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とりあえず本人達は幸せ
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「今日も遅くなる、先に寝ていてくれ」
「はい、旦那様」
「えー、お父様また遅くなるのー?」
「女王陛下からのお呼び出しなんだ」
「父上、あまりご無理はなさらないでくださいね」
旦那様をお見送りする。息子達三人は小言を言う程度で大人しく見送るが、我が家の末っ子である一人娘は旦那様にしがみついて離さない。待望の女児にみんな甘やかしてしまうところがあり、旦那様も引き離せずに困り顔を浮かべるばかり。使用人達もそんな私達に微笑ましげな表情を浮かべた。まさに幸せ家族のような光景に、私は夫の不貞を叫び非難したくなる。
「…お父様はお忙しいの。邪魔しちゃダメよ」
「むー。明日は早く帰ってきて一緒にご飯食べてね!」
「努力する。…行ってくる」
「いってらっしゃいませ、旦那様」
「いってらっしゃーい」
馬車が見えなくなれば、無邪気に手を振る娘の手を引いて屋敷の中に戻る。いつもの光景。私はいつも、女王陛下との逢瀬のため城に行くあの人を何も言わずに見送るのだ。
「…さて」
子供達は家庭教師の先生に授業を受けている。旦那様は今頃女王陛下とよろしくやっているだろう。あとは私…なのだが、お茶会なんかに出た日には女王陛下と旦那様の〝公然の秘密〟をこれでもかと揶揄されるので片っ端から断っている。公爵夫人失格?知ったことか。旦那様が女王陛下の愛人だと知りながら後継者をきちんと産んだのだ好きにさせろ。
「今日も行きますか!」
そんなこんなで暇を持て余す私は、子供達が忙しくお勉強をしているこの隙に好きな人に会いに行くのだ。私は、これだから旦那様のことはあんまり悪く言えない。
「エレナ様!今日もパンを買いに来てくださったのですね!」
「ええ。ここのパンはとても美味しいもの」
「エレナ様にそう言っていただけると嬉しいです!」
「あら、カタリナのパンは世界一なんだからそんな謙遜要らないわ」
「もう、エレナ様ったら!」
カタリナは、最近隣国から逃げてきた元公爵令嬢。この秘密を知っているのは、あの日カタリナを助けた私だけ。
『た、助けて!』
『誰、貴女?…その傷どうしたの!?』
『し、信じてもらえないかもしれないけど私隣国の公爵令嬢で!聖女を虐めた濡れ衣を着せられて殺されそうなの!助けて!お願い!』
その絶望の中で唯一に縋る目は、あの日…旦那様に、女王陛下の愛人を辞めて欲しいと懇願した時の私を思い起こさせた。きっとあの時私も同じ目をしていた。旦那様はそんな私を切り捨てたけれど、私は旦那様とは違う。
『…こっちに来なさい。裏門から屋敷に入るわ。今は誰にもつけられていないわよね?』
『う、うん!』
『さあ、こっちよ』
私は得意の治癒魔法で彼女の怪我を癒し、〝カタリナ〟という新しい名前を与え、変装用のウィッグとメガネを持たせて平民としての新たな生活を提供した。それから定期的に彼女に持たせた店に通っている。
そしていつからだろう。カタリナの神様でも拝むような、私に心酔しきった瞳に安堵するようになった。いつからか、カタリナは私の心のオアシスになった。公爵夫人と平民。既婚者と未婚者。救ったものと救われたもの。私たちの関係は、想いは、決して誰にも知られてはいけない。女王陛下と旦那様以上に危ういそれ。
「エレナ様?どうしました?」
「…いいえ、なんでもないわ。そう、それで、ちょっと店の奥に入れて欲しいの」
「え、あ、店を一旦クローズにしますね!」
エレナに招かれて、誰もいない店の奥へ。
「貴女を嵌めたとかいう隣国の聖女の情報が入ったの。聞く?」
「…は、はい」
「あの聖女、貴女の元婚約者である王太子の他に何人も誑かしていたと噂になっているわ。聖女の子供が王太子の血を継いでなかったの。別の貴族の子供だと魔術で判明したわ。そして聖女は処刑され、産んだ子供は孤児院へ。貴女のことも濡れ衣だったと公表されたわ」
「え…!?」
「もし、万が一生きていたら名乗り出て欲しいって。どうする?」
カタリナは即答した。
「私はカタリナです。他の誰でもありません」
「そう」
「ただ…」
カタリナは表情を曇らせる。
「その孤児院に入れられた子が不憫です。きっと、あまり良い扱いは受けませんよね」
「…貴女を苦しめた女の子供なのに、情をかけるのね」
「そ、そういうのじゃなくて!」
「責めているわけではないわ。むしろそんな貴女が好きよ」
