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優しい悪魔とぼんやり令嬢
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私はクラリス・エディット。公爵令嬢でありながら、いつも孤独です。両親にはそれぞれ愛人がいて冷え切った家庭環境。後継である兄とも仲が良くない私はそれでも乳母の愛を受けてきましたが、その乳母も今年に入り死去。侍女達とも上手くいっておらず、この国の貴族の子供が通う学園ではコミュニケーションが苦手な私は次第に孤立。それでも、愛する婚約者がいれば耐えられると思っていたのですが…。
「クラリス・エディット!貴様との婚約は解消させてもらう!」
「まあ…それは…」
愛する婚約者であるエドモン・フレデリク様は、学園でのダンスパーティーの席で私との婚約解消を宣言されました。私は納得しておりませんので、婚約破棄と言う方が正しいと思いますが。
「エドモン様、怖いです…ほら、ああやっていつも私のことを睨んでくるのですよ?」
「可哀想なルナ…俺が守ってやるからな!」
ところで、エドモン様の隣で震える可憐な少女は誰でしょう?今しがた呼ばれたルナ様というお名前しかわかりませんが。いつも、とはいつのことでしょうか?
「クラリス!ルナを虐めていたことを認め謝罪しろ!」
「え?虐めですか?」
「何をきょとんとしてるんだ!お前がルナを虐めていたことは知ってるんだぞ!」
虐めとはなんのことでしょうか?私、何かしてしまいましたか?
「ほら、ああやってエドモン様と恋仲になった私を虐めておきながらとぼけるのです!なんて酷い方!」
…えっと。えーっと。
「つまり、エドモン様はルナ様と恋仲なのですか?浮気ですか?」
「なっ…!?浮気ではない!ルナとは運命の恋に落ちただけだ!」
「…それは浮気では?」
よくわからないけれど、だから私を悪者にしたくて虐めをでっち上げている、ということでしょうか?
「うるさい!とにかくルナに謝れ!全部お前が悪いんだ!」
うーん。私が悪いのでしょうか?まあ、確かにエドモン様のお心を繋ぎとめられなかったのは私の至らなさ故。虐めの件はともかくとして。
「申し訳ございませんでした」
「ふんっ。お前などこの学園に相応しくない!さっさと会場から出て行け!」
えっと。出て行った方がいいのでしょうか?まあ、お友達もいませんし、出て行っても困らないですよね。卒業のための単位は既に取得していますから、これから卒業までは寮に閉じこもるのもアリですね。新しい婚約者はどうせ両親が勝手に選んでくれることでしょうし。もっともまともな人が選ばれるとは思いませんが。この歳になって売れ残っている方なんて、難がある方に決まっていますし。
「失礼致します」
ああ、実家に婚約破棄の旨を伝えなければ。とても憂鬱です。
ー…
「やあ、可愛いお嬢さん」
何故か寮に戻ると知らないお兄さんが私の部屋で寛いでいます。何故。誰。
「おっと、そんなに警戒しないでおくれ。僕はアルフレッド。しがない悪魔さ!今日は君と契約しに来たんだ」
「契約…ですか?」
一体なんの?
「君、エドモンとかいう浮気者とその相手のルナという女、憎くないかい?」
…憎い?憎いのでしょうか?
ー…わからないです。
「…わかりません」
「ああ、本当にぼんやりしたご令嬢だねぇ。それほどどす黒い感情を抱えておきながら、それに自分で気付かないなんて」
私はそんなに汚い感情を抱えているのでしょうか?自分ではよくわからないです。
「私…」
「殺して欲しいんだろう?本当は。あの二人を無様に、残酷に」
「…」
否定も肯定もできない。自分で自分がわからない。
「それにね、僕と契約すれば、そもそもあの二人の存在自体を消せるんだ。あの侯爵令息と男爵令嬢は生まれていなかったことになるし、君が傷ついた記憶も消える。婚約もなかったことになる。婚約破棄の旨を家族に伝える必要もない。ね、いいでしょう?」
「…」
そんなことを願っていいんでしょうか?…でも、私は。
「…お願いします」
家族から心無い言葉をぶつけられるのがわかっているのに、手紙を出すなんて嫌ですし。流されてしまってもいいですよね。悪魔のささやきとはそういうものですもの。
「よし、契約成立だ!対価は君のそのどす黒い感情。人の感情は僕にとっては良い餌なのさ。それじゃあ、早速いただきます!」
私の胸が突然痛み出す。けれどそれは一瞬で、気がつくとどす黒いハート型の何かが私の胸の前に。これが私の感情?
