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とんでもなく後悔することになった。

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妻が屋敷の最上階から飛び降りようとしていると執事から告げられる。さすがに、止めようと私も最上階に急ぐ。

「まったく。かまってちゃんアピールはいい加減にしろ!今すぐそこから降りてこい!」

階段を駆け上がったせいで乱れた呼吸を整えながら、私は妻を叱りつけた。しかし彼女は危ない体勢のままで微動だにしない。

「そんなに怒らずとも、もう貴方の手を煩わせたりしませんわ。ですからどうか、私の話を最期に聞いてくださいませ。私の愛した旦那様」

「は?最期…?」

まさか、かまってちゃんアピールではなく本気で飛び降りる気じゃないだろうな。

「私は確かに、貴方の愛人である平民の彼女を未だに受け入れてはおりません。けれども私は私なりに、それはそれと割り切って生活してきたつもりです」

「ふん、見え透いた嘘だな。彼女が嫌がらせを受けたと今日も泣きついてきたぞ。お前こそいい加減にしろ」

「そちらの方が嘘です。彼女は私を、貴方との仲を引き裂く者として恨んでいるようですね。私のいる本邸に今日も乗り込んで来ましたよ。そして罵詈雑言を吐き散らしました。嫌がらせを受けたのは私の方です」

「彼女がそんなことをする訳が…」

「旦那様」

後ろで控えていた執事が声を上げる。

「奥様のお言葉は本当です。本邸に仕える者に聞けば、全ての者が奥様が正しいと答えるでしょう」

「は…?」

「私は何度も報告したはずです。旦那様は奥様にそう言えと命令されたのかと、聞く耳を持ってくださいませんでしたが」

そう言われて、周囲を見回す。侍従たちも侍女たちも、私を責めるような目で見てくる。まさか、本当なのか。

だとしたら、妻は私の愛する彼女をいじめていない?むしろ彼女から嫌がらせを受けていた?それを私は聞く耳も持たなかったと?

…本当に悪かったのは。悪いのは、私か?

「今更になって、ようやく信じてくださいましたね。やはり、貴方様は私のことがお嫌いなのですね」

「それは…」

違うとは言えない。昔から、美人で優秀な妻に劣等感を抱いていた。いつからか、憎むようにすらなっていた。

だから、愛人を作った。そう、最初は妻への当てこすりで。でも、愚かで聞き感触のいい言葉しか言わない愛人にいつからか溺れていた。いや、逃げていた。

「否定してはくださらないのですね。旦那様。貴方のせいで私の心はもう、限界なのです」

「それは…!」

「私になにか非があったなら、それは申し訳ございませんでした。けれども堂々と愛人を作り、私に歩み寄る姿勢を一切見せなかった貴方にこそ非があったと。私はそう思ってしまうのです」

…妻の言葉は、きっと正しい。それでも私の口から謝罪の言葉は出てこなかった。

「そんなことより、そこから降りろ!危ないから…!」

「ええ、この話が終われば。…降りるというより、落ちるでしょうけれど」

妻の言葉に、冷や汗が止まらない。妻は、きっと本気だ。

「私達の夫婦生活は、きっと人から見れば滑稽でしたでしょうね。跡取りである私との間にできた男の子は愛してくださって何よりですが、私のことは大っ嫌いですものね?」

「…っ!」

「愛人である彼女との間に子供がまだいなくて、本当によかったです。もし彼女が子供を作っていたら、可愛い私の子すら虐げられかねませんもの」

妻は、完全に私という男を理解している。それを今更理解した。

「貴方の大っ嫌いな私は、これから居なくなって差し上げます。ですからせめて、私がお腹を痛めて産んだあの子だけはこれからももっと大切にしてあげてくださいませ。どうか、お願いです」

「わ…わかった、わかったから!」

だから、死のうとしないでくれ。

「…ごめんなさい。旦那様。私は最期まで出来の悪い妻でした。もう、貴方のためにできることは貴方を解放して差し上げることだけ。ですからこれでさようなら。…心から愛しています」

「待て!待ってくれ!」

妻は躊躇する様子もなく、屋敷の最上階から落ちた。















幸か不幸か地面ではなく池に落ちた妻。万が一に備えて控えていた使用人がすぐに救助し、おかげで命に別状はない。身体には損害はなかった妻だが、今では別の問題を抱えている。

「なにか思い出したことはないか?」

「旦那様…申し訳ございません。記憶はまだ戻りませんわ」

「そうか…本当に悪かった。全部私の責任だ、本当にすまない」

今度こそ、するりと謝罪の言葉が出た。でも、今更だ。妻は心を病んだためか、あるいは池に落ちた後遺症か。〝私に関する記憶〟を失ってしまったらしい。幸い、息子のことはわかるようだが。

「旦那様は、そんなに悩まなくていいのですわ。自殺未遂は、全部私が勝手にやったことでしょう?」

「私が愛人を囲ったりしたから。私が君をそこまで追い詰めたんだ」

「過去がどうであれ、今の私は貴方を愛していますわ。貴方も私を愛してくださっているのでしょう?」

「もちろんだ」

「なら、私は大丈夫ですわ。きっと、記憶をなくす前の私も報われますわ」

あの後すぐ、愛人とは縁を切った。彼女にはこことは遠い縁もゆかりもない場所に新しい家を用意してやり、しばらくは贅沢できるだけの生活費を手切れ金として渡した。愛人を囲っていた別邸は、今は壊した。跡地には妻の好きな花を植えた。

「旦那様、そんな悲しい顔をなさらないで。本当に私は大丈夫ですわ。心から、愛しております」

「私もそんな優しい君が、本当に好きだ。…だからこそ、申し訳なくて苦しい。もう二度と裏切らないと誓う。どうか、これからもそばにいさせてくれ」

「もちろんですわ。願ったり叶ったりです」

こうして今日も、私は妻に縋る。せめて二度と愛想をつかされないよう、心から彼女に尽くす。















「お母様」

「どうしたの?私の可愛い子」

「…本当は、全部覚えてる?」

鋭い息子に冷や汗をかく。隠しても無駄だろうと、息子にだけこっそり教えることにした。

「誰にも内緒よ?」

「うん」

賢いこの子は、幼いとはいえ秘密は守れる。

「貴方の言う通り、記憶喪失のフリをしているの。そんなお母様は嫌い?」

「ううん、大好き。お父様が悪いから気にしなくていいよ。お母様も悪いことしてるけど」

「うふふ、そうね」

「二人の内緒ね」

「ええ、内緒ね」

可愛い息子の頭を撫でる。今はこの子だけが、私の支えだ。
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