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第二章  帝国編

第49話  露呈していく事実と問題

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ルードと些か糖度の高い朝を過ごした同日の昼ー…

皇帝の執務室には皇帝当人を含めて7人の人間が顔を合わせていた。

シェイラ、ガド様、モリーは勿論のこと、ジョルダン嬢ー…ウリミヤもいる。
残りは騎士が二人。
若い騎士達ではなく、制服もどちらかというとガドに近い凝った刺繍や勲章の付いたものを着用していて名をルーク様とゼン様というらしい二人はウリミヤの背後に控えている。

ルーク様は紺色の長髪を後ろで三つ編みにしたクールな美男子。
ゼン様は金髪を短く刈り上げた武闘派そうな壮年の男性。

それぞれが異なる魅力を持ち、
笑顔ならば女性からの人気が高いだろう二人は現在至極真面目な、
どちらかといえば険しい顔でウリミヤを警戒していた。


『ゴホン!……おいルーク、ゼン!
そんなに睨みつけなくても今更彼女は逃げねぇよ。少しは自重しろ』

『…はっ。失礼致しました』

『ルーク!団長、そのお言葉は如何なものかと。
聞けば彼女は主犯と関わりがある様子。
此度の騒ぎも元はといえば彼女が原因で…』

『お前なぁ』


初っ端から険悪な雰囲気が室内に流れる。
どうやら二人は、というよりゼンというガド様よりも大柄な男性は物凄く高圧的な性格なようで、脅され利用されていたとはいえ犯罪に加担した彼女が皇帝と同席をする事に酷く不満を抱いているようだ。
彼女を見る目にしてもあからさまに侮蔑を含んでいるのが、シェイラの目にも分かる。
たかだか商会の娘如きが、と。

しかしウリミヤがこの部屋に顔を出したのもルード直々の指示によるもの。
然りとて不満はありありなのが丸わかりなほど険悪さを露わにする彼と警戒を滲ませるもう一人に、ガド様が再度注意を促そうとしたところでひやりと冷え切った声がかかる。


『粛に。……恐れ多くも陛下の御前でぐだぐだと。
場を弁えることが出来ないのならばお部屋を出て行かれてはいかがですか?
そもそも貴方方二人は場に呼ばれてもいないのです、誰も引き止めはしませんよ』

『……なんだと?
侍女頭殿、今の言葉は私に言ったのではないだろうな?』

『貴方方以外の誰にこのような注意をする必要があるというんです。
…失礼、ルーク様はガルディアス様の忠告を素直に聞き入れていたようなので、正確には貴方お一人でしたね』

『なっ!!?
侍女頭風情がその物言い我慢ならん!!
いくら陛下直属とはいえ……』


お帰りはあちらからどうぞと入り口の扉を指し示すモリーにカッとなって詰め寄ろうとしたゼン様。
しかし。


『煩い。
ゼン副団長……ルーク副団長補佐。
貴様らたっての願いとあってこの場に同席を許したというのに、
それほど俺の聴取の邪魔立てをしたいならモリーの言う通り出て行け』

『っ陛下!私はただ!!』

『もう一度言う、ぐだぐだと吐かすなら部屋を出て行け。
残って話を聞きたいのなら静かにしろ。
ついでにいえば、モリーを侍女風情などと二度と言うな。
…三度目の警告は“ない”』

『ッッ!!そこまで言われるのなら失礼させてもらいますぞ陛下!!
その罪人めが巫山戯たことをせぬよう、精々気をつけられるがよろしいですなぁ!
……いくぞルーク』

『いえ、私は残らせて頂きます副団長』

『っ勝手にしろッッ!!』


ともに退出しようと促した部下から否と言われ、怒りに顔を赤黒く染め上げると、
ゼン様は荒々しい足取りで退出していった。

し……ん、暫し室内に静寂が訪れる。
はぁぁ……と深いため息が複数聞こえる。



『やっと静かになったところで話を戻すぞ。
ジョルダン嬢、昨日負傷した侍女より書類を預かったが、内容は間違いなく事実だな?』

『……あ、はい。一言たりとも事実に相違ありません』

『そうか。
……ガド、昨晩捕らえた刺客達と件の侯爵から何か聞き出せたか』


話の中で、自分を誘拐するよう指示を出したあの豚野……(あら失礼)貴族男性がデミル・ドミトルデン侯爵というらしいことが判明。
やはり様々な国を併合してきた帝国、国土が広いだけに高位の貴族でさえ腐敗してしまうことがあるのだと日々取り纏めに苦慮しているルードへ内心で労いの言葉をかける。


