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古書とアイスコーヒーと鈴の音
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しおりを挟む「――軽食メニュー……か」
麻衣は呟いた言葉を聞かれなかったと思って上手く誤魔化したつもりかもしれないが……。僕はちゃんと聞いていた。
あれは……、
少しくらい自惚れても良いのだろうか。
食管理もままならぬ僕の為に軽食メニューを……――と。
単に哀れな常連客を思っての言葉かも。ここが集客を望まない店ならば客単価を上げようという経営戦略とか。
色々考えればあったが、だが僕は自分の希望に一番近い答えを選択する。……今日のふたりのやり取りを想いながら。
店に差し込む陽の光は柔らかく穏やかだった。夏の日のそれとは思えない程に。
しかし、やはりそれは夏のものなのだ。
頬が、体が、じわりと熱さを感じるのはそのせいだ。
僕は、自分の自意識過剰を自嘲しつつも必死にそんな自分を探っていた。
待っててくれるかと麻衣は言った。
待っててくれと僕は伝えた。
お互い上手く説明出来ないものを言葉にする為に、時間を必要としている僕ら。
胸奥で素直に感じるこのほのかな熱の真の正体を、思わず零れる微笑みの意味を、僕が彼女に伝えられるまであとどれくらいの時がいるのだろう?
「お待たせしました」
鈴の音の様な声が弾んで戻ってきて、テーブルにはアイスコーヒーとケーキが二つずつ並べられた。
「あともう少し、ご一緒しても良いですか?」
「うん。もちろんだよ」
「良かった。ありがとうございます」
向かいの席に座った麻衣は嬉しそうに瞳を細め。
その笑顔に、僕の心はやっぱりあたたかく和いでいた。
「今日は二宮さんの貸し切りですね」
「そうだね。……ていうか、この店、僕以外にもお客来るの? いつもこんな感じじゃないか」
「き、来ますよ。……時々は」
他の客と会った事がない、小さな目立たない店。
古い本棚に古書の数々。窓際のくすんだガラス瓶やアンティークランプ。時を告げる振時計。
懐かしさを漂わせ、静かに流れるこの店の時間――。
こんな優しい空間の中で麻衣とふたり過ごせるなら、たとえ時間がかかったとしても、僕は必ず彼女に伝えられると思う。
『君が好きだ』
――それだけではない、大切な何かを。
きっと……必ず。
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