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その20 ギルドの異変  Side:アルフ

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(スレイレーン城下)



るん♪


身軽な身体が軽やかに跳ねる。
身長の割に発達した身体の線を隠すゆったりと余裕のある、それでいてあまり野暮ったく見えない丈夫な布地でできた上衣とズボン、それにジャストサイズの革靴。
長めの裾で隠れる腰回りに巻かれたベルトには、
ホルダーに納められた大振りのナイフと小さな革製のポシェットが固定されている。
ゆるふわな翠色の髪は後ろで一つに束ねられ、
(爆走ではない方の通常)スキップを刻む度にふわふわと空を跳ねる。

鼻歌混じりにスキップしながら道を行く少女・ルシェルディアは今日も上機嫌だ。


「……ほんと、元気な奴……」


ため息混じりにその後ろを歩く長身の美丈夫・アルフも、
王弟という高すぎる身分に反して格好はルシェルディアと似たり寄ったり。
違いがあるとすればその衣服が身体にジャストフィットしていることと腰にさげているのがナイフではなく長剣であることぐらい。

前回の、黒猫(?)と少女だった組み合わせが成人男性と少女(見た目だけ)になっただけだというのに。
行き交う人々の視線は以前の変わっているなぁと思いつつもどこか微笑ましさを感じさせたものから父親でもなさそうなのに大の男が少女を連れ歩くことへの不審感が一杯のそれに変化したことに心底納得がいかないアルフ。

であるからして、知らず知らずの内に先ほどのようにため息が口から何度も漏れ出るのだ。
しかしながらそんなアルフの微妙な心理など
上機嫌なルシェルディアには全く響かない気付かない関係ない!
何せ今日は

「漸く念願の!!初・冒険です!!」

滾ります~♪と冒険者ギルドへと真っ直ぐ進んでいく彼女の笑顔の、何と輝かしいものか!!
ため息を吐きつつも素直にぴったりと後ろについて歩くアルフと
喜び来たる冒険に胸を躍らせ跳ねるルシェルディアは一路、冒険者ギルドへとひたすらに足を進めていった。



そもそもが何故、冒険者ギルドへといく羽目となってしまったのか。
時間は本日の朝に遡るー



※  ※  ※




登録を果たしてより城から出ること叶わず、更には短い間で癒し兼相棒という位置づけであった“猫ちゃん様”の真の姿を披露されて以来動揺しっぱなしであった彼女。
それから遠慮をなくしたアルフにより城内で追い回され、お茶に付き合い、一人になる言い訳にと鍛錬の時間だといえば共に鍛錬しようと申し出られて手合わせし、5日。
いくら純情乙女であってもそこはそれ、同時に彼女は類を見ない程の非常識少女!
母国でも祖父や父・母に連れられて大勢の騎士団員達などと鍛錬を共にしていた経験から、
今ではすっかりと人間姿のアルフに慣れてしまったルシェルディアは、
同時に城内でのマンツーマンな手合わせに飽きてしまった。
要は日々の刺激に物足りなくなってしまったのだ。

初めの2日ほどはまだ良かった。
しかし3日、4日、そして5日目の朝を迎えた頃にはかなり元気がなくなってしまったルシェルディアの様子に急に強引にアプローチしすぎたかと慌てたアルフが思わず言ってしまったのだ。

「冒険者ギルドで依頼でも受けてみるか」と。


それはそれは萎れ切った草花が潤いを与えられて生を取り戻したが如く。
ぱぁぁぁ…!と顔を輝かせた彼女を目の当たりにしたアルフは、言葉を撤回する機会を失った。
しかしやはり、非常識の塊且つ今や自分の大切な異性となった彼女を野放し…1人で行動させるのは断じて許容できない、と。
なんとか既に冒険者資格を有する自分を同行させるのであればという条件をつけて外出の支度を整え、この度の外出と相成ったのであった。


ルシェルディアが冒険者ギルドで登録を果たしてから9日もの日数が経っていた。


※  ※  ※ 


そんなこんなでやってきました、冒険者ギルド!!


