上 下
31 / 80

ただの悪役令嬢だったのに前世チートのせいで聖王陛下の妃になっちゃいました

しおりを挟む
「ルーナティナ・ノートラス!貴様との婚約は破棄させてもらう!そして今ここで、僕の愛しいリリアベル・ノエルとの婚約を宣言する!」

学園の卒業パーティーの席で、いきなり私にそう突きつけるのはレオナルド・ド・ブルボン王太子殿下。…まあ、こうなることは知っていましたけれど。シナリオ通りね。

「承知いたしました」

えっ、という顔をするリリアベル様と殿下。私が何か言ってくると思っていたのね。残念ですが、ここからはシナリオ通りには行きませんわ。

「ま、待て、貴様の断罪を…」

「婚約者として至らなかった私を身分剥奪の上聖王都の神殿に送られるのでしょう?」

またえっ、て表情。仮にも王太子殿下とその婚約者がしていい表情ではありませんわよ。

「そ、そうだ。だが貴様が婚約者として至らなかったからだけではなく…」

「では身分剥奪された私はもう貴族ではありませんので、これで失礼致しますわ」

「ちょっとま…」

「それでは皆様、ご機嫌よう」

最後に綺麗にカーテシーを決め、お城を後にする。屋敷に帰るとすぐに、いつ婚約破棄されてもいいよう元々用意していた荷物を持って聖王都の神殿へ向かう。両親と兄に挨拶?必要ない。こうなることを初めから知っていた私は、すでに別れの挨拶は済ませている。むしろ、早く出て行かないと家族にまで被害がいく恐れがある。ああ、何故知っていたか?簡単だ。私は所謂転生者。前世遊んでいたこの乙女ゲームの世界に異世界転生したのだ。…悪役令嬢として。まあ、生まれ変わってすぐはよりにもよって悪役令嬢とは…と絶望していたものの、すぐに諦めの境地に達した。幸いにして追放先は聖王都の神殿だ。まだましまだまし。悪役令嬢としての役割は果たしたし、これからは前世チートで自由に生きるぞー!

前世チートというのは所謂言語能力。といってもなんてことはない。この世界における神代。つまり神が天に戻る前。神が地上に留まっていた頃の言語は日本語なのだ。そして聖王都の修道女の仕事の中で一番大切な仕事は、神代の言語の翻訳。本来は神官の仕事なのだが、聖王都の神殿は神殿兼修道院なので修道女もそれに関われる。というか関わらせられる。もちろん、最終的には聖王陛下自らそれをチェックしてから、神に関する記述のみ公に公表されるのだが。しかし、毎日のノルマの翻訳の仕事さえこなせば、割と自由な時間が出来るのだ。趣味の恋愛小説を読みまくる時間がたくさん出来る。うん、ラッキー!

ということで早速聖王都の神殿の門を叩く。

「はい、ルーナティナ様ですね。こちらへどうぞ」

「はい、これからお世話になります」

…驚いた。外見も立派な神殿だったが、中身は目が点になるほど豪華絢爛。さすが聖王都の神殿。聖王陛下がいるだけあって寄付金もものすごいのだろう。

「王太子殿下に振り回されて、貴女も大変でしたねぇ」

修道女の一人が言う。

「いえ、わかっていたことですから」

「あら、お強い。でも、安心してくださいね。この神殿では、どのような事情のある修道女も、平等に扱われますから」

「ありがとうございます。私も修道女の一人として頑張ります」

「ええ、ええ、では早速浄化の儀を行いましょう」

後は地獄の時間だった。ひたすら俗世の穢れを禊がされた。デトックスティーをひたすら飲まされて色々なものを排出させられ、何時間も特殊な匂いのするお風呂に入れられ、睡眠をとらず今翻訳されている神代の言語の中の神に関する記述をひたすら読まされた。それを続けること一週間。ようやく解放された…。辛かった…。

「では、今日から修道女の仕事をしていただきます」

「はい」

最初は簡単な仕事ばかりだった。神に関する記述がない、神代の簡単な言語を訳するところからスタートしたが、私は前世チートで神代古語用辞書も使わずにさらっと時間をかけずに翻訳した。しかししばらくすると、それを見ていた他の修道女から、神官に話が行き、神官から見てもちょっと難しいらしい神代の言語の翻訳を任された。しかしそれもさらっと時間をかけずに翻訳した。するとそれが神官長の元まで話が行き、神官長でも梃子摺るような神代の言語の翻訳も任された。それも神に関する記述のあるものを。しかし私はそれもさらっと時間をかけずに翻訳した。当然だ。前世の母国語だもの。

そして。

神殿に来て数日が過ぎ、私の翻訳の最終的なチェックをしていた聖王陛下自ら、私に会いに来た。

「おい、お前」

「は、はい、聖王陛下」

最敬礼をし、ひたすらプレッシャーに耐える。

「名前は?」

「ルーナティナ・ノートラスです」

「ルナか!古語の月という神の別名から取ったのか!」

この世界には星はあれども月は一年に一度しか顔を出さない。月という神は天に戻ってしまったそうだ。

「天才である我が一番弟子に相応しい名だな!」

「え」

天才?…一番弟子?

