5 / 8
4 触るな
しおりを挟む
少々気分を害する内容を含みます。
過激さはありませんが不愉快な気分になりたくない方はページバック推奨
~~~~~ ~~~~~ ~~~~~
「奥山、先輩」
今までなら、姿を見れただけで喜んでいた自分。
しかし今となっては、自分の前で無邪気に笑んでいるこの存在が恐ろしい。
喉は緊張と恐怖で干上がり、表情も強張っているのがわかるがどうしようもなく。
しかしそんな俺の様子などまるで気がついていないのか、
あれ?などと首を傾げて奥山は笑っている。
「ははっ、なんだよ聖?
いつもは“蓮二さん”って呼ぶくせに。
今更先輩呼びかぁ?ん?」
「……」
「ほらほら、蓮二さんって言ってみ?」
(なんなんだよ、あんた……)
ニコニコと人好きのする明るい笑顔で名前呼びを促してくる目の前の男は、
先日までの様子と変わりのない邪気のないものだった。
まるで先週末の夜、自身が見聞きした彼の姿と言動こそが幻覚だと言わんばかりの。
だが、確かに自分は見たし、聞いた。
べったりと片腕に香水くさそうな派手な女を侍らせながら、ガラの悪い男達にしていた会話も。
その会話中懐から取り出した俺の半裸の写真と、
男達が財布から取り出した札束を交換してニヤつく光景も。
確かに自身のバイト先で、自分の耳と目に、焼き付いたものだ。
彼にとって俺が、後輩でもなんでもない、
ただの都合のいい小遣い稼ぎの道具である事実を痛感したんだ。
ついさっきまでは、利用されたと知っても、失恋したことのショックの方が強かった。
なのに今では、目の前の男が怖くて堪らない。
次々と恐怖が彼との思い出を塗りつぶしていく。
俺が彼の言葉になんの返事もしないことにいい加減焦れたのか、
彼は少しばかり苛立ったように眉を顰めた。
が、すぐに取り繕うように優しく笑うと、
「ん~今日はご機嫌斜めなのかぁ?
ま、いいや!
ほらほらとっとと部活行くぞ聖?
また姿勢のチェックしてやるよ。
なんか顔色悪いし、なんだったら久し振りにマッサージして」
『マッサージ』
『姿勢のチェック』
今までも彼が実行してきたことだ。
更衣室で、二人きりで、服は邪魔だからと和装も制服のシャツを脱いで。
単なる、優しい先輩の、親しい後輩への指導とか優しさからくる行動。
そう思っていたのに。
(今度はなにを撮って何枚売るつもりだ…!?)
もしかしたら、カメラ自体、まだ更衣室についたままかもしれない。
もしかしたら自分以外の写真も売っているかも。
駄目だ。
吐き気がする。
「……いいです」
「は?」
「だから、もう、結構です。
俺、もう部活は辞めましたから」
必要ありませんと告げれば、一瞬呆然としてすぐにまたまた~とふざけ笑う。
こちらは少しもふざけていないというのに、
全く真剣に話を聞く素振りがない。
前はこの少しいい加減なところにも根が暗い自分は救われていると思っていたのに。
(はは…俺ってホント、節穴だよ。父さん、母さん)
中学卒業を目前にして揃ってあの世に行ってしまった両親に、
心の中で見る目のない息子でごめんと謝った。
そして、これ以上この男と対面していたくない。
「何もふざけてません。なので部室にも更衣室にも修練場にも行きません。
主将を任命してもらって悪いんですが、どうやら俺には荷が重すぎたようです。
では俺、用事がありますんでこれで」
「は?いやちょっと待てって」
早口で別れの挨拶を済ませて後ずさると、
薄い笑みの中に幾分かの焦りを浮かべて俺の肩目掛けて手を伸ばしてきた。
(っ触るな……!)
