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その3と4の間 コラルド帝国・皇族達とレイブン家の話(後)
しおりを挟む御者の男・ジェイクは、哀れな(?)少女の伝言を伝えに職を失う覚悟で伯爵家を訪れた。
が、現在進行形で職よりも生命の危機に晒されてブルブルと身体を震わせていた。
というのも。前方には凄まじい殺気や覇気を纏った鬼神を彷彿とさせる4人の貴族男女。
背後には同じく静かな殺気を放つ執事とメイド。
正しく進まば魔王城、後退すれば死神の鎌。
どちらにしても、無事で娘の元へと帰れそうな気がしない。
(すまん娘よ今日が俺の命日となりそうだ達者に暮らしてくれ頼む!!)
必死に自身の娘に向けて遺言の言葉を心中で唱えていると、鬼神もとい貴族男性の内1人。
一番体格のいい精悍な面持ちの男性が言葉を発した。
「初めまして、というべきか。当主のジルバという。
して御者と伺ったが、名は?」
「は、ははははい!な、な、名はジェイクといいまふッ!?」
か、噛んでしまった!が、そんなことを気にしている場合では当然なく。
「夜も既に遅い。早速用件を聞かせてもらおうか。
………我が娘・ルシェルディアが、なんだって?」
「あ、あ……お……おじょッ」
不味い、歯の根が合わず、話すことができない!!
なんとか伝えねばと思うものの、目前の殺気に当てられてままならない。
すると彼の後ろからもう1人、翠髪の美しい女性が鎮まりなさいな、と当主に声をかける。
「貴方?そんな殺気と覇気を剥き出しにしては彼も話を出来ませんよ?」
「む?……すまん。御者殿、続けてくれ」
途端に霧散した重苦しい空気に漸く正気を取り戻したジェイクは、はっ!?としながら唐突にカーペットに土下座した!
「?何をして」
「お、恐れながらご当主殿を歴戦の強者と見込み、懇願致します!!
どうか、どうか貴方様のお嬢様をお救いください!!」
「「「「!!??」」」」
突然の全力の懇願に驚く気配がすれども、構うものかと必死に床に額を擦り付ける。
「突然どうしたというのだ」
「私は許されざる罪を犯しました!!」
しん……
一瞬その言葉に室内が静まり返るが構わず続ける。
「め、め、命令が下り!
仕事であったとはいえ貴方様の御息女をわ、私自らがあの“魔窟”へと運びましてございます!
彼女が森へと入っていく間際に伝言を賜わり恥知らずにもこうしてこ、こ、ここまで!!」
「待て、…待て。話がまるで見えん。
命令?仕事?あの“魔窟”にルーシェが入った?
何を言って………、御者殿、貴殿の仕事とは、なんだ」
「わ、私の仕事は…罪人を所定の刑場、流刑地などに運ぶことです。
本日夕方、突然呼び出しを受け、か、重罪人である彼女を魔窟へとつ、追放しろと命を受けた為に運びました!」
「!!?じゅ、重罪人だと!?ルーシェが!??あり得ん!!」
「「貴様……お嬢様をよくも…」」
驚愕する当主に、背後の2人が殺気立つ。
「私は!!
私にもまだ幼い娘がおります……。
あんなにも愛らしいご令嬢が本当に罪を犯したのか、
それも魔窟送りとなるほどの重罪を犯したとは到底思えず!
本当はいけないと知りつつ縄を解き貧相な非常食などを同情心で渡したもののか、彼女は!!