「知っているだろうが、俺はソレイユ・スリールドンジュ。この聖王都の主人であり、聖王である!名は、お前ならわかると思うが。この地上に唯一残った神、太陽の別名から取った!」

「は、はい、存じ上げております」

「うん。よし、ますます気に入った!お前、今日から神官な!」

…え?

「そして俺の一番弟子にする!」

「はっ…はい!?」

あんまりにもいきなりな決定に驚く。というか、神殿の神官になると色々と面倒くさい…。私は趣味の恋愛小説を読みまくる時間が欲しいだけなのに、まさかそれがこんな面倒ごとに発展するとは…。

「あの、聖王陛下」

「うん?なんだ?」

「わ、私のような新参の修道女が神官に、しかも聖王陛下の一番弟子になるというのはあまりにも烏滸がましいといいますか、恐れ多いといいますか…」

「大丈夫だ!俺は気にしないし、俺の決定に異議を唱える者などこの神殿にはいない!安心しろ!」

あ、これ、逃げられないやつ。

「それに、神殿や神官といってもそんなに堅苦しいものではない。神官同士なら結婚も認められるし、なんならこの聖王ソレイユとだって結婚出来るぞ!」

えー!

「聖王陛下、さすがにそれは…」

「なんだ?俺に不満でもあるのか?」

「い、いえ、ないです…」

聖王陛下はまだ二十歳。見目も麗しく、やや俺様で尊大な方だが、それでいて慈悲深く愛情深い。特に懐に入れた人には甘い。聖王陛下に不満はない。聖王陛下に不満はないが…。

「そうだろうそうだろう!じゃあ、今日から神官で俺の一番弟子な!」

「はい…」

…聖王陛下に負けました。

ー…

聖王陛下の一番弟子になってから一年。聖王陛下はすっかり私に激甘である。今まで辞書なしでは自分しかまともに理解出来なかった神代の言語を、完璧に理解している私を気に入ってくれたらしい。魔法やら結界やら治癒やら祈りやら奇跡の使い方すら教えてもらった。

それだけではなく、溺愛されている。やれ、今日は俗世に戻ってみようと手を引かれて平民の住む街に繰り出してみたり、やれ、今日はピクニックでもどうだと神殿の中庭で一緒にランチを食べたり、やれ、今日はお菓子を献上されたから一緒に食べようと誘われたり、本当に大切にされている。

「ルナ!今日は天に戻られた神、月が年に一度地上に戻られる日だ!お前の名の由来でもある神だ!一緒に見に行くぞ!」

今日は夕方に、いきなりそう誘われた。

「はい、聖王陛下」

「ほら、早く早く!」

私の手を引き、神殿の一番高く見晴らしの良い部屋へ向かう聖王陛下は歳より少し幼く見える。

「…わあ」

ちょうど、日が沈み月が出た頃だった。月を見るなんて、去年ぶり。

「なあ、ルナ」

「はい、聖王陛下」

「今は、レイと呼んでくれ」

「…はい、レイ様」

本当は、無礼なのだけれど。聖王陛下はいつになく真剣な表情で。だから、私は今だけレイ様と呼ぶことにした。

「…月が、綺麗だな」

…聖王陛下は、真剣な表情のまま。真っ直ぐに私を見つめてくる。お前なら、意味がわかるだろう。そう言われた気がした。

「あなたとなら死んでもいいわ」

それが、私からの心からの返事だった。

「…!ルナ!」

聖王陛下が抱きしめてくる。苦しい。でも、嬉しい。

「大切にする」

「約束ですよ?」

「ああ、約束だ」

こうして悪役令嬢として王太子に捨てられ修道女になったはずの私は、神官になり聖王陛下の妃となりました。

幸せとは案外、意外なところに転がっているもののようです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。

柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。 詰んでる。 そう悟った主人公10歳。 主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど… 何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど… なろうにも掲載しております。

転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました

平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。 クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。 そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。 そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも 深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。

乙女ゲームの悪役令嬢は生れかわる

レラン
恋愛
 前世でプレーした。乙女ゲーム内に召喚転生させられた主人公。  すでに危機的状況の悪役令嬢に転生してしまい、ゲームに関わらないようにしていると、まさかのチート発覚!?  私は平穏な暮らしを求めただけだっだのに‥‥ふふふ‥‥‥チートがあるなら最大限活用してやる!!  そう意気込みのやりたい放題の、元悪役令嬢の日常。 ⚠︎語彙力崩壊してます⚠︎ ⚠︎誤字多発です⚠︎ ⚠︎話の内容が薄っぺらです⚠︎ ⚠︎ざまぁは、結構後になってしまいます⚠︎

【完結】悪女のなみだ

じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」 双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。 カレン、私の妹。 私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。 一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。 「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」 私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。 「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」 罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。 本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。

処理中です...