湧きたった怖気に、しかし声が出ない。足が動かない。
(俺って、こんなに弱かったっけ)
もう少しで肩に彼の手が触れる恐怖の中、
ふと益体もなく、そう思った。
ああ もう なにもかんがえたくない
恐怖に竦んでいた身体から張り詰めてピンと伸びた糸がプツンと切れるように力が抜けて。
身体が後ろに傾き、視界が霞んだ。
が
いつまで経っても、背中や後頭部が床に打ち付けられた衝撃が襲ってこない。
若干霞んだ視界がすっと晴れるとそこには…
(佐伯先輩…?
樋口先輩と、鬼塚先輩、も………?)
何故か目の前には剣道部主将の佐伯先輩が背を向けていて。
空手部主将の鬼塚先輩が俺の背中を大きな手で支えて隣に立っていて。
柔道部主将の樋口先輩は佐伯先輩の向こう側に佇んでいた。
奥山の後ろ襟を引っ掴んだまま。
「……っえ?」
彼らは俺を庇うように立ちながら、俺を見ていなかった。
彼らは奥山 蓮二を見ていた。
過激さはありませんが不愉快な気分になりたくない方はページバック推奨
~~~~~ ~~~~~ ~~~~~
「奥山、先輩」
今までなら、姿を見れただけで喜んでいた自分。
しかし今となっては、自分の前で無邪気に笑んでいるこの存在が恐ろしい。
喉は緊張と恐怖で干上がり、表情も強張っているのがわかるがどうしようもなく。
しかしそんな俺の様子などまるで気がついていないのか、
あれ?などと首を傾げて奥山は笑っている。
「ははっ、なんだよ聖?
いつもは“蓮二さん”って呼ぶくせに。
今更先輩呼びかぁ?ん?」
「……」
「ほらほら、蓮二さんって言ってみ?」
(なんなんだよ、あんた……)
ニコニコと人好きのする明るい笑顔で名前呼びを促してくる目の前の男は、
先日までの様子と変わりのない邪気のないものだった。
まるで先週末の夜、自身が見聞きした彼の姿と言動こそが幻覚だと言わんばかりの。
だが、確かに自分は見たし、聞いた。
べったりと片腕に香水くさそうな派手な女を侍らせながら、ガラの悪い男達にしていた会話も。
その会話中懐から取り出した俺の半裸の写真と、
男達が財布から取り出した札束を交換してニヤつく光景も。
確かに自身のバイト先で、自分の耳と目に、焼き付いたものだ。
彼にとって俺が、後輩でもなんでもない、
ただの都合のいい小遣い稼ぎの道具である事実を痛感したんだ。
ついさっきまでは、利用されたと知っても、失恋したことのショックの方が強かった。
なのに今では、目の前の男が怖くて堪らない。
次々と恐怖が彼との思い出を塗りつぶしていく。
俺が彼の言葉になんの返事もしないことにいい加減焦れたのか、
彼は少しばかり苛立ったように眉を顰めた。
が、すぐに取り繕うように優しく笑うと、
「ん~今日はご機嫌斜めなのかぁ?
ま、いいや!
ほらほらとっとと部活行くぞ聖?
また姿勢のチェックしてやるよ。
なんか顔色悪いし、なんだったら久し振りにマッサージして」
『マッサージ』
『姿勢のチェック』
今までも彼が実行してきたことだ。
更衣室で、二人きりで、服は邪魔だからと和装も制服のシャツを脱いで。
単なる、優しい先輩の、親しい後輩への指導とか優しさからくる行動。
そう思っていたのに。
(今度はなにを撮って何枚売るつもりだ…!?)
もしかしたら、カメラ自体、まだ更衣室についたままかもしれない。
もしかしたら自分以外の写真も売っているかも。
駄目だ。
吐き気がする。
「……いいです」
「は?」
「だから、もう、結構です。
俺、もう部活は辞めましたから」
必要ありませんと告げれば、一瞬呆然としてすぐにまたまた~とふざけ笑う。
こちらは少しもふざけていないというのに、
全く真剣に話を聞く素振りがない。
前はこの少しいい加減なところにも根が暗い自分は救われていると思っていたのに。
(はは…俺ってホント、節穴だよ。父さん、母さん)
中学卒業を目前にして揃ってあの世に行ってしまった両親に、
心の中で見る目のない息子でごめんと謝った。
そして、これ以上この男と対面していたくない。
「何もふざけてません。なので部室にも更衣室にも修練場にも行きません。
主将を任命してもらって悪いんですが、どうやら俺には荷が重すぎたようです。
では俺、用事がありますんでこれで」
「は?いやちょっと待てって」
早口で別れの挨拶を済ませて後ずさると、
薄い笑みの中に幾分かの焦りを浮かべて俺の肩目掛けて手を伸ばしてきた。
(っ触るな……!)
