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メレニア・メイジ編

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プリシラが玄関に辿り着くと、先に到着していた母と兄が彼女の姿を見て驚いたように目を見張った。
それはプリシラがいつにも増して、気合いの入ったドレスと髪をしていたからだ。

「プリシラ、いつにも増して綺麗ね」
「そうだな」

母──ミレーヌが感嘆の声を上げる。
兄のダミアンも、ミレーヌの言葉に同調するように頷いた。

「ありがとうございます。お母様、お兄様。」

母と兄の称賛の言葉に、プリシラははにかみながら笑う。

「初めて義妹(いもうと)と会いますもの。少し張り切ってしまって……」

かあっと頬を赤らめながら喋るプリシラを見て、母と兄は微笑ましい物を見つめるように彼女に温かい視線を送った。
そんな家族の姿を見て、プリシラは心の内で家族(かれら)と、そして自分自身に失望していた。

(……なんて御しやすいのかしら)

プリシラは二人に気付かれないよう、小さなため息を漏らした。
前回の時間軸では、プリシラは父親の不貞を信じられずに一晩中泣き喚き、目が腫れ顔が浮腫(むく)んだ酷い状態で義妹(ロザリー)の前に姿を現した。
そんなプリシラの醜態(しゅうたい)に、母も兄も蔑(さげす)むような視線を送ってきたし、ロザリーも驚いたように目を丸くしていた。
プリシラはこの後、母に「メディチ家の長女(むすめ)としての自覚がないの!?」と激しい叱責を浴び、自分の失態を後悔した苦い記憶がある。


──だがプリシラは、今回も同じ轍(わだち)を踏むつもりは毛頭ない。

プリシラは前回の経験を踏まえて、母と兄の取り扱いを十分過ぎるほどに理解していた。
母は何よりも自分がメディチ家の正統な嫡子であることを誇りに思っており、自分より身分の低い男(ダグラス)が当主となった現実を憎悪している。
そして、伯爵(ダグラス)の血が混じっているとは言え、公爵(メディチ)家の血筋を受け継ぐ娘(プリシラ)と息子(ダミアン)のことを目に入れても痛くないほどに溺愛していたのだ。

(けれど前回の時間軸で|母の望む娘を演じられなかった私は、早々にその立場を義妹(ロザリー)に奪われてしまった)

ロザリーはプリシラよりも早く母(ミレーヌ)の懐柔方法を見つけ、取り入ってしまったのだ。

(でも今の私なら、母を思いのままにするなんて容易(たやす)いこと──)

プリシラは一度目の人生でロザリーが母を取り込む過程を見て、母を懐柔する要素(ポイント)を嫌と言うほど学んだのだ。
母が娘に求めるのは以下の二点。
・公爵(メディチ)家に相応(ふさわ)しい令嬢を演じること。
・母の矜持(プライド)を時折立ててやること。
プリシラはこのたった二点を守るだけで、母に対する自分の絶対的な優位を確信していた。

(ロザリーは持ち前の天真爛漫(むてっぽう)で母の矜持(プライド)を擽(くすぐ)っていたみたいだけど、あの子とお母様の血の繋がりは無いもの)

血統を重んじる母が、実の娘の母を慕う言葉と、知らない女の娘(こ)の自分を慕う言葉──
どちらをミレーヌが選ぶかなんて想像に容易い。

(それにお兄様なんて適当に褒めておけばこっちにコロッと靡(なび)く訳だし)

プリシラは前回、ロザリーが兄に振り撒く愛嬌(あいきょう)を思い出して顔を歪めた。

(流石にアレをする勇気はないけれど……)

プリシラの兄ダミアンは、母と同じく自分がメディチ家の嫡子であり、正統な跡継ぎであることを誇りに……いや、固執している、と言った方が正しいだろう。
そのため兄は、公爵家の跡継ぎに相応しい人間となるよう努力していたが、人一倍 矜持(プライド)が高く、家を継げない女性や自分より身分の低い人たちを軽視する傾向があった。
その癖、兄は異性(じょせい)に煽てられることに滅法弱かった。
前回の時間軸で、自分を終始褒め称える義妹(ロザリー)に恋しているのかとさえ思うほどに。

「……」

(お母様とお兄様はこんなにも扱いやすい人なのに、以前の私は何も分かっていなかった)

一度目の人生のプリシラは、血の繋がった家族であるならば、そこには無償の愛が存在すると信じて疑わなかった。
けれど家族は実の娘であるプリシラより、血の繋がらない甘い言葉を囁く義妹(ロザリー)を選び、娘(プリシラ)をこの国で一番残酷な処刑方法で断罪した。

(家族間の愛なんか信じなければ、火刑(あんなめ)に合わなかったかもしれないのに……)

プリシラは今世、一度目の人生で自分を苦しめた人たちを、どんな手を使っても地獄に落とすつもりだ。
それこそ、彼ら(家族)を意のままに操るために、自分を見殺しにした家族に媚を売ってまでも──。

( まあ、用済みになったらちゃあんと私の目の前から消えてもらうけど)

プリシラは憎悪を偽りの仮面(かめん)で覆いながら家族と談笑を続け、そして遂に、ロザリーと因縁の対面を果たす──。
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