元気一杯にむん!!と胸を張り仁王立ちを果たしたルシェルディア。
むんずと扉の取手を掴む仕草に嫌な既視感を抱いたアルフが、
すかさず待ったをかける。


「勢いは要らんからな?普通に、静かに、開ければいいからな?
……分かっているよなルーシェ??」

一瞬ビクッッと肩を震わせたルシェルディアはあはは?と乾いた笑いを零すと、
取手を握る手からかな~り力を抜いて殊更ゆっくりと慎重に扉を開いたことに理由はない。ないったらないのだ!!


そろりと静かに開けた扉からギルド内へと入る。
扉が閉まる前に続いて身を滑り込ませたアルフを尻目に、それでも沸き立つ冒険への情熱を胸にとルシェルディアは依頼ボードへと足を進め……ることはなかった。


「?……ルーシェ、どうし…」


一歩、足を踏み出しかけて止まり、その場で完全に停止したルシェルディアに声をかけ掛けて。
遅ればせながらアルフも、ギルド内に漂う異様な空気を察した。
目を鋭く細めてルシェルディアの姿を隠すように前に立ち、辺りを窺う。


ギルド内は、騒がしかった。
しかし騒がしいのはいつも通りでは?と言われても、これは違うと断言できる。
いつもの雑然とした騒がしさとは違う、気味の悪い熱を帯びた騒めき。

ギルド内奥の酒場を中心に広がるこの熱。

これに影響を受けているのは冒険者や依頼に訪れた貴族や商人の“男”
熱を感じ取ることが出来ず、
戸惑いを隠せないように眉を顰めて沈黙を保つ受付員や冒険者、依頼人の“女”


黙り込んだルシェルディアに沈黙の理由を問うことなく、
彼女の肩を抱き入り口に1番近い受付カウンターにいる女性ー…以前顔を合わせたことのある、ルシェルディアのギルドカードをギルド長室へと運んできた受付員へと小声で声をかける。


「ちょっといいか」

「え?ええ、はい。ご依頼ですか?それとも依頼を受けますか?」

「いや、初心者に付き添いがてらそのつもりだったんだが。
……一体何事だ?」

「……あれですか」


顎を釈って示した方向を見て苦虫を噛み潰したように顔を歪めた彼女は、
殊更小さく声を抑えた。


「正直私達女性職員にも何がなんだかわからないんですよ」

「…いつからだ」

「大体5日くらい前ですね。
私、その日は昼からの出勤だったんですけど…きた時にはもうでした。
それに、日を追うごとになんか男性の数も貴族の方も増えてきていて……。
注意しても梨の礫、次第に貴族位の高い方も混じるようになってからは口出しもし辛いんです」

「ギルド長へ相談は?」

「残念ながらギルド長といつもは頼みの綱の高ランク冒険者パーティーの方々は皆高ランク魔物の討伐で数日間留守にしてまして」

「…じゃあエンヴィエル女史は」

「彼女もまた、ギルド長より用事を申しつけられて同じ日から留守に……」

「……そう、か」


顔色の優れないその受付女性に小さく礼を述べてカウンターを離れると依頼ボードへと静かに移動しようと足を進めかけ、止まる。
肩を抱く少女より服を引かれたからだ。


「どうした」

「……アルフ、様。城、戻ろ?」


すっかりと元気がなくなった声音で小さく呟く彼女に、目を見開く。
あれ程依頼を受けるのを楽しみにしていたのにどうして、と。
一瞬“王弟様”ではなくアルフと呼ばれたことに喜びかけたものの……
目で問いを投げかけてみてもゆるゆると首を振るばかりの彼女の様子に異常を感じ、静かに素早く先ほど潜ったばかりの扉へ。
扉を開き、先に彼女を外へと押し出しながら自分も外へと出る。
数秒間、奥の酒場を凝視する。
男、男、男。
冒険者や裕福な商人の息子らしき者、貴族家の次男三男。
様々な男達に囲まれた、1人のローブを着込んだ女。

(奴は一体?)


気にはなるものの様子のおかしいルシェルディアを放ってはおけず、
扉をおさえていた手を離してその光景に背を向け先んじて城への道をいくルシェルディアを足早に追う。


背後ー…
ギルドの扉が閉まる寸前に一瞬、自分の背中にねっとりとした視線がこびりついたように感じたのを秒で無視することに決めた。
アルフにとってその視線は、酷く吐き気を催す類のものだったから。


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