湧きたった怖気に、しかし声が出ない。足が動かない。
(俺って、こんなに弱かったっけ)
もう少しで肩に彼の手が触れる恐怖の中、
ふと益体もなく、そう思った。
ああ もう なにもかんがえたくない
恐怖に竦んでいた身体から張り詰めてピンと伸びた糸がプツンと切れるように力が抜けて。
身体が後ろに傾き、視界が霞んだ。
が
いつまで経っても、背中や後頭部が床に打ち付けられた衝撃が襲ってこない。
若干霞んだ視界がすっと晴れるとそこには…
(佐伯先輩…?
樋口先輩と、鬼塚先輩、も………?)
何故か目の前には剣道部主将の佐伯先輩が背を向けていて。
空手部主将の鬼塚先輩が俺の背中を大きな手で支えて隣に立っていて。
柔道部主将の樋口先輩は佐伯先輩の向こう側に佇んでいた。
奥山の後ろ襟を引っ掴んだまま。
「……っえ?」
彼らは俺を庇うように立ちながら、俺を見ていなかった。
彼らは奥山 蓮二を見ていた。
0
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説
何者かになりたかった、だが王子の嫁になりたかったわけじゃない。
竜鳴躍
BL
小さい頃は自分には才能があっていつか花開くと思ってた。
何者かになれると信じていた。
だけど、努力しても俺はスーパースターにはなれなかった。
偶々取り残された更衣室で、一緒に媚薬を吸い込んでしまった。王子様を狙った事件に巻き込まれ、気が付くと俺は王子に揺さぶられて、下腹部には魔法の淫紋が刻まれてしまっていたのだった。
王族との婚礼契約。
男でも子を孕み、出産するまで淫紋は消えず、体は王子を求めてしまう。
そんな呪いのようなもので王子の嫁にされ、だけど、体だけの関係なのに。
事故から始まった、成り行きの。
心はどんどん王子に惹かれていく。
出産したら、俺は自由。
離婚して、生活が保障されて、さよなら。
それだけの関係だって分かっているのに。
こんなに辛い。
十五年後に、会いましょう。
一片澪
BL
※本編23話+後日談6話。全話毎日19時予約投稿済み、完結保証。
伊岡灯莉はもうすぐ来る誕生日で三十歳を迎えるΩだ。
彼は昔咬傷事故によって運命を変えられた過去を持つ。――そう聞くと可哀想や気の毒と言った感情を抱く人間が多いと思うが灯莉の中の認識は違った。
十五年前のあの日、灯莉は自分より幼いαによって確かに強姦され噛まれた。しかし双方がまだ完全に身体的に成長し第二性に目覚め確定するより先に起きた事故であった為奇跡的に『番契約』は中途半端な状態であったらしい。その為医師はこう言った。
「相手のαと二度と直接会うことがなければ、通常のΩよりも幾分選択の自由が残された人生が歩めるかもしれません」
あの日からもうすぐ十五年。灯莉が待ち侘びている年齢まであと少し。
そう思っていた時、芸能関係に疎い灯莉でも顔と名前が一致している超有名俳優のオンラインで生配信された動画を皮切りに止まっていた時間が動き出す。
※過去に咬傷事故により運命の相手を傷付け見失った超人気俳優年下α×事故により「Ω」として負うべき負担から解放されていた年上Ωのお話。
※まったくシリアスにはなれていないので、お気軽にお楽しみ頂けると嬉しいです。
偽物にすらなりきれない出来損ないの僕
いちみやりょう
BL
誤字脱字報告、本当にありがとうございます🙇♂️
投票、お気に入りやエールも本当にありがとうございます!
