上 下
3 / 23

聖域について

しおりを挟む
さて、旅が始まった。てくてくと三人で歩く。

「あの…」

「どうした?何か聞きたいことがあるのなら遠慮なく聞くといい。私は人の子が好きだからな。答えられることならなんでも答えよう」

「柚子さんてその…神様なんですよね?」

「ああ。日本刀の付喪神だ」

「なんで柚子っていうんですか?」

「ああ…なに、昔私を扱っていた人間の名前を貰っただけだ。刀としての名前は、結局つけられたこともない。彼女は女剣士でな、珍しいだろう?だが、私達刀を大切にしてくれる人だった。おかげで私には自我と命が宿ったのさ」

「そうなんですね」

「他にも聞きたいことがあればじゃんじゃん聞きなさい」

「じゃあ…柚子さんの力を回復するための旅ってことですけど、具体的にどうやって回復されるんですか?」

「ん。それを説明していなかったか。すまんな」

「いえいえ!」

「この世界には聖域とされる特別な場所がいくつもあってな。神がそこに降り立てば清らかな力が回復するのだ。神以外には恩恵がないがな」

「へー…すごい場所なんですね」

「ああ。特に私達が目指すのは千年桜のある聖域だ。千年桜に触れれば瞬く間に力がみなぎるのでな。ただ、千年桜までの距離は長いから、その途中途中の聖域にも寄って少しずつ回復するつもりではいるが」

「千年桜…」

「ああ。見応えがあるぞ?一年中咲き誇るから、桜も楽しみにしていなさい」

「はい!」

私が返事をすると柚子さんが私の頭を撫でてくれる。なんとなくほっとする。

「柚子」

「なんだ小鬼」

「もう小鬼じゃない。あんたそこまで知っててなんで今まで回復しに行かなかったんだ?」

「んー?まあ、なんだ。必要がないと思っていたからな」

「なんで」

「私は日本刀の付喪神。日の本の人の子を守ることこそ我が務め。だが、最近のあちら側は平穏だ。私の出る幕もない。ならば、わざわざ苦労してまで力を貯める必要もなかったのだ。…桜がこうして現れるまではな」

「…そうか、あんた消えるつもりだったのか」

「え!?」

「ははははは。まあ、良いではないか。結局こうして力を回復するつもりなのだから。千年桜に触れればあと五千年は長生きするぞ?」

「あんたな…良いわけないだろ。桜が来なかったら誰にもなにも言わずに勝手に消えてたんだろ」

「まあ、そう怖い顔をするな小鬼。私はまだ必要とされていることがわかったのだ。もう馬鹿な考えはしないよ」

「柚子さん…あの…」

「どうした?」

「消えないでください…消えちゃイヤです…」

私は思わず涙ぐむ。涙が溢れないよう、俯いて堪える。

「あ、ああ…桜…そう泣きそうな顔をするな。顔をお上げ。そうだ、近くに甘味処があるぞ?寄っていくか?それともかんざしでも買い与えようか…。ほら、私はこの通り健在だ。消えたりしないよ。だから不安になる必要はない。大丈夫だ」

「本当ですか…?」

「もちろん本当だとも。なあ小鬼」

「勝手に消えたらぶん殴る」

「そう怒るな、小鬼。な、桜。私は小鬼に殴られたくはないから消えないよ。安心しておくれ」

「…はい、柚子さん」

柚子さんが白いレースのついた綺麗なハンカチで私の涙をぬぐってくれる。

「さあ、ではまずあの店でかんざしを買おう」

「え、大丈夫です!悪いですから!」

「柚子に泣かされたんだ。柚子に買わせておけ」

「そんな、太一まで…」

「いい、いい。是非買わせておくれ、桜。桜にはきっと桜をモチーフにしたこのかんざしが似合うな。よし、店主。これをくれ」

「はい、まいどあり!」

「ほら、桜。もう買ってしまったから遠慮する必要はない。つけてみておくれ」

「ありがとうございます、柚子さん…では、つけますね」

「おお、やはり似合っている。なあ、小鬼」

「桜、可愛いぞ」

「あ、ありがとうございます…」

「なんだ。照れているのか?愛い奴め」

また柚子さんに頭を撫でられる。嬉しい。

「さあ、次は甘味処だったな。桜は甘いものは好きか?」

「はい、好きです!」

「ならば好きなものを頼むといい」

「じゃあ、白玉ぜんざいを食べたいです」

「…よし、店主!白玉ぜんざいを三人分頼む!」

「あんた、勝手に俺の分まで…」

「良いではないか。なあ、桜」

「ふふ、二人とも仲がいいんですね」

「まあ、長い付き合いになるしな」

「小鬼を揶揄うのは楽しいからな」

「あんたいい加減にしないとそのうち殴るからな」

「おお、怖い。桜、こういう乱暴な男には気をつけなさい」

「どの口が言う。妖との揉め事になると実力行使も厭わないくせに」

「なにを言う。それは話の通じない輩にだけではないか。私だけが悪いわけではない」

「あんたなぁ…そのうち刺されても知らないからな」

「私に怪我をさせられる妖がいれば、な」

「ふふ。二人と一緒にいると、なんだか楽しいです」

「そうか?」

「小鬼が愉快な奴だからな」

「あんただってそうだろ」

「そうか?」

「お待たせしました。白玉ぜんざいです」

「ありがとうございます。いただきます」

「いただきます」

「いただきます…うん、この甘味処は当たりだと覚えておこう」

「ですね。とっても美味しいです」

「美味い」

こうして旅は続くのでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔女が死にました

下菊みこと
恋愛
心の優しい、魔女が死にました。 その後の使い魔ととある少女の話。

嫌われ公爵令嬢の逆行転生…なんてそんな簡単に運命を歪曲出来ると思ったか!ーいい子にしてたら出来ましたー

下菊みこと
恋愛
ナタリア・ヘキサグラムは悪女。お金持ちで地位も権力も名誉もあるヘキサグラム公爵家の末っ子長女に生まれて、愛されて甘やかされて育ったというのに慈愛や慈悲のカケラもない。それどころか人が苦しむのを見るのが好きな最低な人種。そのため友達も居らず家族にも見限られる。しかしそれも彼女が十八歳になると終わりを迎える。彼女は婚約者であるレオナルド・コンクエスト王太子殿下の片思いの相手、ルナ・アンクラジュマン男爵令嬢に危害を加えて貴族籍を剥奪、ギロチンで処刑されてしまう。そして目が醒めると…王太子殿下の婚約者になる前の七歳の頃の自分に戻っていた!なんとか婚約を結ぶ九歳までに運命を歪曲しようと努力するものの、この頃にはすでにわがまま放題で嫌われ者。唯一の味方は侍女のシンシアだけ。さあ、どうするナタリア!

喫茶・憩い場

深郷由希菜
キャラ文芸
どこかの街の、路地裏の奥まったところ。 そこに、一軒の喫茶店がある。 店主、マスターと看板猫だけがいる穏やかな喫茶店に訪れる人々は・・・? ※第2回キャラ文芸大賞にエントリーしています。

目覚めの紅茶を貴方と。

芹澤©️
恋愛
「お前、良い加減にしろよ!」 そう朝から怒っている一応夫である伯爵を、男爵家から嫁いだばかりの新妻は、ややうんざりしながら見つめるのだった。幼馴染みとはいえ、もう少し新婚らしくして欲しいと思うのは、そんなに贅沢な願いなのかと。

色々な愛の形、色々な恋の形

下菊みこと
恋愛
色々な愛の形、色々な恋の形。 短編集です。 家族愛から恋愛、友愛まで幅広く書けたらいいなと思います。 小説家になろう様でも掲載しています。

継母の心得

トール
恋愛
【本編第一部完結済、2023/10/1〜第二部スタート☆書籍化 4巻発売中☆ コミカライズ連載中、2024/08/23よりコミックシーモアにて先行販売開始】 ※継母というテーマですが、ドロドロではありません。ほっこり可愛いを中心に展開されるお話ですので、ドロドロが苦手の方にもお読みいただけます。 山崎 美咲(35)は、癌治療で子供の作れない身体となった。生涯独身だと諦めていたが、やはり子供は欲しかったとじわじわ後悔が募っていく。 治療の甲斐なくこの世を去った美咲が目を覚ますと、なんと生前読んでいたマンガの世界に転生していた。 不遇な幼少期を過ごした主人公が、ライバルである皇太子とヒロインを巡り争い、最後は見事ヒロインを射止めるというテンプレもののマンガ。その不遇な幼少期で主人公を虐待する悪辣な継母がまさかの私!? 前世の記憶を取り戻したのは、主人公の父親との結婚式前日だった! 突然3才児の母親になった主人公が、良い継母になれるよう子育てに奮闘していたら、いつの間にか父子に溺愛されて……。 オタクの知識を使って、子育て頑張ります!! 子育てに関する道具が揃っていない世界で、玩具や食器、子供用品を作り出していく、オタクが行う異世界育児ファンタジー開幕です! 番外編は10/7〜別ページに移動いたしました。

そんな都合の良いイケメンは、この世のどこにも居ない!

芹澤©️
恋愛
25歳の真奈美は、幼馴染の恵と共に行きつけのカジュアルバーで愚痴っていた。バーのバイトである20歳の葵は、そんな真奈美の話を笑顔で聞いてくれる良い愚痴相手だったのだが、ひょんな事から偽装交際を頼まれて……?

ある日、王子様を踏んでしまいました。ええ、両足で、です。

芹澤©️
恋愛
魔物が押し寄せる「暗き森」から魔物を国内へと侵入させない様に防衛している第八騎士団。 暗き森は奥深く広大で、その先は険しい道を超えて隣の国との国境に位置する。防衛の要として常に戦いにおいて最前線のこの地は、辺境過ぎて他の騎士団及び中央の貴族からも赴任となれば左遷扱い……の、蔑みの対象であった。 そんな砦で、専属の薬師として生活しているリサは、治癒術師達に馬鹿にされながらもせっせと薬作りに励み、仕事を謳歌していた。治癒術では治らない体の不調には薬が一番だと自負しているからだ。 ある日、森の中を薬草取りに出掛けたリサは、魔物に襲われて倒れていた王子を思い切り踏んでいた。それは、もう両足でしっかりと。 明らかに事故であったが、バレたら首を(物理的に)切られても文句は言えない。 どうにかバレずに距離を置きたいリサだったが、王子は第八騎士団の砦に世話になりたがっていて、ぐいぐい来る始末。 そもそも、リサは穏やかに暮らす為に無理を押して砦に居ると言うのに、王子が来てから状況が変わってしまって……?

処理中です...