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その8 その頃の元婚約者と子爵令嬢(後)

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はぁッ はぁッ はぁッッ!!


人気のない裏道を、1人の若い女がひた走る。

(ああもう…ッ汗かいてベトベトする気持ち悪い!!
どこかで替えの服を調達しないと…。
それにしてもあの騎士達しつっこいわね!!?
冗談じゃないわよ!誰が素直に捕まるもんですかッッ!!)


表通りを駆けて必死に誰かを探し回る騎士達が探しているのが、正に今現在彼らから姿を隠しながら逃げ続けているこの女ー…ソフィア・シモン。
シモン子爵家の三女として生まれながら、とある特殊な魔法の才能が開花した為に2人の姉達より遥かに溺愛されて育った彼女。
その才能とはー…禁忌の魔法、魅了術。
といって、ただの単純且つ微弱な魅了魔法であれば禁忌には触れず、現に他国と交渉ごとの多い商人や国に仕える文官の中にも使い手はいる。
しかし彼女の保有するそれは、魔法抵抗力の低い者であれば他者の価値観までをもねじ曲げてしまうほど強力で危険だ。

強力な魅了魔法の使い手は発見され次第国へ報告する義務があり、魔法の威力を制限する魔道具を身につけなければならない。
しかし子爵という下級貴族にして金使いの荒かった両親は、彼女の才を自らの私腹を肥やす為に活用することを考え、国への報告義務を怠った。
結果、彼女の才能に溺れた両親は彼女を甘やかしに甘やかし、
酷く傲慢な女へと育て上げてしまった。

彼女がレイブン伯爵令嬢の婚約者に目をつけたのは偶然だった。
自身の両親と同じく金遣いが荒く、容姿はそれなりなのにやたらと自意識過剰。
正直全く好みではなかったが貢がせるには最良且つ簡単な男だと判断したからだ。
しかし、彼に魅了魔法を使用する際の一つの弊害となる人物が存在した。
それが、ルシェルディアだ。
何故か彼女を視界に長時間捉えると、魅了魔法が瓦解して効果が消えてしまうことに気付いた。

(彼女は 邪魔な存在だ)

彼女という存在さえいなければ魔法抵抗力の少ない男であれば意のままだというのに!
そんな思いに支配された彼女が彼女を自身の前から消す為に考えたのが、先日の卒園パーティーでの婚約破棄騒動だった。
公衆の面前、それも他の卒園生達も皆貴族家の人間。
例え魅了が途中で解けたとて、そうそう表立って宣言したことは取り消せない。

自分は被害者のか弱い令嬢という善なるポジションを手にすることができ、これからも自由に男達の間を泳いで回ることができるのだと。

なのにまさか、レイブン家を敵に回すということがこれほど厄介だったとは全くの想定外。

彼女に婚約破棄を突きつけたデルギスも、実際に断罪した第2皇子も。
2人ともが揃って捕まり罪人の烙印を押されたのだ。
1人は皇族だったにも関わらず、だ。
おそらくレイブン伯爵家は裏でかなりの力を持っていて、それゆえの処分。
そして自分にもその順番が回ってきた時ソフィアはー逃げた。

両親も、2人の姉達も。彼らの身の心配など1ミリたりともすることなく、騎士達が屋敷へとやってきた瞬間に隙をついて逃亡したのだ。
両親の隠していた裏金の一部を抱えて。
おそらくもうとっくに両親達は私が逃亡したことによって捕まっているだろうが、そんなこと知ったことか!
今まで散々甘い汁を吸ってきたのだから文句はないでしょう、と実に身分勝手で傲慢な考えの元、自身を肯定するソフィア。

(本当に…捕まってなるものですか…!)

魔法で黒かった髪と瞳の色を変え、買い換えた粗末な平民服に身を包み、そうして平民として寄り合い馬車に乗り込み帝国を脱出したソフィアはうっそりと嗤った。

(私は幸せになることが運命付けられた勝ち組なのよ!!
今度は揺るぎのない身分の男を落として今まで以上に豪勢な生活を送ってやる!!)

ガタゴトと平坦な道を馬車が走る。
その寄り合い馬車の最終到着地は、
魔窟を挟んだ反対側の隣国・スレイレーン王国。
奇しくもそれは、魔窟を脱してルシェルディアがたどり着いた国であった。


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※次回、本編に戻ります!!

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