5歳の頃、双子の兄だけが死に父母や兄から虐げられてきた春海は、ついに覚悟を決めて海へ飛び込む。
目が覚めると、見たこともない豪華な部屋にいた。
どうやら春海は、転生してしまったらしい。
ディクソン家の当主は死んでしまった息子を想って、禁忌の魔法を使って息子の体を作ろうとしていた。
その生成された体に春海は入ってしまったようだった。
死んでしまった息子の代わりに、愛されるということを知っていく春海。
けれどその愛は、本物ではないのではないかと悩む。
陥れられ蔑まれた俺は、暴虐な冷酷貴族に拘束された。鎖に繋がれ婚約を迫られたが、断固拒否してやる!
迷路を跳ぶ狐
BL
貴族同士の争いに巻き込まれた挙句嵌められて、役立たずと蔑まれるようになった俺は、家族に金貨と引き換えに、街を守ったと言われている勇者に売られてしまう。
そこには、俺と同じように売られた奴らがいて、毎日、奴隷のように働かされていたが、みんな、要領の悪い俺を、何かと助けてくれた。
だけど、俺を買った男は、ある日、俺が役に立たないことを理由に、魔法の練習台になれと言って、他の貴族に売り払おうとする。
耐えかねた俺は、仲間を連れて逃亡することを決意。
屋敷を飛び出し、街に出た俺は、仲間たちを逃がすことには成功したが、そこで魔法に失敗し、領主の城の会議室に飛び込んでしまう。そこでは貴族たちが集まって重要な会議中。そんなところに侵入してしまった俺は、修復中だった魔法の道具まで壊してしまい、領主の息子で冷酷と名高い男に牢に放り込まれた。
集まった貴族たちが、突然城に侵入してきた俺に敵意を向ける中、なぜかその男は、俺の話すことをあっさり信じて、その上、婚約しろと言い出す。
何言ってるんだ? 訳がわからない。
断固拒否したが、その男はまるで聞いていないし、ついには城の後継者争いにまで巻き込まれてしまう。
冗談じゃない。俺は、貴族が嫌いなんだ。
R18は保険です
怜くん、ごめんね!親衛隊長も楽じゃないんだ!
楢山幕府
BL
主人公は前世の記憶を取り戻し、現実を知った。
自分たちの通う学園が、BL恋愛シミュレーションゲームの舞台だということに。
自分が、そこに登場する性悪の親衛隊長であることに。
そして彼は決意する。
好きな人――推し――のために、悪役になると。
「イエスッ、クールビューティー怜様!」
「黙れ」
「痛い、痛いっ!? アイアンクローは痛いよ、怜くん!」
けれど前世の記憶のせいか、食い違うことも多くて――?
甘々エッチだけどすれ違い。
王道学園ものの親衛隊長へ転生したちょっとおバカな主人公(受)と、不憫な生徒会長(攻)のお話。
登場人物が多いので、人物紹介をご参照ください。
完結しました。※印は、えっちぃ回です。
異世界にログインしたらヤンデレ暗殺者に執着された
秋山龍央
BL
主人公・カナトはひょんなことからVR型MMORPG「God's Garden」の先行体験に参加することになる。しかし、そのゲームは実際には本物の異世界で……!?
※MMORPGが実際に異世界だった系ファンタジー
※異世界で出会ったヤンデレでサイコパスな暗殺者攻×異世界だと気づかないままのゲームプレイし続ける受
継ぎはぎ模様のアーヤ
霜月 幽
BL
子猫のアーヤが転生したら、ネコ耳の『獣人』族になっていた。そこは毛皮の色で貴賤が決められ、差別される世界だった。幼いアーヤはそこで大っ嫌いな『人間』族に出会う。もと三毛猫のアーヤが成長し、嫌いなはずの人間と幸せになっていくお話。王子×もと猫の獣人少年
幼児からスタートするので、BLのからみはしばらく先のこととなります。R15禁以上18禁未満な感じです。保険でR18指定にしております。
いきなり可哀想な展開から始まります。
もとが猫なので、獣人となってもたどたどしさがなかなか抜けません。
怪我をしたりなどの流血表現があります。
ムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる