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その5 猫って喋るんです??
しおりを挟むシパシパと数度目を瞬いてこちらを見た黒猫。
昼の日差しに照らされて黒い毛皮が眩しい、しなやかな肢体。
鳥の鳴き声や目の前の焚き火がパチリと爆ぜる音に反応してか、
ぴこぴこと小刻みに揺れ動くピンと伸びた耳。
そして、こちらを油断なく注視する、くりりと丸く大きな、綺麗な空色の瞳。
(可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い)
その仕草、見た目のどれもがルシェルディアの可愛いセンサーを大いに刺激し、獲物を狩るよりはるかに熱量の高い眼差しでもって凝視する。
飢えた魔獣の如き熱視線に怯えたのか、びくりと身体を震わせ毛を逆立てる黒猫。
……
…………
暫しの間続いた不毛な見つめ合い(睨み合い?)は、
黒猫がジリリと後退り始めた段になって漸く瓦解した。
(ふぁぁ!?にゃ、にゃんこさん行かないで下さいお願いします!!)
自身の邪念の籠もった視線に怯えているなどとは露ほども考えが至らないルシェルディアではあったが、このままでは念願(?)の猫を撫でて愛でることが出来なくなってしまう!!と慌て出した。
(ど、どどどうすれば!??え~と、ふむぅ…あ!そうだ!?)
その場で慌てたのち、これだ!!と猫に向けて差し出したのは、自身の手に持っていた肉串。
きっと空腹であろう黒猫のこと、食いついてくれるに違いない、いや食いついてお願い!!と、態々別に猫用の食事を用意していたことなどうち忘れて香草のたっぷりときいたそれをプルプル震えながら差し出していると。
果たして果たして。
未だ警戒心はあれども彼女の読み通り(?)空腹に耐えられなかったのか、じり…じり…と近づき肉串に鼻先を近づけてふんふんと匂いを嗅いだ後ー…パクリと食いついた!
食いついた勢いは強く、串はルシェルディアの手から離れてしまったものの、
黒猫はそれを咥えたまま元の後退位置まで戻る。
肉串を地面に落とすと前足を器用に使って串を抑えて肉を引っこ抜き、バラバラになった香ばしさ満点の肉をはぐはぐと食べ始めた。
少し大きめな身体に比べて小さい口で一生懸命咀嚼を繰り返すその様の、なんと愛らしいことか!
(うむ、非常に…非常に癒される光景です…。初・餌やり成功ですね!)
などと蹲み込んだまままったりほっこりしていると。
肉串を食べ終えた黒猫は虚しく地に落ちている串をじっと見つめ、そうしてトコトコとルシェルディアの方へと近づいてきた。
対するルシェルディアの方はといえば、何故かパニックに陥っていた。
(ち、ち、近づいてくるぅぅぅッッ!?(あ、尻尾フリフリ可愛い)
どうしよう、またガン見したら駄目でしょうか?
もしや餌をやったから懐いてくれた!?
いやいやでも調子に乗って撫でたりなんてしたら今度こそ逃げちゃうかも!?)
何せ猫なんていう愛らしい動物などと接したことなど一度もない。
故にどう交流すればいいのかなんてまるでわからない動物愛護初心者なのだ。
彼女のそんなどうでもいい葛藤などどうでもいいと言わんばかりに黒猫は距離を詰め、あっという間にルシェルディアの元へ到着。
そして右の前足をしゃがんだまま微動だにしない彼女の膝に、
ぽむ、と乗せて告げた。
「翠髪の小娘。俺はこの肉が大変気に入った。
故に『おかわり」を所望する」
「……」
「あと美味ではあるがちと味が濃くて喉が乾くのが難点だな。
出来れば水も用意してもらえると大変有難い」
「………」
「…おい小娘、聞いているのか!?」
「猫って喋るんですぅーーーッッ!!?」
るんですぅーーーー…?
んですぅーーー…?
ですぅーー…?
…今日一番の大声が、黒猫の言葉すらもかき消しながら魔窟に反響しまくった。
====================================
バサバサバサ!!
ギャア!!ギャア!!
ドドドドドドドドドドド!!
