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その15 うわぁああん!猫ちゃん様ぁ!!
しおりを挟む(昼、12時頃)
与えられた居室の中。
夏の気候と別種の熱気が混じり合い、室内の気温は今なお上昇中。
それとともに、フ……!フ……!と短くも鋭い呼気が規則正しく混じる。
ヒュッ、ヒュッ、と何かが空を切る音も。
鋭く空間を裂く小さな拳
同じく繰り出される鋭過ぎる蹴り
連動して激しく乱れ動く翠色の長い髪
目を細めて虚空を鋭く睨む翠色の両の瞳
きらきらと昼の日差しに煌き、飛び散る汗
激しく、それでいて流動的に、舞うように。
どれほどの時、動き続けていたかー…
飛び上がり回し蹴りを繰り出し、音無く着地後。
ふぅぅぅぅ………と長く息を吐いた。
そしてー
「………………。
何やってんだお前………」
「ほぇ??」
耳に心地よく響く低音で呟かれた呆れ切った言葉に、
ルシェルディアはそれはそれは気の抜けた声を上げ、
ぽやっと間抜けな顔つきで扉から現れた訪問者に目を向けた。
※ ※ ※
(side:アルフレッド)
「え~とその、どなた様でしょうか…??」
「いやその前に室内で何をしてたのかという必然的な問いに答えて欲しいんだが」
ぽやん、と間の抜けた表情で残心姿勢のまま問うてくる本日も絶賛!非常識な少女・ルシェルディアに、軽く頭が痛くなりながらもツッコマずにはいられない苦労性な己の性分が恨めしい。
軽く眉間に皺を寄せながらも凝視をやめられないまま、
アルフは彼女のおそらくは言うであろう見た通りの答えを静かに待った。
しかしながら、思考までは表情ほどに冷静ではいられないようで。
(なんで…何で室内で格闘術訓練!?
え、なに。今時の貴族令嬢は自室で格闘術の型をなぞるのが普通なのか??
んな訳ねぇぇぇっ!!
それになんだあのキレッキレな動き!
正拳突きも回し蹴りも掠っただけで首掻っ切られそうだったんだが!?
ノック音にも“入るぞ”の声かけにも全く気付かない程の異常な集中力でもってやるものなのかよ型練!?
そして上気して薄ら紅くなってる頬とかいつも以上に潤んだ瞳とか首元を伝う汗とかなんかエロ………
ヤバイ一度意識するとそこばかり目に…ってああ!
汗で服が張り付いて身体の線が……ゴクリ。
………っておいぃぃぃッッ!!
どこ見てんだ俺!死ねよ俺!!
完っ璧変態みたいじゃねぇか俺ぇぇぇッッ!!)
国王と宰相が絶賛パニック中な彼の心情をリアルタイムで聴いていたなら間違いなくみたい、ではなく変態だろうに…と容赦なくツッコンでいたであろう問題発言をアルフは顰め面の裏で爆発させていた。
彼女のように鍛錬をしていた訳でもないのに背中は冷や汗(というには少々熱気の篭りすぎた汗)でダラダラだ!
そんなことになっているとは露ほども気付いていないルーシェは当然、キョトンとしたままに予定通り鍛錬をしていたと答え、アルフに向けて同じ問いを再度繰り返した。
そうだ、そもそもそれを告げる為にここに来たのだったと彼女に声をかけようとし。
「………。」
「………。」
「……………。」
「…………あの~?」
「………。
………取り敢えず、一度外す。……着替えてくれないだろうか」
「え」
言うや、呆然とした彼女を残したまま最速で退出し扉を閉めた。
(駄目だ。アレは駄目だ。
……理性が、持たん)
反則だろ…と誰にともなく呟いてズルズルと閉めた扉にもたれたまましゃがみ込む、
真っ赤に顔を染めたいい歳をしたヘタレ王弟の姿を目にした者は、
彼にとっては幸いなことにいなかった。
全くもってしまらない上感動もない、とんだ初顔合わせの瞬間だった。
※ ※ ※
(side:ルシェルディア)
気が付いたら部屋へと入室を果たしていた長身の貴族男性。
短く後ろを刈り上げた艶のある黒髪
形よく流れるような線を帯びる眉や鼻筋
程よく厚みのある唇
そして、涼やか且つ澄み渡った夏の空色を宿した意志の強そうな瞳
どこか国王陛下に似た面差しながらも野生的な色気漂う端正な面立ちの美丈夫な訪問者。
視認した瞬間に妙な心音の跳ねを覚えたものの、きっと鍛錬の直後だからであろうと簡単に結論付けたルシェルディアであったが。
眉を顰めて何か物言いたげに自分を凝視して黙り込んだかと思えば、凄い勢いで出ていってしまった。
甚だ行動が謎だ、と首を傾げる。
(?一体どうされたんでしょうか?ご用があったのではなかったの??