「エレナ様…!」
さて、カタリナがそう言うのならなんとかしてあげなくては女が廃るというもの。
「…旦那様は知っての通り女王陛下のお気に入り。私は旦那様に愛されてこそいないけれど、その分なにかと融通は利くのよ。旦那様は変なところで律儀だから。…親戚に子供好きの夫婦がいるの。養子は無理だろうけど、里子には出せるわ」
「エレナ様、なにからなにまでありがとうございます!」
「カタリナのためならなんでもするわ。私達の仲でしょう?」
「エレナ様、大好きです!」
「私もカタリナが大好きよ」
貴女の笑顔を見ると、あの日の私が救われたような気がするもの。
それからしばらくして、カタリナの気にかけていた聖女の子供は私の親戚が里親になって引き取ってくれた。養子縁組は出来ないけど、引き取って育てるくらいは任せておけと言ってくれた。旦那様が女王陛下におねだりをして色々融通を利かせてくれて、結局なんとかなった。カタリナに侍女の格好をさせて、定期的に二人で見に行っているけど可愛がられていて幸せそう。カタリナもそれを見て嬉しそうにする。
カタリナの祖国は一時期色々聖女関連で荒れたけど今は平穏を取り戻している。カタリナを害した〝貴公子様〟方は総じて不幸になり、実にいい気味である。カタリナを守ってくれなかった彼女の実の親は結局、カタリナの捜索を諦めたらしい。ちょっとホッとした。
そんなこんなでカタリナとの関係は今も良好に続いている。
「エレナ様、いらっしゃいませ!新作のパンがあるのですが、一口どうでしょうか?」
「あら、いただくわ」
一口含むと、とても甘じょっぱい美味しい味が広がった。
「あら、美味しい」
「そう言っていただけて嬉しいです!」
「貴女が笑顔で私も嬉しいわ」
私がそういえば、カタリナは頬を染める。
「え、エレナ様ったら…」
「ふふ」
「でも、そんなエレナ様も大好きです…!」
最近ではカタリナが可愛すぎて夢中になっていて、旦那様の不貞にももうなにも思わなくなってきた自分がいる。
「カタリナ、今日は店じまいにして一緒にお出かけしない?素敵なレストランを貸し切りにしようと思うのだけど」
「それもとっても素敵なんですが…」
「なに?」
「店の奥でイチャイチャしませんか…?」
「…カタリナ、可愛い!」
なんだかんだで旦那様が不貞を働いてくれて、よかったかもしれないとすら思える今日この頃。
「はい、旦那様」
「えー、お父様また遅くなるのー?」
「女王陛下からのお呼び出しなんだ」
「父上、あまりご無理はなさらないでくださいね」
旦那様をお見送りする。息子達三人は小言を言う程度で大人しく見送るが、我が家の末っ子である一人娘は旦那様にしがみついて離さない。待望の女児にみんな甘やかしてしまうところがあり、旦那様も引き離せずに困り顔を浮かべるばかり。使用人達もそんな私達に微笑ましげな表情を浮かべた。まさに幸せ家族のような光景に、私は夫の不貞を叫び非難したくなる。
「…お父様はお忙しいの。邪魔しちゃダメよ」
「むー。明日は早く帰ってきて一緒にご飯食べてね!」
「努力する。…行ってくる」
「いってらっしゃいませ、旦那様」
「いってらっしゃーい」
馬車が見えなくなれば、無邪気に手を振る娘の手を引いて屋敷の中に戻る。いつもの光景。私はいつも、女王陛下との逢瀬のため城に行くあの人を何も言わずに見送るのだ。
「…さて」
子供達は家庭教師の先生に授業を受けている。旦那様は今頃女王陛下とよろしくやっているだろう。あとは私…なのだが、お茶会なんかに出た日には女王陛下と旦那様の〝公然の秘密〟をこれでもかと揶揄されるので片っ端から断っている。公爵夫人失格?知ったことか。旦那様が女王陛下の愛人だと知りながら後継者をきちんと産んだのだ好きにさせろ。
「今日も行きますか!」
そんなこんなで暇を持て余す私は、子供達が忙しくお勉強をしているこの隙に好きな人に会いに行くのだ。私は、これだから旦那様のことはあんまり悪く言えない。
「エレナ様!今日もパンを買いに来てくださったのですね!」
「ええ。ここのパンはとても美味しいもの」
「エレナ様にそう言っていただけると嬉しいです!」
「あら、カタリナのパンは世界一なんだからそんな謙遜要らないわ」
「もう、エレナ様ったら!」
カタリナは、最近隣国から逃げてきた元公爵令嬢。この秘密を知っているのは、あの日カタリナを助けた私だけ。
『た、助けて!』
『誰、貴女?…その傷どうしたの!?』
『し、信じてもらえないかもしれないけど私隣国の公爵令嬢で!聖女を虐めた濡れ衣を着せられて殺されそうなの!助けて!お願い!』