「もぐもぐ。…んー、美味だった!ありがとう!なら、早速君の憎しみの対象を消してこよう!次に会う時には、君は全てを忘れているよ。それでは!」
…あれ?私は何をしていたのかしら?大変!今日はダンスパーティーがあるのに!アルフレッド様が待ってるはず!急いで会場に行かなきゃ!
ー…
僕達の出会いは春告げ鳥の声が響く、まだまだ寒い日のことだった。幼い公爵令嬢である君と、汚い孤児の僕。出会うはずのない僕らは、しかし出会ってしまった。それは、僕にとっては酷く幸福な思い出だ。
領内の視察に訪れた君の両親。一緒に連れて来られた君たち兄妹は良い子にしていたが、ふと君だけはスラムの方に迷い込んでしまった。いつものようにぼんやりしていたんだろうね。
そこで汚い僕と出会った君は、僕に持っていたおやつを分け与えてくれた。その優しい微笑みを僕は永遠に忘れない。その後すぐに迎えが来て、君にはお礼すら言えなかった。
僕は、次の日悪魔に捕まった。比喩じゃなく、本物の悪魔。僕は悪魔に徹底的に悪魔としての生き方を教え込まれ、最後の試験として悪魔を殺した。悪魔を殺した者は悪魔になる。そして永遠を彷徨う。だから僕は、悪魔になってすぐに君を探した。もし君が不幸なら、その原因を消すために。もし君が幸福なら、その幸せを見届けるために。君は不幸のどん底にいた。どす黒い気持ちを抱えていた。それなのに、自分でそれに気付けないでいた。だから、僕はその原因を消してあげよう。
ー…
「く、来るな化け物!」
「エドモン様ぁっ!」
「うるさいなぁ。僕は君たちと遊ぶ気は無いんだ。さっさと行くよ」
僕はエドモンとルナに不死の魔法を掛ける。そして次元の狭間に放り込んだ。
「次元の狭間はね、嵌ると絶対抜け出せない。不死の魔法が掛かった君たちは、永遠に肉体をすり潰され責め苦を受ける。…僕の可愛いクラリスを傷つけたんだ。永遠に苦しめ」
僕は最後に、彼らの痕跡をこの世から消した。そして、自らを『アルフレッド・フレデリク侯爵令息』という偽りの存在として定義する。アルフレッド・フレデリクの婚約者は、もちろんクラリス・エディット。
さあ、素敵な日々を始めよう。君のことは、僕が守るよ。永遠を彷徨う僕が、今世も来世もずっとずっとずっと、君を守ると誓おう。
「クラリス・エディット!貴様との婚約は解消させてもらう!」
「まあ…それは…」
愛する婚約者であるエドモン・フレデリク様は、学園でのダンスパーティーの席で私との婚約解消を宣言されました。私は納得しておりませんので、婚約破棄と言う方が正しいと思いますが。
「エドモン様、怖いです…ほら、ああやっていつも私のことを睨んでくるのですよ?」
「可哀想なルナ…俺が守ってやるからな!」
ところで、エドモン様の隣で震える可憐な少女は誰でしょう?今しがた呼ばれたルナ様というお名前しかわかりませんが。いつも、とはいつのことでしょうか?
「クラリス!ルナを虐めていたことを認め謝罪しろ!」
「え?虐めですか?」
「何をきょとんとしてるんだ!お前がルナを虐めていたことは知ってるんだぞ!」
虐めとはなんのことでしょうか?私、何かしてしまいましたか?
「ほら、ああやってエドモン様と恋仲になった私を虐めておきながらとぼけるのです!なんて酷い方!」
…えっと。えーっと。
「つまり、エドモン様はルナ様と恋仲なのですか?浮気ですか?」
「なっ…!?浮気ではない!ルナとは運命の恋に落ちただけだ!」
「…それは浮気では?」
よくわからないけれど、だから私を悪者にしたくて虐めをでっち上げている、ということでしょうか?
「うるさい!とにかくルナに謝れ!全部お前が悪いんだ!」
うーん。私が悪いのでしょうか?まあ、確かにエドモン様のお心を繋ぎとめられなかったのは私の至らなさ故。虐めの件はともかくとして。
「申し訳ございませんでした」
「ふんっ。お前などこの学園に相応しくない!さっさと会場から出て行け!」
えっと。出て行った方がいいのでしょうか?まあ、お友達もいませんし、出て行っても困らないですよね。卒業のための単位は既に取得していますから、これから卒業までは寮に閉じこもるのもアリですね。新しい婚約者はどうせ両親が勝手に選んでくれることでしょうし。もっともまともな人が選ばれるとは思いませんが。この歳になって売れ残っている方なんて、難がある方に決まっていますし。
「失礼致します」
ああ、実家に婚約破棄の旨を伝えなければ。とても憂鬱です。
ー…
「やあ、可愛いお嬢さん」
何故か寮に戻ると知らないお兄さんが私の部屋で寛いでいます。何故。誰。
「おっと、そんなに警戒しないでおくれ。僕はアルフレッド。しがない悪魔さ!今日は君と契約しに来たんだ」
「契約…ですか?」
一体なんの?