ふむぅ……。
出て行く前に“着替えてくれないか”と。
…確かに少々貴族の令嬢としてはゆる過ぎる着衣でしたが、鍛錬をしていましたし…)
そんなにだらしのない格好だったかしら?と自身の衣服を見下ろし……。
(……。
……………?
…………………!!?)
唐突に。瞬時に。
ルシェルディアの首から上が熟れきったトマトが如く真っ赤に染まった!!
それはそれはもう!!完膚なきほどの真っ赤っ赤に!!
(ふにゅうぅぅ……な、なんてことでしょう……っ、こんな!こんな!!)
自身の衣服の現在の状態を漸く自覚してなんてはしたない!!と羞恥に悶えて慌ててクローゼットへと駆け寄り替えのシンプルなドレスとタオルを引っ掴み汗にぐっしょりと濡れた衣服を脱ぎ捨てた。
入念に、されども素早く汗を拭い、ドレスを着込むその間も己の迂闊さに湧き上がる羞恥心は留まるところを知らない。
ー…一見羞恥などどこ吹く風と吹いて飛ばしそうな破天荒・非常識少女、ルシェルディア。
現に、魔窟でも袖口を破いたり、大胆にも太もも近くまでスカート部分をたくし上げて走り回っていた彼女に果たして羞恥心なる乙女の恥じらいは存在するのか?と疑問符を浮かべる人間もいるだろう。
しかし思い出して欲しい。
彼女は、まごうことなき貴族の令嬢である!
それも貴族ばかりが通う学園に在籍・卒業し、礼節や礼儀を学んだ、成人女性。
ナリは子供っぽくても世間でいうところの立派な大人の女。
加えて魔窟には彼女以外に人は存在せず、供に連れていたのは黒猫1匹だ。
猫相手に人は羞恥心なぞ感じないのである(実際は猫ではないのだが)!
元々第2皇子にジロジロと胸ばかり凝視されていた為に、己の妙~に部分発達した身体(主に胸部)への羞恥心は人一倍なのである。
そんな、ある意味女性としては常識的な羞恥心を持ち合わせていた彼女は先程、
べっとりと汗で張り付いて胸の輪郭をこれでもかとくっきり際立たせていた状態であの男性の前にボヤッと突っ立っていたのだ。
これがはしたないと言わずに何という?!
であるからして悶えるのも必然だった、という訳だー
その後、昇りきった血の気が平常に戻り着衣と髪の乱れを整えて扉をそろりと開き、
先の男性と再び顔を合わせるまで。
ルシェルディアは40分もの時間を要したのだった。
※ ※ ※
努めて平静を装って、貴族令嬢らしく(?)笑みを浮かべた(しかし酷くぎこちない)ルシェルディア。
部屋へと招き入れて部屋に用意されていた椅子へ座るよう促し、
着席したその男性の顔をチラリと見遣る。
男性は平静そのもののようだが、やはりどこか気まずそうな気配を漂わせていた。
(うう……き、気まずいですぅ……)
丸いテーブルを挟んで対面で座りながら、テーブルの下でもじもじと所在なさげに手を動かしてはいたものの、さてどうしたものかと彼女らしくもないことに気を揉んでいると。
それを察してくれたのか、男性の方から言葉を発してくれた。
「…先程は、突然の訪問をすまなかった、な」
「は…い、いえこちらこそ!
ご挨拶が遅れました私ルシェルディアと申します!!
それでその、……貴方様は?
私になにかご用がおありで……?」
少しばかり早口で名乗りを上げると、当初の問いを告げる。
と、言いにくそうに口を小さく開閉する男性。
何やら煮えきらないその様子に最初は辛抱強く返答を待っていたものの、
そこはそれ彼女は非常識少女。
次第に思考は明後日の方角へと突き進んでいく。
(どうされたのかしら?余程言いにくい用件、なの?
国王陛下からの伝言、それとも宰相閣下からの?いや、………。
はっ!?
もしや、この部屋、私に用意された部屋じゃない!!?
そうよきっとこの部屋は彼の部屋!!
元々別の部屋だったし!!
きっと、自分の部屋に見知らぬ女がはしたない格好で突っ立っていたから
抗議したかったのでは!?)