『はっ。刺客達はシェイラ様の誘拐、ジョルダン嬢とその侍女の口封じ。
そして今まで行ってきた事柄。
全て、そちらに記載された人物が指示した事であると口を揃えて謳ってますよ。
それも簡単に喋りました』

『誰か他に本命がいると?』

『誰かしら糸を引いていた者がいることは確かだとは思いますが……。
諸々企んだのは事実その書面の男ではないかと推察します』


『それで、侯爵の方は?』

『話になりませんね。
不当な扱いだの自分は陥れられただのと、只々煩く喚くばかりで。
さっさと処分してしまったほうが静かになって良いかと。
ただ』

『なんだ』

『……“薬”について言及した時、
【翁】なる人物の名を彼が呟いていたのが気になります』

『また”翁“か……』

『翁?陛下、聞き覚えがあるのですか?』


聞き覚えのない呼び名にモリー共々小首を傾げていると、
言いにくそうにルードが口を開く。


『シェイラ…君のお父君がおかしくなっていたことは話をしただろう?
それの原因をあのケインに売っていたのが翁と呼ばれる人物であることが判明しているんだ。
…まさかまたここでその呼び名を聞くとは……』

『!!?』

『あの時まんまと逃げられたのは痛いな…。
ルー…陛下、厄介な事になるやもしれません』


(あ………)

自身の父を長年苦しませていた魔性の花。
帝国皇室の惨事がきっかけで世界で取り扱うことを禁止されているその花を持ち込んだ人物が今回の件にも関わっていると聞かされて、シェイラはさぁ…と顔を青くした。
同時に、捕まっていた際に侯爵とやらの隣に控えていた老人を思い出す。
不気味な笑みをたたえる奇妙な存在感のある老人。
もしや彼がー…


『あ、あの……その、翁という人物。
私もしかすると会っているやもしれませんわ』

『……私も、多分確実に奴のことだわ…ですわ』

『何…?』


ウリミヤと顔を見合わせて頷き合うと、ルード達に牢で会った老人の話をする。
ウリミヤに至っては彼が侯爵(彼女は相変わらず“豚野郎”と呼んでいた)が老人から薬を受け取っているところまで目撃したようで、話を聞き終えると三者三様ではあるが皆険しい表情を浮かべている。


『確定、だな』

『ええ……陛下、団長。
その翁とやらは一体何者なのでしょうか』

『?ああ……お前は同行しなかったもんなそういえば』


怪訝な顔でルードとガド様に説明を求めたルーク様に、
ガド様が私の故郷であった事を掻い摘んで話す。
その中でもケインに魔性の花を売ったとされる商人については、捕らえる前に逃げられたとも。


『そんなことが……。
あの花を使うなんて、ましてや取り扱うなど極刑ものですよ!?
それを売るなんて、何と浅はかな輩なのでしょうか』

『本当に浅はかな連中だったらあちらにいた際にとっくに捕えてるわ。
ああゆうのは狡猾ってんだよ!
……で、嬢ちゃ……シェイラ嬢、そいつはどんな人間だったんだ?
人相・特徴、何でも良いから教えてくれ』

『ジョルダン嬢も出来るだけ人相について詳細に頼む。
絵にして人相書きを回さねばならん。
ー…捕まるかは別としてな』

『『はい』』

『兎に角、また逃げられては敵わん。どうにか炙り出さねばな……。
ああ、ドミトルデン侯爵の方は概ね君と侍女が提出してくれた証拠だけで処分できるから気にする必要はないぞ?