…おそらく自身が逃亡すれば私が咎めを受けることを危惧して下さったのでしょう、逃げることもなく、必死で明るく振る舞ったままも、森へと入って………ッッ」
「「「「…………」」」」
さっきまで再度の殺気に満ち始めて冷気すら帯びていた室内に、温度が戻り始めた。
「すると貴殿は、本来であれば罪人として拘束されていたまま追放ー…捨てられるはずであった娘の拘束を解いてくれた上簡単な食事まで持たせてくれた、と?」
「へ?は、はい。そうですがしかし!」
「ありがとう、礼を言おう御者殿…いやジェイク殿」
はっとして顔を上げると、先程の険しさは微塵もなく。
当主の男は爽やかで暖かい笑みを浮かべていた。
彼だけでなく他の3人も。
「それで娘はなんと?」
「は、その…。
『私の名は、ルシェルディア・レイブン。レイブン伯爵家の一人娘です。
もしも叶うのなら私の両親へ直接私が魔窟へと自発的に入ったことと、世に出回るであろう罪状は第2皇子と婚約者…いえ元婚約者の嘘八百であることを伝えてもらえますか?』と。
い、一言一句間違いございません」
「そうか…自発的に、か。成程。
…セバス」
「はい」
「予定変更。騒動の詳細を調べ上げろ。そうだな、ルーシェと懇意にしていたシーバス子爵令嬢辺りに聞くのも手だが」
「その方も含め、早急に確認して参ります」
「頼んだぞ。メイド長、お前も行け」
「「はっ!!」」
瞬時に姿を消した2人に目を白黒させていると、ご苦労だったとポンと肩を叩かれる。
「こんな夜分、しかも職務違反の危険を犯してまで知らせに来てくれたのだろう?
しかも見ず知らずの我が娘の心配まで……。
後日改めて礼をしたいが何分夜も遅い。早く娘さんのもとへ帰ってやるといいぞ」
「あ、あの。それで御息女の救出は?」
「ん?ははっ!本当に優しい男だなぁ貴殿は。
大丈夫、娘なら全く問題無いから安心しろ。伝言の内容はそういうことだ」
「は、はぁ……。
はは…」
呆気カランとした当主の様子に空笑いがこみ上げてくる。
同時に少女の追記伝言をも思い出してしまったからか。
「どうした?具合でも?」
「い、いえ。くく…!すみません、ただ、御息女にも同じく優し過ぎると評された挙句に転職を勧められたものですから…。
いやまぁつくづく私には今の仕事は向いていないのかと…はは!」
「ほう…?もしや娘はそれも伝言に残したのでは?」
「へ?…そういえば追記事項として伝言に加えろとかなんとか仰ってたよう…な?」
「そうかそうか!!
ー…ところで御者、いやジェイク殿。
我が伯爵家の御者として現在の職から転職する気はないか?
勿論、給料は弾むぞ!」
「……………………は?」
その夜。
御者の男・ジェイクは生死の危機脱出と共に、新たなる転職先を得て、呆然としたまま帰路に着くことと相成った。
※ ※ ※
ジェイクが退室してたった一時間後。
「戻ったか」
「は。随分と派手にやらかしたようで、すぐに情報が揃いましてございます」
薄暗く灯りを絞った談話室に、セバスチャンが姿を現し頭を垂れる。
「では、報告を聞こう」
そういって促されたセバスチャンが語った、余りにもお粗末且つ巫山戯た騒動と断罪を執行した犯人の名に。
室内の全員がギラリと獰猛な目つきへと切り替わった。
その直後、遅れて入室してきたメイド長より、本日2人目の訪問者が来たこととその名を聞かされると、ニタリと獲物を前に舌舐めずりするが如く。
当主を初めとした全員が嗤った。
「どうやら婚約者殿といい、第2皇子といい。
我がレイブン伯爵家を舐め腐り、泥を投げつけてきたらしい。
よりにもよって、我が家の宝を害そうとする程の、盛大な泥を、だ。
皆の者、こういう時はどうするべきだったか?」
「「「それは勿論。
ー……高い高い代償を払って貰((いましょう))おう」」」
その夜ー。
数度に渡る轟音と共に、1人の男性の悲鳴じみた謝罪が大音量で伯爵家周辺に響き続けたとか……。
果てさて一体、怒り狂った猛獣の巣穴に夜遅く飛び込んでしまった哀れな迷い人は誰だったのか。
帝国民はこの時まだ知る由もない。
その後1ヶ月もの間、賢帝と名高い皇帝が玉座はおろか、
公的な場へ姿を見せることが出来なくなるなどとは、この時はまだ、誰も………
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※次回、ルシェルディア側に戻ります!!
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