彼女・ルシェルディアの大声=災害の前触れ・生命の危機と捉えた生物達の逃走する音が立て続けに鳴り響いたが、当然当人が知る由もなく。
どころか現在、驚きすぎて固まっていた。
そして彼女が大声を上げる元凶となった件の黒猫はといえばー…。
地面にうつ伏せ状態でへばりつき、
両前足で自身の耳をぺたりと押さえつけ、プルプルと震えていた。
同時に、苦しげに呻く声が。
「ぬおぉぉぉぉッッ!!
み、耳がッ、耳が潰れるぅぅ…鼓膜が!!!
何たる騒音っ!
いや最早これは災害と言っても過言はないッッ!!」
「はっ!?」
ぐぬぬと呻きのたうち回る黒猫の言葉と動きに、石像の如く固まっていたルシェルディアが漸く再起動を果たした。
ゴロゴロと地面を激しく転がる黒猫を徐にむんずと掴み起こすと、
突然大声をあげたことを謝罪し始めた、それも中々の音量で。
「すすす、すみませんにゃんこちゃん!
びっくりしたとはいえいきなり大声を上げるだなんて失礼でしたよね!?
ごめんなさいごめんなさいごめんなさ」
「!!?
っだぁああああああ!!やめろっやめんか!
耳元で!!大声で話すでないわぁッッ!!
どうあっても俺の鼓膜を破りたいのかそうなんだなそうだろ!!?」
「え?!ごごご!!…ごめんなさい」
しまいにはジタバタと踠き暴れ出した黒猫の様子に漸く自分がまた声を張り上げていたことに気付き、小さな声で謝り直した。
やっとボリュームを下げた少女に掲げられたまま、ぐったりとする黒猫。
びろーんと伸びきってぜ全力で脱力した後、ふぅぅぅ…と大きなため息を吐く。
「まぁこちらにも非がないわけではないからあまり怒るのも
…いやしかし。
それにしても小娘!お前は一体幾つだ!?
そもそも何故にお前のような成人もしていなさそうな人間の女がこの魔窟にいるのだ?
しかも破廉恥な格好をしよって、親が泣くぞ!」
途端に始まった説教に目をパチクリとさせたルシェルディアは、
黒猫の問いにこれ以上ないほど簡潔に答えた。
「追放されました」と。
「……は?」
「ですから、罪人としてこの魔窟と呼ばれる森に追放されました。
あ、因みに私は成人してますよ現在16歳です!」
「罪人として?」
「はい、冤罪ですが」
「追放?この魔窟に?いつ?」
「はい。昨晩ここにやってきました」
「…冤罪で、魔窟追放…お前、平民か?」
「いいえ?私は伯爵家の一人娘ですよ?
まぁ追放されたので元と付けるべきかもしれませんが…ふむ。
猫ちゃん様は猫なのに人間の社会・身分に詳しいのですねぇ!」
「ん、ま、まぁ…それなりに長く生きているからな。
て、俺のことはいい!…で、その冤罪で国から魔窟へと昨晩追放されてきた成人したての元貴族の令嬢が俺と会うまでにそこに山積みになっておる肉を含めた食料を自力で収集したと。
そう言うのか?」
「そうですね!」
「……その奇抜な服装は?」
「こっちの方が涼しいので!!」
「……そうか」
むん!!と誇らしげに胸を張る少女の言葉に力なく同調を示すと、少女に自分を下ろすよう言う。
名残惜しげに猫を地面に下ろして手を離した少女に座るように告げ、
「小娘」
「ルシェルディアです!あ、是非ともルーシェと呼んでください猫ちゃん様!!」
「ではルーシェ。
まずその猫ちゃん様などという珍妙な呼び方はやめぃ。
…アルフと呼べ、敬称はいらん」
自身の呼称を告げると、何故かきっちりと正座している少女に、
仮にも成人した女が何たる破廉恥極まる格好をしているのだ!!と再度の説教を敢行したのだった。
こうして、説教に縮こまる少女・ルシェルディアは自身が大声を上げたほどの疑問、
“猫が人語を話している件”についてを見事に思考の彼方にまで飛ばしてしまった。
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