尤も……それと君の罪はまた別問題だがな。

君の家にも召喚状を出している。
ご両親に話を聞くまでは今まで通り令嬢としての扱いを約束しよう』

『……っ、お気遣い、ありがとうございます』


過度な尋問は行わないから安心しろというルードの言葉に、
私もウリミヤもほっと胸を撫で下ろす。
やはり皇帝本人にしっかりと話を通したのは正解だったようだ。


絵を得意とする者を呼ぶようモリーへと指示を出すルードとガド様の言葉に従い、
私とウリミヤは彼ー…翁の人物像や会った印象などの詳細を語って本日の“聴取”は終了した。










………………………………………………………………………………………………



絵が得意な者をと言って何故か一流の絵師を連れて戻ったモリーに、シェイラを送る傍らジョルダン嬢を牢ではなく部屋(今度は白磁宮内)へと送るよう言い含めて退室させると、男達だけが室内に残った。
口火を切ったのはルード。



『ところでルーク、といったな。
補佐役として付いている身から見て騎士団副団長ー…ゼンは大丈夫なのか?
率直な意見を聞きたい』

『…………』

『ルーク、正直に言っていいぞ。今の様子は俺もちょっと思うところがある』

『では恐れながら申し上げますが……。
陛下が他国への視察に旅立ち、その際団長が同行なさいましたよね?
その時彼は団長代理を任されたのですが……段々とその、あのように……』

『元からではないと?』

『はい。団長も、彼を任命したご本人ですから彼の人柄は存じているかと思いますが。
団長程ではないにしろ下位の騎士達からも人望のある、
穏やか且つ落ち着いた性格だったのですが…。
特にここ最近はあのように血の気が上がりやすく、他者を見下す発言が目立つようになってきておりまして』

『俺が留守にしていた間に何かあったのか?
そんな話はこちらに上がってきてないが』

『当然ですよ、副団長とはいえ一団員の態度が横柄になったくらいで団長の耳に入れるわけがないです。
ですが下の者達からも大分不満の声が上がってきているのも事実です』

『厄介だな…義弟といい、副団長といい。
よくもまぁ次から次へと……』

『………殿下が何か?』

『いや、未だ調査中故何も話せん。が、場合によっては手を借りるぞ』

『特にお前はゼンの補佐役だからな。
……ったく、ヨミの野郎は一体何をやってんだか…』

『元より我ら騎士は陛下の僕。
手となり足となる事に何の否やもございません。
それと団長、団長補佐役のヨミ殿を責めてはなりませんよ。
これでもゼン様から派生した不満で騎士団内に悪影響が及ばぬようお心を砕いて下さってますので』

『まぁ留守にしてた身で不満を垂れるのもなんか違うか…。
んじゃあ、ルーク。
お前は補佐役としてゼンがおかしな行動に出んよう見張っててくれ。
なんかあったら即報告しろ』

『了解しました。
因みに、先ほどあがりました翁なる人物の対処は如何します』

『それはこちらの手の者(影)に任せるから問題無い。
大捕物になる場合はガドの方から追って指示を出す』

『御意。

ー…して、陛下?』

『ん?』


指示を受けて退室しようと扉に手をかけたルークであったが、
何かに思い至ったようにふと振り返る。


『シェイラ様、とおっしゃいましたか、陛下の大切なお方は。
とても聡明そうで大変お美しい方ですね?
陛下のお相手でなければ是非とも求婚したいところです』

『あ……?』

『ではこれにて失礼』


言うだけ言ってさっさと退室を果たしたクールな副団長補佐に唖然と口を開いたまま固まるルードに、


『おぅおぅ、嬢ちゃんモテるねぇ!!
精霊王といい、ルークといい。
こりゃあごたごたにいつまでも躓いてると掻っ攫われるんじゃね?』

『煩い殺すぞ筋肉達磨』


ククッッと忍び笑いを浮かべるガドのニンマリと笑んだ締まりのない顔に、
殺意が芽生えるルードなのであった。









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