すわ当たりか!?と1人で勘違い→納得→愕然と流れるように思考を加速させ、
次第に申し訳なさでいっぱいに!!
尚も口を開いては閉じ、を繰り返しながらも沈黙を続ける彼に、あわわわと動揺したルシェルディアは一先ずさっさと謝罪してこの部屋を去ることを決意した。
極力音を立てないよう注意しながら座ったばかりの席を立ち、
勢いよくガバリ!と頭を下げて
「どなた様かは存じ上げませんが、
この度はお部屋を誤って使用・占拠してしまい誠に申し訳ありませんでした!
ついては可及的速やかに撤収したいと存じますではッッ!!」
「いや突然なに言ってるここで退出はあり得んから落ち着けルーシェ」
可及的速やかにの言葉通りにバビュン!と音がしそうな勢いで扉へと駆け出したルシェルディアはしかし。
突如、早口で紡がれた言葉とともにグイッと腕を捕らえられ、半ば倒れ込むようにして後方ー…彼の胸元(背が低い為正確には上腹部辺り)へと後頭部を強かに打ち付けた。
ポスッ
これまた間の抜けた音。
一瞬訳が分からずに呆然としてしまったルシェルディアはしかし。
支えるように腕を掴んでいた手をするりと滑らせ
もう一つの手もともに両肩へと置かれた段になって漸く、
身長差も相まってか今の状況を第三者が目撃しようものなら後ろから抱きこまれているように見えるのでは?という益体もない考えが唐突に沸き起こり、酷く動揺した。
(わわわ…!!見知らぬ男性に囲い込まれるようにして支えられて…え、ちょ、どうしたら!?)
どうしたもこうしたも。
ただ単に失礼、と一言告げて勤めて普通に体勢を整えて立ち、離れれば良いだけなのだが。
何分家族以外の異性にこんな近距離までの接近、ましてや接触を許したことなど皆無。
ルシェルディアは陥る必要のないプチパニック状態に陥った!
自身の頭上から、低く甘い声が降ってくる。
「悪い、強く腕を引きすぎたか?大事ないか…?」
(ふぉぉぉぉ!!?)
「?おい?大丈夫か?黙り込むほど掴んだ腕、痛むか?」
一旦肩へと移動したはずの手が再び腕へと!
するりと撫でる段になって、彼女の緊張は一気に最高潮へ!!
(どどどどどどどうしたら!!さすさすされてます腕が!!
なでなでされてます腕がッ!!
いや決して彼に邪な気持ちは決してなくおそらくは心配しての行動なのでしょうがしかし!!!)
パニックに陥っている思考の中流れるのは言い訳めいた異様な早口説明ばかり。
しかもその他意のない(と勝手に思い込んでいる)“なでなで”をされる度にゾワゾワと何やら未だかつて感じたことのない妙な感覚が湧き上がり、必死に奇声を上げぬよう堪えるのに必死だ。
思考に逃避しながらプルプルと小刻みに身体を震わせて俯く彼女の様子をどう思ったのか……。
小さく嘆息すると、更に自分を落ち着かせてくれようとしてか。
何ともう片方の手が背中を優しくスルスルと撫でさすった!!
「ひゃぅッッ!!?」
「っすまん!」
ビクン!身体を跳ねさせての裏返った高い声に、流石の男性も慌てて手と身体を離して一歩後退する。
すぐに謝罪の言葉を述べた男性、しかし当然、ルシェルディアはそれどころではない。
(変な声出た変な声出た変な声出た変な声出た変な声出た変な声出た)
絶妙な、撫で加減!
先程の“なでなで”で感じていたゾワゾワなど比ではない程の感覚ー…ぞくり、と。
一気に収まっていたはずの血の気が上がり、発汗も感じられ、ましてや動悸までも。
(こ、これはもしや以前お母様が夜?のお父様について評していた…
“テクニシャン”(→主に手で超感覚的な刺激を相手に与える超絶技巧の持ち主)とかいうやつなの!?
…もう……
もう
限 界 !!)
「ぅ」
「う?……どうしたんだ本当、一体なにを言いた」
「ぅうわあああああああああぁぁんんッッ!!」
「!!?」
「猫ちゃん様あぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~!!!」
立て続けに身を襲った耐性の無い感覚に、精神の限界が訪れ。
癒し(黒猫様)を求めて、ルシェルディアは部屋から逃げ去った………
=================================================
※今話のサブタイトルをつけるとしたら
“ルーシェ、羞恥と○感の芽生え”でしょうか(笑)
次回、アルフ視点から。
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