上 下
3 / 54

その3 魔窟=森=楽しいところです

しおりを挟む


ふんふ~ん♪


幾多の凶暴且つ強力な魔物が闊歩するこの世の地獄と称される、“魔窟まくつ
特に夜はかの生物達にとっては起床時間、獲物を狩る時間であり、一般の野生動物達は皆見つからないよう狩られぬようにと息を殺す時間。

だというのにどうしてどうして。
そんな物騒極まりない文字通り魔窟のしんと静まり返った深い闇の中に、軽快な足音と共に陽気な鼻歌が。

その発生源は勿論。
言わずと知れた(?)レイブン伯爵家長女・ルシェルディア。

ゆったりと長く伸びた翠色の長髪をふわふわと揺らし、軽快にスキップで森の中を進んでいる。

(いやぁ~。なんとも静かで涼しくて。正しく天国ですねぇ!)

現在季節は秋に近いとはいえ未だ暑さの去らぬ夏。
正直、貴族でさえなければ暑苦しい布地たっぷりのドレスなど御免被りたい!!というのがこの少女の本音中の本音。であるからして、鬱蒼と高い樹々の生い茂ったこの森の涼しさを彼女は全力で満喫していた。

(まぁ、お爺様やお父様も家やではいつもシャツ袖を千切って涼しい格好をしてましたし…私がそうしても問題ないですよね!)


そういって機嫌良く自身を納得させて肯定した彼女の現在の格好はといえば、
世の貴族令嬢の正装に照らし合わせれば、中々に奇抜な格好となっていた。

森に入る前まであったフリルの付いた長袖は肩の縫い口を境に取り払われ肩にかけた麻袋の中、ロングスカートもたくし上げられた上に腰元で結ばれ、すらりとした色白の両脚も露わ。

この際、はっきり言おう
この時代に照らし合わせて彼女の格好は、大変はしたないと言われるものだった。
が。誰の目もない、というより凶暴な魔物や野生動物と自然しか生息しないこの場で彼女の破廉恥な格好を注意する者は、残念ながら皆無(彼女にとっては幸運だろうか?)

兎にも角にも、冤罪を着せられ死地と評される場所へと捨てられたにも関わらず、世の人々のように絶望したり悲壮感に苛まれることすらなく。
喜色に満ち満ちた様子で夜の森中を移動し続けるこの少女は、
誰がどう考えても“普通”ではない。
いや、異常である。

そうして幸か不幸か一匹の魔物にすら会う事なく森を進み続けたルシェルディアは、一際巨大な樹の根元へと辿り着いて漸くその足を止めた。

「ふむふむ……立派な寝ぐらになりそうですね!」


むん!と意味なく低身長の割に発達した胸を張り、いそいそと身を寄せたのはその大樹の根本に存在する大きな。成人男性がまるっと2人以上は立って入りそうなそのうろに入り、地面も程よく乾燥していることに気をよくすると、ごろりとその場に寝転がる。

(明日は起きてから焚き火用の小枝集めと、木の実・食料探し。に狩りをしてみても良いですねぇ。それからそれから………)

そんな明日の予定を呑気に考えている内に、まるで周囲を警戒することも怯えることもなく。
ある意味非常識な翠色の髪と瞳を持つ少女は、夢の園へと旅立っていった。

====================================================



(野生動物にとっては)奇声を上げながら森の中を駆けていたその少女に、勿論元からの住人達ー…魔物達は気付いていた。
どころか視認すらしていた。
なのに何故、彼女を襲わなかったのか?
普通に考えれば彼女という生物は彼らにとっていいカモ、手頃且つ手っ取り早く仕留められる獲物に過ぎないはず。
しかし。


原因は、少女が見た目通りの“普通”ではないことにこそあった。

少しばかり少女・ルシェルディアを視界に捉えた飢えた魔物達の声に耳を傾けてみるとしよう……






魔物A『ぬ?…おお、手頃な獲物!小腹の足しにはなる、か?
   ……な、なんだこの禍々しい気は!?』

魔物B『へ!なぁにをグダグダと!!
   あのような小さなモノに何をそう怯えて、って……ぇぇえええええ!!?
   何あれ怖ッッ怖すぎるッッヤバすぎんだろぉおッッ!!?』

魔物C『あ、あああれはきっと新種の魔物……っ!
   いや、新たな森の主様に違いない!!
   あのような魔王の如きオーラ!分かる、分かるぞ!!
   人間の童子のようななりをしているが!同胞達の血の匂いがこびり付いておる!!』

魔物ABC『………』

魔物D『……触らぬ魔物に祟りなし』


魔物ABC『異議なし!!解散ーーー!!』




と、こういった会話があったとかなかったとか……。

ひしめく魔物達をも怯えさせるその理由とは?
まぁそれはいずれ明らかになるかもしれないが、兎にも角にも。
魔窟に身を投じた令嬢のこの日の夜は、平和且つ静かに更けていった。




   
しおりを挟む
感想 98

あなたにおすすめの小説

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

追放令嬢とフレポジ男:婚約破棄を告げられ追放された侯爵令嬢はあてがわれたド田舎の男と恋に落ちる。

唯乃芽レンゲ
恋愛
堅物侯爵令嬢エルシャは王太子から婚約破棄を告げられ追放された。チーレム男の爪痕残る辺境の地で追放令嬢は軽薄男の妻となりその毒牙にかかるのであった… ―――― ”鋼の頭を持つ女”とまで言われてしまうほどの堅物侯爵令嬢エルシャは生まれた頃からの婚約者である王太子から婚約破棄を告げられ追放された。 追放先は王国の最西端…”王国の爪の先”と言われる程のド田舎。 そして、あてがわれた男は過去数多の婚約者がいながらも結婚式当日に逃げられ続けた軽薄男ケヴィン。 だがしかし、その男、実はチートハーレム男…の友人であった。 ”百戦百敗”と呼ばれる程婚約者から逃げられ続けたフレポジ男… チーレム男の爪痕残る辺境の地で追放令嬢は軽薄男の妻となりその毒牙にかかる…!? (※)と書かれている部分は寝室表現がありますので苦手な方はお気を付けください。 ※”小説家になろう”、”アルファポリス” にて投稿しております。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

処理中です...