
プリシラは心底不思議そうに、首をこてんと傾げた。
そもそも、プリシラはこの国の王妃候補として、この国の王妃となるべく相応しい人間になるように、厳しい王妃教育を乗り越えてきた実績がある。
その中には、もちろん自身の体長管理も含まれており、プリシラは自分の体力のキャパシティを十二分に把握している。
事実、プリシラは五日間一睡もせずに働くことができるし、前回の時間軸でも、なんやかんや理由をつけて自身の仕事から逃げていた婚約者の代わりに、限界まで仕事を担っていた経験がある。
だから、いくら公爵家の家計簿の修正に躍起になったとしても、少ないながらも睡眠時間はきちんととっていたし、プリシラが把握している自身の限界値までとは程遠い。
だが、プリシラの不思議そうな言葉に対し、リリーは今にも涙が零れそうな瞳で訴えかける。
「失礼ながらお嬢様。お嬢様は今のご自身の顔を見ても何も思われないのですか!?」
それは悲鳴にも近い声だった。
「……え?」
プリシラは、室内に設置されているドレッサーの前まで移動して、鏡に映った自分の顔を確認した。
自慢の雪のように白い肌は、心なしかいつもより青い気がする。目の下には黒い隈が刻まれているが、まあこの程度は許容範囲だろう。この程度なら化粧で隠せるだろうし、あと三日間は徹夜で働ける——と、プリシラはリリーの目の前で饒舌に喋る。
だから、心配しなくて大丈夫——と、プリシラが結びの言葉で締めくくると、鏡に写ったリリーが、突然、嗚咽を洩らして泣き始めた。
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