「君、エドモンとかいう浮気者とその相手のルナという女、憎くないかい?」
…憎い?憎いのでしょうか?
ー…わからないです。
「…わかりません」
「ああ、本当にぼんやりしたご令嬢だねぇ。それほどどす黒い感情を抱えておきながら、それに自分で気付かないなんて」
私はそんなに汚い感情を抱えているのでしょうか?自分ではよくわからないです。
「私…」
「殺して欲しいんだろう?本当は。あの二人を無様に、残酷に」
「…」
否定も肯定もできない。自分で自分がわからない。
「それにね、僕と契約すれば、そもそもあの二人の存在自体を消せるんだ。あの侯爵令息と男爵令嬢は生まれていなかったことになるし、君が傷ついた記憶も消える。婚約もなかったことになる。婚約破棄の旨を家族に伝える必要もない。ね、いいでしょう?」
「…」
そんなことを願っていいんでしょうか?…でも、私は。
「…お願いします」
家族から心無い言葉をぶつけられるのがわかっているのに、手紙を出すなんて嫌ですし。流されてしまってもいいですよね。悪魔のささやきとはそういうものですもの。
「よし、契約成立だ!対価は君のそのどす黒い感情。人の感情は僕にとっては良い餌なのさ。それじゃあ、早速いただきます!」
私の胸が突然痛み出す。けれどそれは一瞬で、気がつくとどす黒いハート型の何かが私の胸の前に。これが私の感情?
「もぐもぐ。…んー、美味だった!ありがとう!なら、早速君の憎しみの対象を消してこよう!次に会う時には、君は全てを忘れているよ。それでは!」
…あれ?私は何をしていたのかしら?大変!今日はダンスパーティーがあるのに!アルフレッド様が待ってるはず!急いで会場に行かなきゃ!
ー…
僕達の出会いは春告げ鳥の声が響く、まだまだ寒い日のことだった。幼い公爵令嬢である君と、汚い孤児の僕。出会うはずのない僕らは、しかし出会ってしまった。それは、僕にとっては酷く幸福な思い出だ。
領内の視察に訪れた君の両親。一緒に連れて来られた君たち兄妹は良い子にしていたが、ふと君だけはスラムの方に迷い込んでしまった。いつものようにぼんやりしていたんだろうね。
そこで汚い僕と出会った君は、僕に持っていたおやつを分け与えてくれた。その優しい微笑みを僕は永遠に忘れない。その後すぐに迎えが来て、君にはお礼すら言えなかった。
僕は、次の日悪魔に捕まった。比喩じゃなく、本物の悪魔。僕は悪魔に徹底的に悪魔としての生き方を教え込まれ、最後の試験として悪魔を殺した。悪魔を殺した者は悪魔になる。そして永遠を彷徨う。だから僕は、悪魔になってすぐに君を探した。もし君が不幸なら、その原因を消すために。もし君が幸福なら、その幸せを見届けるために。君は不幸のどん底にいた。どす黒い気持ちを抱えていた。それなのに、自分でそれに気付けないでいた。だから、僕はその原因を消してあげよう。
ー…
「く、来るな化け物!」
「エドモン様ぁっ!」
「うるさいなぁ。僕は君たちと遊ぶ気は無いんだ。さっさと行くよ」
僕はエドモンとルナに不死の魔法を掛ける。そして次元の狭間に放り込んだ。
「次元の狭間はね、嵌ると絶対抜け出せない。不死の魔法が掛かった君たちは、永遠に肉体をすり潰され責め苦を受ける。…僕の可愛いクラリスを傷つけたんだ。永遠に苦しめ」
僕は最後に、彼らの痕跡をこの世から消した。そして、自らを『アルフレッド・フレデリク侯爵令息』という偽りの存在として定義する。アルフレッド・フレデリクの婚約者は、もちろんクラリス・エディット。
さあ、素敵な日々を始めよう。君のことは、僕が守るよ。永遠を彷徨う僕が、今世も来世もずっとずっとずっと、君を守ると誓おう。
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