その絶望の中で唯一に縋る目は、あの日…旦那様に、女王陛下の愛人を辞めて欲しいと懇願した時の私を思い起こさせた。きっとあの時私も同じ目をしていた。旦那様はそんな私を切り捨てたけれど、私は旦那様とは違う。
『…こっちに来なさい。裏門から屋敷に入るわ。今は誰にもつけられていないわよね?』
『う、うん!』
『さあ、こっちよ』
私は得意の治癒魔法で彼女の怪我を癒し、〝カタリナ〟という新しい名前を与え、変装用のウィッグとメガネを持たせて平民としての新たな生活を提供した。それから定期的に彼女に持たせた店に通っている。
そしていつからだろう。カタリナの神様でも拝むような、私に心酔しきった瞳に安堵するようになった。いつからか、カタリナは私の心のオアシスになった。公爵夫人と平民。既婚者と未婚者。救ったものと救われたもの。私たちの関係は、想いは、決して誰にも知られてはいけない。女王陛下と旦那様以上に危ういそれ。
「エレナ様?どうしました?」
「…いいえ、なんでもないわ。そう、それで、ちょっと店の奥に入れて欲しいの」
「え、あ、店を一旦クローズにしますね!」
エレナに招かれて、誰もいない店の奥へ。
「貴女を嵌めたとかいう隣国の聖女の情報が入ったの。聞く?」
「…は、はい」
「あの聖女、貴女の元婚約者である王太子の他に何人も誑かしていたと噂になっているわ。聖女の子供が王太子の血を継いでなかったの。別の貴族の子供だと魔術で判明したわ。そして聖女は処刑され、産んだ子供は孤児院へ。貴女のことも濡れ衣だったと公表されたわ」
「え…!?」
「もし、万が一生きていたら名乗り出て欲しいって。どうする?」
カタリナは即答した。
「私はカタリナです。他の誰でもありません」
「そう」
「ただ…」
カタリナは表情を曇らせる。
「その孤児院に入れられた子が不憫です。きっと、あまり良い扱いは受けませんよね」
「…貴女を苦しめた女の子供なのに、情をかけるのね」
「そ、そういうのじゃなくて!」
「責めているわけではないわ。むしろそんな貴女が好きよ」
「エレナ様…!」
さて、カタリナがそう言うのならなんとかしてあげなくては女が廃るというもの。
「…旦那様は知っての通り女王陛下のお気に入り。私は旦那様に愛されてこそいないけれど、その分なにかと融通は利くのよ。旦那様は変なところで律儀だから。…親戚に子供好きの夫婦がいるの。養子は無理だろうけど、里子には出せるわ」
「エレナ様、なにからなにまでありがとうございます!」
「カタリナのためならなんでもするわ。私達の仲でしょう?」
「エレナ様、大好きです!」
「私もカタリナが大好きよ」
貴女の笑顔を見ると、あの日の私が救われたような気がするもの。
それからしばらくして、カタリナの気にかけていた聖女の子供は私の親戚が里親になって引き取ってくれた。養子縁組は出来ないけど、引き取って育てるくらいは任せておけと言ってくれた。旦那様が女王陛下におねだりをして色々融通を利かせてくれて、結局なんとかなった。カタリナに侍女の格好をさせて、定期的に二人で見に行っているけど可愛がられていて幸せそう。カタリナもそれを見て嬉しそうにする。
カタリナの祖国は一時期色々聖女関連で荒れたけど今は平穏を取り戻している。カタリナを害した〝貴公子様〟方は総じて不幸になり、実にいい気味である。カタリナを守ってくれなかった彼女の実の親は結局、カタリナの捜索を諦めたらしい。ちょっとホッとした。
そんなこんなでカタリナとの関係は今も良好に続いている。
「エレナ様、いらっしゃいませ!新作のパンがあるのですが、一口どうでしょうか?」
「あら、いただくわ」
一口含むと、とても甘じょっぱい美味しい味が広がった。
「あら、美味しい」
「そう言っていただけて嬉しいです!」
「貴女が笑顔で私も嬉しいわ」
私がそういえば、カタリナは頬を染める。
「え、エレナ様ったら…」
「ふふ」
「でも、そんなエレナ様も大好きです…!」
最近ではカタリナが可愛すぎて夢中になっていて、旦那様の不貞にももうなにも思わなくなってきた自分がいる。
「カタリナ、今日は店じまいにして一緒にお出かけしない?素敵なレストランを貸し切りにしようと思うのだけど」
「それもとっても素敵なんですが…」
「なに?」
「店の奥でイチャイチャしませんか…?」
「…カタリナ、可愛い!」
なんだかんだで旦那様が不貞を働いてくれて、よかったかもしれないとすら思える今日この頃。
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